第27話 地下七階とかヤバイだろ!
慎重を旨とするジミーたちのパーティは、地下七階の探索に挑む。
地下七階に下りて早々、伝説級の魔獣、グリフォンに遭遇してしまい――。
地下七階に下りて最初の敵を発見したのは、先行偵察に赴いたジミーである。
目にした魔物の姿に、しばし唖然となった。そこにいたのは、上半身が鷲、下半身が獅子の魔獣、グリフォンである。ぱっと見で体長は三メートルほど。噂には聞いたことがあったが、遭遇するのは初めてである。
「こいつぁ、やべえぞ……」
と、ひとり呟いて、ジミーは慎重にパーティまで取って返した。
ジミーの報告を聞いた、パーティリーダーで戦士のハンソンは、こともなげに言った。
「よし。やるか」
ジミーは耳を疑う。
は? と思わず声が出た。
「何言ってやがる!?」
「一体だけなんだろ? やってみねえと、強いかどうかもわからねえ」
「馬鹿な。グリフォンだ! 伝説級の魔獣だぞ!」
「地下七階にはそういうのがゴロゴロいるんだろ。こいつ一匹くらい倒せねえと、地下七階の探索なんざ、できやしないさ」
「無理に探索しなくたって、いいだろうが!」
「そうなったら、俺たちは地下六階に逆戻りだ」
ジミーは言葉に詰まった。ハンソンは軽く言ったが、その言葉の意味は重い。
ランキングの発表以降、これまで秘められていた各パーティの進捗度が露呈された。各パーティの実力、そのポジションが、相対的に可視化されたのである。
ダンジョンの探索は加速している。多くのパーティが、地下六階を経て、地下七階へと進み始めているのである。そんな中、地下六階止まりとなったら……。
「もしかして、ルミナス様との契約継続が危ういって言うのか?」
ジミーの言葉に、ハンソンは頷く。
その言葉に驚いたのは、もう一人の戦士であるベンだけである。魔法使いのレイアと僧侶のカイルは薄々気が付いていたのだろう。
十位ながらも前回のランキングに入ったことへの、雇用主であるルミナス伯爵の喜びようといったらなかった。
ルミナス伯はすぐに伝手をたどり、地下六階の地図を入手した。安いものではなかったらしい。
その地図は完全なものではなかったが、地下七階への階段の位置が記されていた。これを使えば、地下六階の探索に長い時間をかけることなく、地下七階に下りることができる。
ジミーたちにこの地図を手渡して、地下七階を探索すればボーナスを支払う、とルミナス伯は言った。その金額がふるっていた。なんと聖金貨五百枚である。パーティ五人で等分しても、ひとり百枚にもなる。
ジミーたちのパーティは、慎重がモットーである。普段であれば、無理はしない。しかしその金額は、無理を押すだけの価値があった。
そして、ハリソンはその命令に、契約解除の可能性を見てしまった。それが今回の無謀ともいえる挑戦に繋がっているのだ。
それでも――。
「やめたほうがいい。命あっての物種だ」
「んなこたぁ、わかってる」
「だったら――」
と言いかけたジミーを、まて、と制してハリソンは言った。
「この状況は、おまえが思ってるほど危険じゃねえ」
「どういうことだ?」
「この場所での戦闘であれば、退路が確保できる」
「退路?」
ジミーの言葉に、ハリソンは頷いて続ける。
「地下七階に下りてからここまで、魔物がいないことは確認済みだ。脇道もない。つまり、別の魔物に退路を塞がれることがねえんだよ」
なるほど、とジミーは頷いた。
地下六階への階段を上りさえすれば、魔物たちが階層を越えて追ってくることはない。いかなる理由からか、魔物たちはその階層に縛られているのである。
表情を曇らせて、レイアが言った。
「やるしかないのね?」
ハリソンが頷く。
やれやれ、とジミーがため息をついた。
ハリソンが言った。
「ジミー、グリフォンをここまで引っ張ってきてくれ。くれぐれも一体だけで頼むぜ。もし他の魔物がいるようだったら、そのまま退却だ」
問題ない、とジミーは思う。ハリソンの選択肢の第一位にあるのは、やはり退却なのである。慎重パーティの基本方針は見失っていない。
その指示に頷いて、ジミーは再び通路の奥に向かう。
再びグリフォンを視認する。先ほどと同じ個体である。
ジミーは盗賊の特技である、遠見を使う。グリフォンのいる通路の、奥の奥にも目を凝らす。間違いなく、いるのはグリフォン一体だけ。他の魔物の姿はない。
