第38話 ファントム・サーガをリメイクします!
ダンジョンの入場税を撤廃する。玲子のその宣言に、アンドリューは懸念を示す。
そんなアンドリューに対して、玲子は元の世界のオンラインゲームビジネスの歴史について解説する――。
「いかがなされるおつもりですか?」
定例の運営会議の席である。
アンドリューが問うているのは、先日の神殿との交渉の席で出た、入場税の撤廃についてであった。
玲子は答えた。
「言った通りよ。入場税は撤廃する」
ええっ、と声が上がる。アンドリューとアルス以外の面々には、初耳だったのである。
「しかし、そうなると売り上げが……」
「問題ない」
と玲子は言い切る。
「前に言った、売り上げの数式を覚えてる?」
アンドリューは頷いた。首をかしげているのは、アルスとフェリスである。
「そういえば二人はあのときいなかったんだっけ」
言いながら玲子は黒板の前に立ち、数式を書いた。
売上=ユーザー数×課金単価×課金率
「おっと。日本語だと読めないか……」
「じゃあ俺が」
と言って北條が立ち上がって、すらすらと数式らしきものを黒板に書き記す。それは、見慣れてきてはいるものの、玲子にはまだ判読不能な文字であった。
「えっ? えーーーっ!?」
玲子が驚く。
「いつの間にこっちの文字を覚えたの!?」
「ぶっちゃけ、やることなくて暇なのよ」
北條がため息をつく。
「デザイナーの仕事、何にもないんだもの」
「だから語学の勉強を?」
「アルスくんに教えてもらったんだよねー」
と言って、とてもいい笑顔を浮かべた。
「暇してるOLか!」
玲子のツッコミに水谷だけが笑った。
「というわけで、この数式なんだけど……」
こほん、と玲子はから咳をして、気を取り直す。
「ユーザー数が頭打ちだったのよね。だから、課金額を増やすことで売り上げを確保していたんだけど……」
玲子は、ばん、と手のひらで黒板をはたいた。
「はっきり言って、それじゃあ、限界があるの! スケールしないサービスモデルでは、継続的な売上増は見込めないわ!」
玲子の言葉に頷いているのは、水谷と北條のみである。他三人はぽかんとしている。
玲子は言い直す。
「要は、ダンジョンに入る冒険者が増えない限り、商売としての未来がないってこと」
アンドリューが眉を顰めつつ言った。
「しかし、現状、ダンジョンの売上は、ほぼ入場税が担っています。それなしで、どうやって売り上げを立てるというのですか?」
「ユーザー数が増えれば、自然と売り上げはついてくる。それが私たちの世界の常識よ」
「確かに、ダンジョンに挑む冒険者は増えるでしょう。街も活気づいて、商店の売り上げなどは増えるかもしれません。しかしながら、ダンジョンそのものの収益がなくなってしまうと……」
「もちろん、引き続きダンジョンでも収益をあげるわ。そうしないと私たちの報酬もなくなっちゃうしね」
「入場税をなくして、どうやって……?」
アンドリューの懸念は収まらないようである。
玲子はため息をつく。
しばらく考えてから言った。
「少し、オンラインゲームビジネスの歴史について話をさせてもらってもいいかしら」
は? とアンドリューが虚をつかれた顔をする。
「歴史でございますか?」
「そう。私たちの世界の、ゲームビジネスの歴史ね」
「それは興味深い! ぜひお聞かせ願いたいですね」
異世界の話に目がないアルスが言った。フェリスもこくこくと頷いている。
アンドリューはさほど気が進んでいない様子であったが、二人の様子を見てため息をつく。
「わかりました。それでは、ひとまず傾聴いたしましょう」
玲子はひとつ頷いてから、語りだした。
「商用オンラインゲーム、つまり商売としてのオンラインゲームの嚆矢は何か。それは、ウルティマ・オンラインにある」
うんうんと水谷が頷いた。反面、北條は首をひねって尋ねた。
「そうなの?」
「最初にヒットした商用オンラインゲームという意味では、確実にウルティマ・オンライン。もし他にあったとしても、売り上げの規模が違った」
水谷が補足する。
「あとは、そのあとに出たディアブロですかね。ウルティマはMMOで、ディアブロはMOという違いはありますが、この二つが初期にヒットしたオンラインRPGです」
ふうん、と北條は言う。
「名前しか知らないなぁ。PCゲームは全然やらなかったから」
