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第35話 神殿から意味わかんない書簡が届いたんですけど!?

神殿から書簡が届き、その高圧的な内容に玲子は激怒する。

交渉のため神殿に赴く玲子たちであったが、玲子を見た司祭マグナスは様子がおかしくなり――。

「ふっざけるんじゃないわよ!」

 玲子はテーブルに拳を打ち付けて叫んだ。


 片手に握られているのは、今日、神殿を名乗る者から送られてきた書簡である。

 そこには、こうあった。玲子に読んで聞かせたのはアンドリューである。


 貴殿らがダンジョンで行使している蘇生術は、神殿の秘匿するものである。

 したがって、蘇生を行うごとに、聖金貨千枚を神殿に支払うべし。


「神殿のやつとは違うにきまってるじゃない! そもそも成功率からして違うでしょう!」

 断言できる。そもそもダンジョンの蘇生術は、回復であって、蘇生ではないのである。

「そもそも、一回ごとに聖金貨千枚ぃ~? そんなの、払えるわけないでしょう。馬鹿にしてるの!?」


「むろん、神殿としても当然それはわかっているでしょう。これは、交渉のとっかかりなのです」


 はぁ? と玲子は声を上げる。

「こんなの交渉のとっかかりに提示する額じゃないでしょ!? 本当に交渉する気あるわけ?」


 アンドリューが苦々しげに言った。

「それが、神殿というものなのですよ」


「どういうこと?」


「彼らは、どれだけ無茶な要求をしたところで、こちらが交渉の席に着かざるをえないことをわかっているのですよ


「突っぱねるわけにはいかないの?」


「はい。それだけ、神殿の権力は強大です」


「無視したらどうなるわけ?」


「反神殿の烙印を押されましょう。そうなれば、活動に大きな制限がかかります」


 玲子はため息をつく。

「てことは、なにがあっても神殿と交渉する必要があるわけね。そもそも彼らの狙いは何なの?」


「断言はできませんが、いくつか考えられます」


 へえ、と玲子は言う。

 あの短い文面から、いくつも意味が読み取れるというのだろうか。


「まずひとつめは、書簡にもあったように、ダンジョンで行使されている蘇生術についての探りです。彼らが一番懸念していることは、神殿の秘術が外部に流出している可能性でございましょう。神殿のセキュリティが万全であるか、確認する必要があるのです。彼らの秘匿する造幣魔法は、最高機密です。それだけは決して流出させるわけには参りませんので」


「造幣魔法?」


「聖金貨などの貨幣を生み出す魔法でございます」


「そんなのがあるの!?」

 玲子は驚きつつ納得した。

「なるほど。それは確かに不安になるかも。でも、蘇生術が彼らと違うものだと説明して、納得してもらえるかしら?」


「それについては、ダンジョンでしか行使できない魔法であることを強調されればよろしいかと。神殿の蘇生魔法とは違うものであることを主張しつつ、彼らの職能を脅かすものではないことを伝えるのです」


「あー、蘇生魔法は、彼らの飯のタネなわけか。うん。それはうまくやらないと揉めるわね」


 アンドリューが頷きつつ続ける。

「もうひとつは、新たに存在が明らかになった、ダンジョン攻略支援運営局なる組織の、神殿に対する立ち位置です。あえて高圧的な書簡を送ることで、その態度を確認しようということでしょう」