ジミーは、ベルトから投げナイフを抜き取り、小さく深呼吸した。
グリフォンに向かって投擲する。
後ろに向かって叫んだ。
「いくぞ! 準備しろ!」
ナイフがグリフォンの翼に刺さる。当然ながら、ほとんどダメージはないだろう。
魔獣が不快そうな鳴き声を上げた。
ジミーは踵を返して走る。背後に気配を覚えるが、グリフォンとは充分に距離をとってある。追いつかれることはないはずだ。
正面に仲間たちの姿が見えてくる。既に戦闘態勢である。先頭では、ハリソンが大楯を、ベンが大剣を構えている。
ジミーは二人の横をすり抜けて、その後列に飛び込んだ。
「ディレイニーに祈り奉る。大楯に守護をもたらさんことを願い奉る。エンチャント・シールド!」
カイルが魔法を詠唱する。ハンソンの大楯がぼんやりと光った。神の加護が与えられたのである。
がちん、と大きな金属音がして、ハンソンの盾がグリフォンの鉤爪を受け止めた。
『火球よ、いでよ!』
レイアが古代語で詠唱する。
「ファイア・ボール!」
魔法回路が構築された杖の先から、火球が飛翔する。
高速で飛ぶ火球は、狙いを違わずグリフォンの頭部にぶつかった。ギョアアアアァァ、とグリフォンの悲鳴が上がる。羽毛の焼け焦げる悪臭が周囲に充満した。
グリフォンが態勢を崩して後退した。間髪入れずベンが大剣をふるう。横に薙いだその剣を、グリフォンは大きな鉤爪で受け止めた。ぎぃんと金属音が鳴る。
グワアアァと鳴き声をあげ、グリフォンが棹立ちになった。炎で焼かれた頭部は、右目が焼け潰れている。しかしその戦意は、強くなりこそすれ、決して衰えていなかった。
魔獣の突進をハリソンが大楯で受けた。ハリソンの踏みしめた足が、ずずずずっと後退する。本来、その重量は人間に支え切れるものではない。鍛えられた膂力と、カイルの詠唱したエンチャント・シールドの加護で、ハリソンは耐えきってみせた。
ジミーはショートボウに矢をつがえ、引き絞る。狙いは潰れていないもう一方の目である。動きが一瞬止まった今が好機だ。
ジミーが射るのと、グリフォンが首を振るのは、ほぼ同時であった。ジミーの矢は外れ、振られたグリフォンの首がベンの胴体を打つ。吹き飛んだベンは、壁にぶつかり、ずるりと床に落ちた。ぴくりとも動かない。
「アンジェローズに祈り奉る。彼の者の傷を癒さんことを願い奉る。キュア・ウーンズ!」
カイルがベンに治癒の魔法をかける。どこかに飛んでいたベンの意識が、即座に戻る。
グリフォンの追撃の鉤爪を、ベンはかろうじてかわした。
「こっちだ! くそグリフォン!」
ハリソンががんがんと大楯を片手剣で叩く。戦士の特技の挑発である。怒りにかられたグリフォンがハリソンに嚙みつく。嘴が大楯を咥えこんだ。そのまま、ぶんと大きく首を振ると、ハリソンの体が吹き飛んだ。グリフォンの嘴に挟まれた大楯が、ぐにゃりと歪んだ。
やばい、前衛が――。
崩れる、とジミーが思ったと同時に、退却! とハリソンが叫んだ。
ははは、とジミーは思わず笑う。さすがの逃げ足である。ジミーたちのパーティの得意技だ。
レイアとカイルが先を切って逃げていく。ジミーは弓を射ながら後ろに下がり、ハリソンとベンが殿を務める。いつもの退却フォーメーションである。
階段まではさほど遠くない。逃げ切れる――。
そう思ったとき、レイアの悲鳴が上がった。
ジミーは振り返り、それを見た。
「うそだろ……」
カイルの上半身が粘液に覆われて、じゅうじゅうと厭な音を立てている。
天井の石組の間から、新たな二匹が、でろりと流れ落ちてきた。
スライムである。
――隠れていやがったのか!?
ジミーは察知できなかった己を悔いる。
スライムは地下五階でもたまに見かける魔物だ。決して強くはないが、物理攻撃がほとんど効かない厄介な魔物である。それが、三匹。
『火球よ、いでよ!』
レイアがスライムに火球をぶつける。粘体の半分を焼かれて、一匹の動きが止まった。
カイルを食っていたスライムが、レイアに向かってとびかかった。恐ろしいことに、カイルの体はもう、姿形もなくなっている。
レイアは為すすべもなくスライムに飲み込まれる。
ジミーが思わずレイアに駆けよろうとした瞬間――。
「ジミー!」
背後からけられたハリソンの声に、ジミーは振り返る。
そこには、大きく開かれたグリフォンの嘴があって――。
頭蓋骨の砕ける音がした。




