第33話 蘇生術のバグを修正します
魔物も生き返ってしまうという蘇生術のバグを修正するため、玲子たちは対策を検討する――。
緊急会議が招集された。
議題は当然、蘇生術のバグについてである。
最初に玲子が、皆に状況を共有する。
大門で起こったゴブリン襲撃の顛末についてである。
玲子の話を継いで、アンドリューが言った。
「苦戦はしたようですが、冒険者の活躍によりゴブリンは全滅。死傷者はゼロ。不幸中の幸いといったところでしょうか」
玲子は苦笑して言った。
「でも、うちら運営としては、避難民への見舞金やら、冒険者への報酬やらで、聖金貨千枚の出費。コンティニュー分の売上が飛んじゃったわ」
聖金貨千枚は、日本円にしておおよそ一千万円である。
「それに加えて、入場税が聖金貨三十枚のところを二十枚に減額中でございます。早めに対策をお願いしたいところですな」
アンドリューの言葉に、玲子が頷く。
「幸いなことに、今のところ二次被害は発生していない。冒険者がきちんとゴブリンを避けてくれてるみたいだけど、いつまで大丈夫なものやら」
ため息をついた。
「ま、気落ちしててもしようがないわ。対策を考えましょう」
気を取り直して、進める。
「まず、今回のバグの原因について改めて確認しましょう。水谷、説明をお願い」
はい、と水谷が頷いた。
「今回のバグの原因は、蘇生術の判定に、三角マーカーを使用したことでした。これは、ダンジョンの魔法で召喚、生成されたもの以外につくマーカーで、ダンジョンへの侵入者を示すものです。これには、冒険者だけでなく、魔族も含まれていたため、問題が発生しました」
「根本的に対応するにはどうしたらいい?」
「冒険者と魔族を区別できれば……」
「区別することは可能かしら?」
うーん、と水谷が唸った。
「難しいです。今のところは区別しようがありません……」
アンドリューが言った。
「は? では、対応するのは無理ということですか? 蘇生術自体をやめるしかないのでしょうか?」
「いいえ。無理なのは根本対応。現状で対応する方法を別に考えればいいわ」
「どうやるのです?」
「ユーザー属性そのものを判定できないなら、別の属性を使って判定すればいい」
「別の属性とは?」
「例えば、ダンジョンの入り口から入ってきた者は、冒険者と判定する。それ以外は魔族ね」
北條が感心したように言った。
「なるほどー。確かに、それだったら区別できるね」
水谷は考え込んだ。
フェリスさん、と話しかける。
「ちょっとすぐには実装方法が思いつかないんですが、フェリスさんはいかがです?」
フェリスも同じく、眉根を寄せて考え込む。
「複数の魔法を組み合わせればあるいは……。いや、難しいか? うーむ」
それを聞いて、水谷が言った。
「時間をいただければ対応できるかもしれませんが……。お約束はできませんね」
「オッケー。じゃあ、入り口プランは無し」
あっさりと撤回する玲子に、北條が驚いて言った。
「いいの?」
「いいわ。別の方法を考える」
「別の方法って?」
「ずばり、ダンジョンの滞在時間」
そうか、と水谷が言った。
「魔族は、十年前からダンジョンに巣食ってるんでしたね。対して、冒険者はダンジョンの出入りを繰り返しているから、せいぜい数週間しか滞在しない」
「その通り。だから、三角マーカーごとに、それが表示されている時間を測ればいいの」
うーん、と水谷が考え込む。
「フェリスさん。時間を測る魔法って……」
「市井に普通にある。時計がそうじゃな」
「そういえば、私たちも時計を使ってるわね。あれは魔法で時間を測っていたのね」
うむ、とフェリスが頷いた。
「術式が構築できるなら、蘇生術の機能に組み込むことはできると思います。ただ――」
と、水谷は眉根を寄せる。
「実装が終わっても、すぐに判定できるようにはなりません。過去に遡って滞在時間を測ることはできないので」
「そうか。時間を計測できるようになって以降で、どれだけダンジョンに滞在しているか、で判定しないといけないわけね」
「はい。なので、閾値をどこに置くか、一考が必要です」
「魔族をはじくだけなら、一年以上の滞在で魔族って判定してもいいけど、そうしちゃうと判定できるようになるまでこれから一年かかっちゃうってことね」
「はい」
玲子は考え込んだ。
「それなら……二週間? これだと冒険者も引っかかりそうね……。うーん、キリ良く一か月ってところかしら?」
「そうなると、まだ今後一か月は、ゴブリンも蘇生しちゃうことになるね」
北條の指摘に、玲子はため息をついた。
「仕方ないわ。今後一か月は引き続き、冒険者にゴブリンを殺さないよう対応をお願いしましょう。実入りが減るのは悲しいけどね……」
入場税の割引も一か月は継続ということになる。
――まてよ? ゴブリン?
「そうだ、ゴブリン! 確かあれって、ダンジョンで生まれてるのよね?」
そうじゃな、とフェリスが頷いた。
玲子は言った。
「魔族はとりあえず、一か月が経過して閾値を越えたら大丈夫そうだけど、ゴブリンは違うわよね。なにせ次々生まれてくるんだから!」
「そうか! 閾値を入れたとしても、生まれて一か月以内のゴブリンは、蘇生術の対象になっちゃうのか……」
ううん、と、三人は考え込んだ。
フェリスが笑って言った。
「それは大丈夫じゃろ。生育の速いゴブリンといえど、さすがに一か月は赤子じゃ」
「そうなの?」
うむ、とフェリスは頷く。
「万が一死んでしまって、蘇生したとしても、街に出てくることはあるまいて」
玲子は、ほっと息をついた。
「それじゃあ、バグの修正方針はこれで。水谷、実装見積は?」
「二、三日というところでしょうか」
「申し訳ないけど、なるべく早くお願い。すぐに取り掛かってちょうだい」
「わかりました!」
見積もりに違わず、水谷は二日で修正を終えた。
それから一カ月後――。
「判定できました!」
地下九階に表示されていた三角マーカーが、上下反転していた。逆三角形である。
「三角が冒険者、逆三角形が魔族ってわけね」
はい、と水谷は嬉しそうに頷いた。
さて、これで魔族が区別できるようになったわけだけど……、と玲子は心の中で思った。
ということは、テレポーターで彼らをダンジョンの外に放り出すことも、できるようになったわけだけど……。
玲子は、ちらりとアンドリューを見た。
たぶん、彼はそれを望まないだろう。そんな気がした。
ダンジョンを容易に攻略されないためには、魔族の存在も有用である。ゲームとしても、彼らにはいてもらったほうが面白いだろう。
そう考えて、玲子はダンジョン内の魔族の存在を容認した。
こうして、蘇生術にまつわるあれこれは、ようやく決着がついた。
――かのように思われた。
次回更新は5/1です。
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