「神殿に対する立ち位置、ねぇ。これまで神殿のことなんて考えたこともなかったんだけども……」


「この世界で活動する以上、神殿勢力は無視できませぬ」


「そういえば、この世界の神って、どういうものなの? 名前も知らないんだけど」


「名前……ですか? タチバナ様がおっしゃるように、神、でございますが……?」


「ん? 名前がない感じ?」


「いえ、名は神です。我々はそのように呼んでおります」


 んんん? と玲子は考え込む。それから尋ねる。

「神っていう概念はわかる?」


「概念、ですか? 名ではなく?」


 玲子は頷く。


 今度はアンドリューが考え込んだ。しばらくして答える。

「意味がわかりかねますな」


「えっと……。じゃあ、この世界に神様は何人いる?」


「何人? いえ、神はただお一人です。私という個人が一人であるのと同じでございます」


「わかった!」

 と玲子は言った。

「神って、固有名詞なのね!」


 アンドリューがぽかんとした。

「はい。その通りでございますが……」


「私たちの世界には、神様っていっぱいいるのよ。だから、神っていう一般名詞があるの。いろんな種類の神様を包括した概念としてね。でも、この世界では神は一人しかいない。だから、固有名詞としての神しかないわけね!」

 あーすっきりした、と玲子は言った。

「じゃあ、一神教なのね? つまり、唯一絶対の神様がいて、それが信仰されている?」


「はい。その通りでございます」


「異教ってわかる? あなたたちの信じるものと違う神様を信仰している宗教」


「いえ。神以外のものを信仰している者などおりません」


「やっぱり、そうなのね」

 それにしても、この自動翻訳機能はなんなんだろうか。固有名詞である神を、一般名詞の神と同じにするなど、混乱のもとである。


 いや、もしかして、王国の言葉での音が、カミ、なのかも……?


 一人納得する玲子を尻目に、アンドリューが言った。

「今のところ、神殿とは敵対したくありません。無茶な要求をのむ必要こそありませんが、ある程度は譲歩せざるを得ないでしょうな」


 はぁ、と玲子はため息をついた。

「渉外交渉はあんまり得意じゃないのよね。私って頭に血が上りやすいタイプだからさ……」


「むろん、私が同席させていただきます」


「そうしてもらえるとありがたいわね。それで、私たちは神殿に対してどういうスタンスで対応するの?」


「できれば、中立的立場でありたいと思っております。少なくとも、敵対だけは選ばれませぬよう」


「わかったわ。さすがに喧嘩することはないと思うけど……」


「では、神殿に書簡を送ります。追って日程などが先方より指示されるでしょう」



 ベルモントの市街は、ダンジョンを中心として四区画に分かれている。

 北は、ベルモント候の住まう居城があり、周囲に貴族たちの別宅が居並ぶ、貴族街である。西は宿屋やその関係者の住まう宿場地区、東は商人や職人たちの住まう商業地区である。

 そして、南にあるのが、神殿を中心とした神殿地区であった。神殿関係者しか住んでいないこともあり、他の地区と比べて非常に狭いエリアである。


 アンドリューと玲子は、馬車に乗って神殿に向かっていた。神殿は街の最南端に位置するため、最北端にあるベルモント城からは最も遠いのである。二人には、従者としてアルスが付き従っていた。

 馬車はやがて神殿に到着する。アルスにエスコートされて、玲子は馬車を下りた。


「大きいわね……」

 と思わず玲子はこぼす。眼前の威容に圧倒された。それほどに大きな建物なのである。

 どこか国会議事堂を思い起こさせる。さすがにベルモント城ほどではないが、それに次ぐ建物であるように思えた。やはりここも石造りであるが、使っている石が違うのであろう、純白の壁面が陽光を反射している。大理石かもしれない。


