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第37話 ダンジョンは権力の道具ではない!

神殿との再交渉に臨む玲子たち。

ダンジョンを通じて権勢拡大を狙う神殿に、アンドリューは怒りを込めて言い放つ――。

 神殿の従者に案内されたのは、前回のようなマグナスの執務室ではなく、貴賓室であった。これは、玲子たちに対する待遇が向上したわけではなく、一行に司教のカントが含まれることが理由であろう。


 ダンジョン側は、玲子、アンドリュー、アルスの三名である。神殿側は、カント、マグナスの二名だが、護衛ということだろう、数名の僧兵が脇に侍っている。


 玲子たちが促されるままに豪華なソファに座ると、カントが早速、口火を切った。

「さて、まずは蘇生術の件ですが」


 そこからかー、と玲子は思った。確かにまだ決着はついていなかった。


「蘇生で得た利益から、幾分かの手数料をいただく、というお話でしたね?」

 そう言ってカントは、マグナスを見る。マグナスが頷いた。


 アンドリューが言った。

「マグナス司祭より、そのご提案をされたところで、交渉が止まっておりますな」


「なるほど。で、いかがです?」


「許容できませぬ。再三説明させていただいている通り、我々の蘇生術は神殿の扱うそれとは違います。つまり、神殿とは無関係に構築されたものゆえ、手数料を支払う道理がございません」


 カントは目を細め、アンドリューを見る。

 しばらくしてから、笑みを受けべた。

「まあ、よろしいでしょう」


 は? と声をあげたのはマグナスである。

「お待ちください! 蘇生は神殿の有する侵すべからぬ権能でございます。それを、お目こぼしなさると?」


「ダンジョンのみに限定しているのでしょう? それならば問題ありません」


 しかし、と言い募るマグナスを、カントは手で制する。


「とはいえ、全くの無償でというわけには参りません。ひとまず容認する用意はありますが、それはこの後の交渉次第です」


 カントの言葉に、ひとまずマグナスは黙る。


 アンドリューが言った。

「率直に問わせていただく。神殿の目的はいかに」


 ふっ、とカントは笑う。口調が親しげなものに一変する。

「相変わらず性急ですね、アンドリューさん」


「面倒ごとは嫌いでな」


 えっ、と玲子は言った。

「なに? お知り合い?」


 アルスが答える。

「カント司教は、アンドリュー様の元パーティメンバーのおひとりです」


「ええっ!?」


 大げさに驚く玲子に、カントが大笑する。

「既に袂は別っておりますがね。アンドリューさんと私は、向かう道が異なりますので」


「別離の際に、お互い邪魔だてはしないと約束したはずだが?」


「それは私の言葉でもありますよ。私の道は神とともにあります。あなたが神の権威を蔑ろにされるのであれば、決してそれを許すことはできません」


「神殿には敬意を払っているつもりだ。そもそも、今回の蘇生術に関しては、こちらに理があるであろう」


「それを決めるのはあなたではないのですよ」

 そう言ってカントは大げさに首を振る。

「決めるのは神殿です」


「おぬしが、ではないのだな」


「ええ、残念ながら」


 はぁ、とアンドリューがため息をついた。

「重ねて問おう。此度の神殿の目的はなんだ?」


「ダンジョンの攻略です。我々は今後、独自にダンジョン攻略へと乗り出します」


 なに!? とアンドリューの目が見開かれる。

「それは……。ロバート王の裁可を得てのことか?」


「当然でありましょう」


「まさか、王が……」

 再びアンドリューが驚愕して呟く。


「えっと……、どういうこと?」

 と玲子は小声でアルスに尋ねる。


 アルスも小声で答えた。

「神殿はこれまで、ダンジョンへ関与することを留保してきました。それは、神殿がこれ以上の権勢を得ることことを、ロバート王が嫌ったからです」


「ふうん。神殿と王国は、べったりってわけじゃないのね」


「一応の協力関係にはありますが、その間には常に緊張感があります」


「その王が神殿の関与を認めるってことは?」


「何らかの状況の変化があったか……。あるいは一向に為されない魔王討伐に、王が痺れを切らしたか……」


 その答えはすぐに出た。


 カントが言う。

「王は、先日ベルモントで発生したゴブリンの来襲を非常に重く見ておられます」


「あれのせいなの!?」

 と玲子は思わず立ち上がった。あわてて口をつぐんで座りなおす。


 カントは頷いた。

「ダンジョンの魔物が街に出現するなど、ありえないことなのです。あのダンジョンには、我々神殿の施術した、高度な結界が張ってあります。許可を得ていない者、ましてや魔物が、出入りできるはずがないのです」


 知らなかった……と玲子は心の中で思う。

 じゃあ、その結界を壊しちゃったわけ?

 ダンジョンからの出口を私たちが作ったせいで、上書きされちゃったってこと?

 ていうか、結界、弱くない!?