「PCゲームはギークの嗜みですからね」
玲子は水谷に問いかける。
「ウルティマオンライン、ディアブロもそうなんだけど、当時のオンラインゲームのビジネスモデルってどういうものだったかわかる?」
「パッケージ販売ですね。今はほとんどダウンロード販売ですが、当時はそれが普通でした。エロゲは未だコレクション用にパッケージが売ってますけども」
「えろげ?」
とフェリスが首をかしげて尋ねる。
「聞いちゃダメ!」
と玲子は言って、水谷をにらんだ。
「話がそれるでしょ!」
「すみません……」
「まあ、パッケージ販売だったっていうのはそうね。でもそれだけじゃないわ。そのうえで当時は、月額課金を併用していたの。ゲームを買ってもらったうえで、遊ぶためのお金も別に取ってた」
「そういえばそうでした。通信費も高かったから、プレイするハードルは結構高かったですね」
「月額課金というのは?」
アルスが尋ねる。
「ユーザに、月々いくらかのサービス料を払ってもらって、ゲームを遊んでもらう仕組みね。これは今も採用しているゲームが多くあるわ。ファイナルファンタジーXIVとかね」
「ファイナルファンタジーXIVは、今もパッケージを販売してますね」
「うん。昔ながらのビジネスモデルね」
玲子は頷いた。
「そこからしばらく時代が進むと、パッケージ販売というものがなくなった」
北條が尋ねる。
「ダウンロード販売に移行したってこと?」
「いいえ。そもそもゲームを販売するっていう行為自体をやめたのよ。ゲームそのものは無料でダウンロードできるけど、遊ぶには月額でお金を払ってね、っていう形に変わったの」
「インターネットが一般化したからかな?」
北條の問いに、玲子が首を振る。
「それもあるけれど、日本の隣国である、中国のお国事情が大きいわ。この国では、そもそもパッケージがあんまり売れなかったのよ」
「どうして?」
「コピーされて出まわっちゃうから」
「まじで!? そんな理由!?」
「日本だって昔はコピーの温床だったけど、中国は特にひどかったの。パッケージ販売というビジネスモデルが成立しないほどね」
「なるほど、だから、月額でプレイ料金を払わないと遊べない形になったんだ……」
「その通り。パッケージでの収益を捨てて、月額課金の収益だけでビジネスが成立するようにした」
「そんな事情があったんですね……。全然知りませんでした」
水谷が感心したように言ったところに、玲子が言った。
「諸説あります!」
「誰に対しての、何のエクスキューズ?」
「いや、とりあえず私個人の見解ではあるから、一応言っておこうかと」
こほんと、玲子は咳払いをする。
「そして、ここから」
と玲子は続ける。
「パッケージ販売も、月額課金もやめて、無料で遊べるオンラインゲームが韓国で現れたの。メイプルストーリーっていう、今でも後継作がスマホでサービスしているゲームなんだけども」
えっ! と声をあげたのはアルスである。
「月額課金をなくしたら、どうやってお金を稼ぐんですか?」
意外なことに、アルスはここまでの話題について来れていたようである。アンドリューは既にすべての理解を放棄した顔をしているし、フェリスはこくりこくりと舟を漕いでいた。
そこでアルスが、はたと気づく。
「月額課金をなくす……? ダンジョンの入場税を撤廃するのと、同じ状況ですか?」
「その通り!」
と玲子は言った。
「今ダンジョンは、月額課金の時代から、基本無料の時代に移行しようとしているのよ!」
「基本無料?」
「プレイすることそのものは、お金を払わずに無料でできるってこと。ダンジョンで言えば、ダンジョンに挑むこと自体は無料でできるということね」
「しかし、それでどうやって売り上げを立てるのですか?」
問うたのはアンドリューである。ようやく理解できる話になってきたようである。
それはね、と言って玲子はほくそ笑んだ。
「アイテム課金よ」
「アイテム課金?」
「文字通り、ゲーム内で特別なアイテムを販売して収益を上げるビジネスモデルね。日本ではガラケー時代のモバゲータウンとかが全盛期だったわ」
北條が言った。
「ああ、釣りスタとか! めっちゃやったわー」
「それはグリーのやつ。モバゲータウンのは、釣りゲータウン」
「そうだっけ?」
アンドリューが言った。