 入り口の扉の前には、武器らしい長い木の棒を持った僧兵が二名、対になって立っていた。玲子たちに気づいた一人が誰何する。


 アルスが前に出て答える。

「ベルモント候、アンドリュー様である。マグナス司祭との面会のため参じた。お取次ぎ願いたい」


「承知いたしました。どうぞこちらへ」

 言って、僧兵は扉を開く。扉の向こうには、一人の僧侶が立っている。


 玲子がこっそりアルスに耳打ちする。

「あの人がマグナス?」


「いいえ。あれはただの従者です。マグナスはこの神殿の司祭。最も偉い人間ですから、出迎えなど致しません」


 ふうん、と玲子は言った。


 そして、とアルスが続けた。

「マグナスは偉さを笠に着た、とても、いやあな奴でございます。ですから絶対に、出迎えなど致しません」


 ぷっ、と玲子は噴き出した。

「嫌いなのね?」


「あやつを好きだとぬかす者がいたら見てみたいものです」


 僧侶に先導され、廊下の最奥にある部屋まで歩く。


「マグナス様。アンドリュー様がお見えになられております」


「通せ」


 僧侶が扉を開くと、中にはでっぷりと肥え太った男がいた。豪華な僧服を着ている。おそらく、あれが、マグナスという司祭なのだろう。


 従者に付き従って、玲子たちも入室する。入室してからも、マグナスは手元の書類に目を向けたままであった。


「で、支払いの準備はできたか?」

 マグナスは玲子たちに目も向けずに言った。


 いきなりの先制攻撃であった。

 玲子は思わず、アンドリューを見る。アンドリューはひっそりとため息をついた。

「事前に書簡でお伝えいたしましたように、こちらとしては支払う義務はないものと考えております」


「ほう。そうであったか。しかし、わしはそのような書簡は目にしておらぬが」


 左様でございますか、とアンドリューは動揺すらせずに答えた。

「なにか手違いがあったのでございましょう。それでは、改めて説明させていただきます」

 アンドリューは、玲子たちの蘇生術がダンジョンでしか使用できないこと、神殿のそれとは違うということを丁寧に説明した。


 ふむ、とマグナスは顎に手を当てた。

「つまり、ダンジョン外では使用できぬ、あるいは使用せぬ、ということじゃな。万が一ダンジョンの外で使用することがあったなら、約定通りの額を支払ってもらうことになるが?」


「はい。むろんでございます」


「それと、そうじゃな。貴殿らの蘇生は、ダンジョン内で死んだ者に対してのみ許す。ダンジョン外の死者をダンジョン内に運び込み、蘇生するというのは許さぬ」


 なにそれ、偉そうに、と玲子は心の中で思った。当然、口にはしない。


「よろしゅうございます。こちらとしましては、神殿の領域を犯す意図はございませんので」


「結構。まあ、しかし、ただというわけにもいかぬ。それで儲けておる以上、売上のうち半分ほどを神殿に喜捨していただこう」


 はぁ!? と思わず玲子は声を出してしまった。

 しまったと思ったがもう遅い。


 アルスが、やれやれといったふうに頭を振る。


「なんじゃ、お前は?」

 マグナスは、そこで初めて気がついたように、玲子を見た。


 そして――。

 その目が、大きく見開かれた。


 アンドリューが慌てて言った。

「失礼いたしました。こちらは、タチバナ・レーコ殿でございます。ダンジョン攻略支援運営局の代表でございますが、あいにく異世界人ゆえ、こちらの事情にまだ疎く……」


「異世界人じゃと!?」

 こちらまで驚いてしまうほどに、マグナスの驚愕は大きかった。


 マグナスの額に、汗が浮いた。

「す、すまぬが、急用を思い出した。日を改めさせてもらってもよろしいか?」


「は? ええ、構いませんが……」

 マグナスの様子に困惑しながら、アンドリューが答える。


 おい、とマグナスは従者を呼んだ。耳打ちをする。


 従者は顔色を変えて頷き、部屋を出ていく。


「そ、それでは、お見送りさせていただく。さあ、こちらへ」

 マグナスは立ち上がり、自ら部屋の扉を開けた。


 アルスが目を見張る。


 マグナスはそのまま皆を先導して、神殿の通路を歩いていく。すれ違う皆が深く頭を下げる。おそらく、司祭のマグナスに対してなのであろうが、行きとの違いに困惑する。

 馬車に乗り込み、神殿を去るときには、マグナスまでが頭を下げた。


「なんだか気持ち悪いですね……」

 とアルスが言ったのに、玲子は頷いた。

次回更新は5/7です。

土日祝日は更新を休みます。

間が空いてしまい申し訳ありません。

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