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第36話 聖女って、誰が?

再び神殿に呼び出された玲子は、自身が聖女であると告げられるが――。

 再びの神殿からの召喚状は、すぐに届いた。


 玲子たちが神殿へ赴くと、前回の帰路と同じように、僧侶も僧兵も深く頭を下げていた。

 驚いたことに、神殿の入口までマグナスが出迎えに出ている。その服は、前回よりも輪にかけて高級そうである。


 それを見たアルスが言う。

「正装? どういうことでしょう?」


 馬車から降りると、改めてマグナスが頭を下げた。

「お待ちしておりました。タチバナ様」


 え? と玲子は言った。

「私?」


 どうやら、マグナスの出迎えは、侯爵であるアンドリューにではなく、玲子に対してのものであるらしい。ますます意味がわからない。


「どうぞこちらへ」

 と導かれるまま連れていかれた先は、礼拝堂であった。そこには何故か、多くの僧侶が詰めかけていた。


 教壇には、マグナスよりも更に豪華な僧服姿の男が立っている。歳のころは四十後半から五十前半。アンドリューとそう変わらないように見えた。


「カント司教様!?」

 アルスが驚きの声をあげた。


「司教?」


 玲子の質問に、アルスがひそひそ声で答える。

「教区のトップに立つ聖職者です。貴族で言えば、領地もちの侯爵クラスと同等かそれ以上になります。マグナス司祭とは比較にならないお偉方ですね」


 そんなカントが、玲子に向けて頭を下げた。

「お待ちしておりました、タチバナ様」


 どうも、とお辞儀を返しながら、訝しげに玲子は問う。

「ええと……。私に何か御用でしょうか?」


 カントは微笑みを浮かべながら言った。

「やはり、間違いありません」


 なにが? と玲子は思った。その答えはすぐにもたらされた。


「あなたこそ、我々の待ち望んだ聖女様であらせられます」


 えっ! と声が上がる。玲子だけではない。アンドリューとアルスも同時にである。


 アンドリューが慌てて言った。

「お待ちください、カント司教! 何かの間違いではございませんか?」


「ベルモント候、間違いではありません。我々の持つ聖典にはこうあるのです」

 吟じるように、カントが歌いあげる。



 世が乱れるとき、異世界より聖女が来る

 その右頬には、神殿をかたどった聖痕あり

 聖女はその力により、世を平らかなさしめよう



「タチバナ様の頬のそれは、神殿の紋章に相違ありません」

 そう言って、カントは祭壇の背後に掲げられた旗を指さす。


 言われてみれば、そこに描かれた紋章と、玲子の痣は似ているような気がしないでもない。


 アンドリューが言った。

「しかし、現在の世は乱れておりませぬ!」


「魔王は未だ滅びず。すなわち、未だ世は乱れております」


「それは見解の相違でございます。魔王は封印され、あとは滅ぶを待つのみ。魔王襲来の世と比べれば、平らかなるものです」


「ベルモント候よ。一介の侯爵にすぎぬ貴公の見解が、我ら神殿の見解より優れるとでも?」


 アンドリューが絶句する。


「面倒な話になりましたね……」

 こっそりとアルスが言う。


「どういうこと? 私が聖女だとなんか困る?」


「困ります。神殿は、タチバナ様に、聖女としての務めを望むでしょう」


 まじ? と玲子は呟く。

「私から、ダンジョン運営の仕事を取り上げる気?」


「おそらくは……」


 冗談ではない。

 少しずつ、玲子の中に怒りが湧いてきた。


 私はゲームディレクターだ。積み上げてきたその仕事に誇りを持っている。

 ダンジョン運営だってそこそこ上手くやっているし、やりたいことはまだまだある。


 聖女ってなに? そんなものになりたいなんて、一度も言ったことはない。

 なにより――。


 私じゃないやつが、私を、勝手に決めるな。


「ちょっと待って!」

 思わず叫んでいた。

「聖女って何? どうしてそんなもんにされなきゃいけないの? 私はゲームディレクター、橘玲子。それ以外の何者でもないわ!」


 な!? とカントの横に侍るマグナスが絶句する。礼拝堂の中に、ざわざわと動揺が広がった。


 マグナスが慌てて言った。

「し、しかし、その聖痕は間違いなく……」


「この痣がなんだっていうの? この痣は私のもの。あんたら神殿のもんじゃない! 聖典がいつからあるのかなんて私は知らない。だけど、私だってこの痣と、五十年近く付き合ってきてるのよ。いいことも悪いことも、ひっくるめてね。だから、この痣は私の一部。聖女の聖痕なんかじゃない。私の、橘玲子の、聖痕なのよ!」