「しかし、それで入場税に匹敵するほどの売上をあげられるものですか?」
「あげられる。改めてこの数式を見て」
玲子は数式の、ユーザー数の個所を指さした。
「基本無料にすることで、ユーザー数は絶対的に最大化できる。参加のためのコストがゼロになるんだから、参加意欲のあるユーザーは必ず参加するわ。お金以外のところでは、死ぬ可能性のあることが最大の参入障壁だったけど、蘇生術でそれをなくせたのも大きいわね」
「なるほど」
「だから、私たちは最大化したユーザー数に対して、最大の利益を得られるように施策を打てばいいだけ。そこで重要になってくるのが、この式の、課金単価と課金率なの」
売上=ユーザー数×課金単価×課金率
まずは、と玲子は数式を指さす。
「課金単価。これは販売するアイテムの単価のことね」
「課金率というのは?」
「全ユーザーのうち、どのくらいの割合の人が、そのアイテムを購入しているか」
「なるほど」
「前に、ユーザー数と入場税はトレードオフの関係にあるという話をしたけれど、それと同じことが課金単価と課金率にも言えるわけ。課金単価があがれば、課金率は当然下がる。単価を高くしても、あまりに課金率が低かったら儲からないわ」
「それはそうですね」
「反対に、課金単価を下げると課金率は上がるけど、あまりに課金単価が低かったらやっぱり儲からない。つまり、課金単価×課金率が最大になるように、課金単価を設定する必要があるわけ」
北條が言った。
「ていうか、何を売るかが重要なんじゃない?」
「もちろん、その通り。そもそも課金率が高いアイテムを売らなきゃ、単価もなにもないわ」
「釣りスタだと、竿とか売ってたよね。俺たちは何を売るの?」
「コストのことを考えたら、ダンジョンの魔法で作れるものにしたい。ただ、そうなるとそのアイテムはダンジョン外に持ち出せなくなるから、ダンジョン内で消費できるものがいいと思う。たとえば、ダンジョンの入り口に即座に帰還できるアイテムとか、全回復ポーションとか。冒険をサポートするアイテムね」
「なるほど。そういうやつか」
「時短とか、効率化につながるものは売りやすい。まあ、当面の間は、こういったアイテムを売っていくことになるわね」
「当面は? 将来的には違うの?」
もちろん、と玲子は微笑んで、北條に問いかけた。
「アイテム課金の時代の先には、何の時代があると思う?」
えっ、と北條が、そして水谷が、息をのんだ。
「玲子ちゃん、まさか……?」
「そうよ」
玲子は会心の笑みを浮かべた。
「将来的には、ガチャを実装する」
「ガチャ!?」
異口同音に水谷と北條が驚きの声をあげた。
「すぐにやるってわけじゃないわ。超えるべきハードルもいっぱいあるしね」
「それにしたって、なんでガチャを?」
「基本無料にして、ユーザー数が増えるとしても限界があるからよ。ダンジョンに挑もうっていう冒険者が、この国にどのくらいいると思う?」
「それはそうだけど」
「私たちは小さな島国日本でソーシャルゲームを運営してきたのよ。少ないパイの中で最大の収益をあげるために発明されたガチャを、ダンジョンに採用しない手はない」
「冒険者が理解できるかな?」
「チュートリアルを用意する必要があると思う。でもまずは冒険者に、アイテムに課金するっていう形式に慣れてもらうところから始めないと」
「なるほど。だから最初にアイテム課金なんだね」
「そう。アイテムを購入するっていうのは普通の商行為だから、特に説明しなくても理解できるはず」
「ガチャはそうはいかないか」
「ゲームサイクル自体もまるっきり違う形になるしね。でも、うまくいけば、私たちのもつソーシャルゲーム運営の手法を、全力でダンジョンに注ぎ込めるようになる。そして――」
玲子はこぶしを握った。
「私は、この異世界で、ファントム・サーガをリメイクする!」
ようやくリメイクの話が出ました!(長かった……)
ここまでで、第一部「従量課金篇」といったところです。
従量課金というのは、プレイごとに課金される、ゲーセンのゲームみたいな感じの課金方式ですね。
次回からは第2部「基本無料篇」の開始です!
今回は区切りということで、もう一篇、閑話もアップします。(15時半頃の予定です)
そもそもファントム・サーガってどんなゲームなの? と思った方。天城が詳しく説明します。