 思ったが、当然、口には出さない。


 顔色を白黒させる玲子を横目で見ながら、カントは話を続ける。

「ダンジョンの封鎖が完全でないと分かった以上、一刻も早く魔王を打倒し、魔物を駆逐しなければならない。ロバート王は、そうお考えです」


「それならば、王宮の兵たちを派遣すればよかろう」


「ベルモント候も、現在の国状は御存じでしょう。先の魔王との戦争の傷は未だ癒えておらず、オルフェイシアにそのような余力はございません」

 なにより、と言って、カントは物憂げな表情を浮かべる。

「隣国との緊張感が、高まっておりますゆえ」


「それで、神殿か」

 と、アンドリューは嫌悪をその顔に浮かべつつ言った。

「魔王を打倒することで、オルフェイシア国内での神殿の地位を、更に盤石なものとする心づもりか」


「さあて。私のような下の者にはなんとも」


「ダンジョンは権力の道具ではない!」

 アンドリューが激して言った。


 カントの目が細められる。そして、冷ややかに言い放った。

「商売の道具でもないのですがね……」


 思わず玲子は、ぷっと噴き出した。アンドリューも、それを言われると痛いだろう。


 案の定、アンドリューは口を噤んだ。もごもごと言い訳のようなことを言おうとしているが、言葉にならないようである。


 玲子は言った。

「冒険者の支援にはお金がかかるのよ。無償でってわけにはいかないわ」


「そ、そう。その通りだ!」

 玲子の援護に、アンドリューが勢い込んで言った。


 カントは少しも動じない。

「それにしたところで、聖金貨三十枚の入場税は破格でしょうに」


「それは、未熟な冒険者が安易にダンジョンへ挑むことのないように……」


「建前はご立派ですが、結果として、裕福な貴族に雇われた冒険者しかダンジョンに挑むことができていない。その現状についてはいかがお考えで?」


「遺憾である、とは思っている」


 ならば、とカントは言った。

「入場税を撤廃されてはいかがです?」


「なんだと!?」

 アンドリューは驚愕した。


 それから考え込む。意図を計りかねているのだろう。


 しばらくしてから提案する。

「入場税が問題というのであれば、おぬしら神殿だけ、入場税を免除するというのはどうであろうか。その程度であれば、私のほうでも譲歩できる」


 いいえ、とカントは首を振る。

「神殿のダンジョン攻略への参加、そして入場税の撤廃が、此度の我々神殿の要望です。対価は、蘇生術について目こぼしすること。そして――」

 カントは微笑んだ。

「――タチバナ様の罪を不問に処すこと」


 ぬう、とアンドリューは唸る。


 しばし沈黙が場を支配した。

 そこに――。


「オッケー」

 と玲子は軽い調子で言った。


 アンドリューは悩んでいるようだが、玲子にとっては願ってもない提案であった。

「そちらさんとしては、神殿が入場税の撤廃を約束させた、っていう手柄が欲しいわけよね。全然オッケー。どうぞご勝手にってなもんだわ」


「なんですと!?」

 アンドリューが驚愕の声をあげる。今日のアンドリューは驚いてばかりである。


「というわけで、これで私は無罪放免ね!」


 晴れ晴れと言った玲子に、カントが水を差す。

「もう一つだけ、条件がございます」


 げっ、と玲子は声をあげる。

「これ以上に何かあるわけ?」


「やはりタチバナ様には、聖女となっていただきたいのです」


「え? あれって、無しになったんじゃなかったの?」


「神に対する不敬を不問にするとなると、そのための理屈が必要になるのです。タチバナ様がやはり聖女であったとするのが、理由としては最も穏便です」


「お待ちください!」

 とマグナス司祭が口を出す。

「このような女が聖女であるはずがありません!」


「そうよ! 何やらされるのかは知らないけど、私は聖女の仕事なんてやるつもりないからね!」

 と玲子もマグナスに同調する。


 カントは言った。

「むろん、聖女としての仕事も行っていただきたくはございますが、基本的にはこれまで通り、ダンジョン攻略の支援をしていただくことになるかと思います。それもまた、聖女の務めとしてふさわしいでしょう」


 へ? と玲子は間の抜けた声をあげた。

「これまで通りでいいの?」


「はい。必要に応じて、神殿から召喚のご連絡を差し上げることになりますが、なるべくお手を煩わせぬよう配慮いたします」


 要は社外取締役とか、相談役みたいなものだろうか。そんな立場には立ったことがないので、なんとなくしかイメージできないが。

 しかしまあ、これまで通りでいいのであれば、玲子に否はなかった。


「オッケー。やるわ、聖女」


 軽く言った玲子に、マグナスが激する。

「納得できませぬ!」


 カントがマグナスを軽く睨んだ。

「この場において、神殿の代表となるのは、司教である私です。その言に、異を唱えると?」


「おそれながら、聖女認定は、教区長であっても軽々しく行っていいものではございません! ひいては神殿の未来にかかわるものでございます。なにとぞ、ご再考を」

 マグナスが深々と頭を下げる。


 はぁとカントがため息をついて言った。

「わかりました。タチバナ様の聖女認定については、聖典評議会に諮ることといたしましょう」


 まって、と玲子は言う。

「それじゃ、まだ私は無罪放免にならないってこと!?」


「建前上は、そうなります」


「困るんだけど! とっとと聖女にしちゃってくれる!?」

 こうなれば一刻も早く聖女にしていただきたいところである。


 カントは微笑みを浮かべつつ言った。

「神殿は長らく聖女を求めておりました。タチバナ様に聖女認定が下りることは、ほぼ間違いないかと思われますが、いましばらくお待ちいただきたく」



 カントの言の通りに、玲子が聖女として認定されたのは、それから一か月の後のことである。

 それまで玲子は、自分が捕縛されるのではないかと、気が気でなかったのであった。

次回更新は5/9です。

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