 玲子は大きく息をつく。さらに続ける。


「それが、聖女の聖痕ですって? そのシナリオ書いたやつ呼んできてよ。私の痣を、そんなくだらない物語に巻き込むのはやめてくれる? 私のこれは、あんたらの言うしょうもない聖痕なんかより、ずっとずっと神聖なものなの。私が私であること以上に神聖なことなんて、この世にないわ」


 マグナスの顔が、どす黒く染まっていく。そこにあったのは、怒りである。

「貴様……。神を愚弄するか!?」


「よかったわ」

 と言って玲子はにっこりと笑った。

「どうやら、私が聖女でないと理解していただけたみたい」


 マグナスが黙り込む。聖女に対するものとしては、不敬な物言いであることに気づいたのである。

 と同時に、玲子が聖女でないとするならば、玲子の物言いは神に対する不敬になるであろう。


 マグナスがカントを見やる。


 その視線を受けて、カントは、ううむ、と唸った。

「確かに現時点では、即座にタチバナ様を聖女と断定することは難しいかもしれませんが……」


「それでは、こやつの発言は、神に対する不敬でありましょう!」


 マグナスの言葉に、カントはしばらく考え込んだ。

 そして、ふと何かに思い至ったようで、にっこりと笑みを浮かべ、言った。

「たしかに、その罪は軽くないでしょう。仕方がありませんね」


 カントの言葉を受けて、マグナスが叫んだ。

「僧兵! その痴れ者を捕えよ!」


 慌てたアルスが、玲子を背にして、向かい来る僧兵の前に立ちふさがった。しかしながら、すぐに制圧される。アルスの戦闘能力はからっきしなのである。


 自分に向けて棒が突きこまれるのを見て、玲子は目を瞑った。

 しかし、いつまでたっても、想定した痛みはやってこない。


 ゆっくりと目を開けると、僧兵の棒は、アンドリューによって掴まれていた。


 驚きで、僧兵たちの動きが止まっている。


 カントが穏やかな口調で言った。

「邪魔だてされると、貴公らも罪に問わねばなりませんが」


「タチバナ様は異世界人でこの世界の法を御存じない。そして、我々の食客であられる。私どもには彼女を守る義務がございます」


 棒を掴むアンドリューの腕に、ぐっと力が籠められる。

 その棒が、砕けた。


「彼女に慈悲を。せめて、申し開きの場をいただけませんでしょうか」


 カントが面白そうに言った。

「そうせねば、どうされます?」


「どうも致しません。ただし、タチバナ様はこのまま連れ帰らせていただきます」


 ほう、とカントが言う。

「お一人で、ですか?」


「老いても元勇者にございますゆえ、造作もございませんな」


 ふむ、とカントは顎に手をやる。

「そちらとの交渉はどうなりますか?」


「むろん、これで終わりとなりましょう」


「それは困りますね。聖女様が見つかったということで話が逸れてしまいましたが、当初の目的は、あなた方との交渉にあったのですから」

 そこでカントは手を打った。

「では改めて、交渉の席を設けさせていただきたいのですが、いかがでしょう?」


 笑みを浮かべつつ続けた。


「こちらとしては、いい手札も手に入ったことですし」


 その言葉に、玲子は、はっとした。

 聖女にするのをいやにあっさり諦めたと思ったら、これが狙いだったのね……。


 彼の言う、いい手札というのは、玲子の不敬罪であろう。おそらくカントは、それを不問にする代わりに、こちらに大幅な譲歩を迫るつもりである。彼の望むものを玲子たちが用意できなければ、最悪の場合、玲子は罪人となる。


 えらいことになってしまった、と玲子は身を縮こませながら思う。

 しかしながら、自分の発した言葉そのものについては、まったく後悔していないのであった。

次回更新は5/8です。

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