第25話 女子会しましょ
玲子は、城中の女性陣を集めて、女子会を開催する。
右頬の痣について、玲子は天城との思い出を語る――。
「レーコ様、お花はどちらに?」
犬耳メイドのハンナが問うのに、そうね、と玲子は少し考えこんでから答えた。
「やっぱり、テーブルの真ん中? ちょっと派手すぎるかしら? 話すのに邪魔になる?」
「いいえ。さほど背の高いお花ではないですし、色も落ち着いたものですから、よろしいかと存じますよ」
「お茶の用意は大丈夫?」
「はい。最高級のテンパラム産をご準備しております」
「あと、お茶菓子! 例のあれ、用意できた?」
「はいはい。ちゃんとレーコ様の仰ったものを料理人に用意させております」
「私の恰好、おかしくない?」
くるりと回ってみせる。今日の服装は、装飾が控えめなグリーンのドレスである。豪華でありながら派手すぎないものを、ハンナに選んでもらったのだ。
「たいへんお似合いでございますよ」
「部屋はちゃんと片付いてるかしら。あと、ええと……」
玲子は落ち着かない様子で、うろうろと部屋を動き回る。
レーコ様、と言って、ハンナは大きくため息をつく。
「少し落ち着かれたらいかがですか?」
はっとして、玲子は立ち止った。
「ごめんなさい。女子会なんて、こっちに来て初めてだから……」
ふふふ、とハンナが笑う。
「わたくしも、ご主人様に誘われてお茶会に出るなんて、初めてのことでございます」
「ごめん。忙しいのに誘っちゃって」
玲子の交友範囲は非常に狭い。玲子にとって最も身近な女性が、側仕えのハンナなのである。
「いいえ。実はわたくしも非常に楽しみにしておりました!」
ハンナが満面の笑みを浮かべた。尻尾がぱたぱたと左右に揺れている。
そこに、とんとん、と扉がノックされた。
「はーい。お待ちください」
と言って、ハンナが扉を開ける。
「お邪魔するのじゃ!」
入ってきたのはフェリスである。いつものローブ姿ではなく、ワンピース姿であった。
それを見た玲子は、飛びつかんばかりにフェリスに駆け寄った。
「かわいい~!」
いきなり頭を撫でまわす。
「あっ、これ! なにをする!」
「めっちゃかわゆす! フェリスちゃんまじ天使!」
頬ずりまで始めた。
「やめるのじゃー!」
「おやめください、レーコ様!」
ハンナが無理やり玲子を引きはがす。
そのフェリスの後ろから、猫耳メイドのサビィが入ってきて、丁寧にお辞儀する。サビィは水谷付きのメイドである。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
サビィとハンナは、普段通りのメイド姿であった。
では、とハンナが言った。
「レーコ様とフェリス様は、どうぞお席へ。サビィ、あなたはお手伝いをお願い」
玲子とフェリスが座って待っている間に、二人によって、てきぱきとお茶が準備される。
各々のカップに紅茶が注がれたところで、また扉がノックされた。
ハンナが扉を開けると、失礼いたします、と言って、執事の男がワゴンを押して入ってくる。
その上にかけられた布がめくられると同時に、皆が歓声を上げた。
「まあ、なんと美しいのでしょう!」
「すてき~~」
「なんじゃこれは~?」
小皿に盛られた菓子を眺めて、皆がうっとりする。
にっこりと一礼して、執事が部屋を出た。
「タチバナ殿、これは何というお菓子なのじゃ?」
「マカロンっていう、私たちの世界のお菓子よ。それと、玲子でいいわよ。女子同士フランクにいきましょ」
「承知いたした、レーコ殿」
と言ってフェリスが笑う。
口調がフランクではない気がしたが、フェリスのしゃべり方はこういうものなので仕方がない。
レーコ様、とハンナが言った。
「まずは開会のご挨拶をお願いいたします」
玲子は頷く。
「本日は、お忙しい中、お集まりいただいてありがとうございます。アンドリューさんのところでは数少ない女性同士、今後も仲良くさせてもらいたなーってことで、声をかけさせてもらいました。今日は楽しみましょう!」
では、とカップに口をつける。近づけただけで茶葉の濃厚な香りが鼻をくすぐる。少し置いていたので、飲み頃の温度である。
口の中に芳香が広がった。わずかな渋みの中に、強い甘みを感じる。
「おいしいわね」
玲子の言葉に、皆がにっこりと頷く。
「では早速、マカロンとかいうものをいただいてみようかの」
どれがいいかのー、と、うきうき顔でフェリスがマカロンを選ぶ。微笑ましい光景である。聞いた話では齢百五十とのことだったが、とてもそうは見えない。
フェリスは迷った末に、ピンク色のマカロンをつまんで口に入れた。途端に、ううーん、と笑み崩れる。
「さっくり溶けて濃厚で美味いのぉ~」
玲子もひとつ食べてみる。
「うん、完璧だわ!」
ほぼ完全再現されているのに驚いた。さすがに玲子も、マカロンは大まかな材料と作り方程度しか知らない。実は、このレシピの提供者は北條である。
「この城の料理人は本当に腕がいいのね!」
玲子たちはほとんど外出しないので、日々の食事は城で食べている。その食事がまずかった試しはない。自分たちの感覚で少し不思議な味のものもあるにはあったが、食べられないほどのものはなく、総じてうまかった。
甘いお菓子を食べながら談笑する。
それにしても、とサビィが言った。
「レーコ様のお肌は、すべすべでお綺麗ですねー」
「でしょー。なにせ、若返ったからね!」
「失礼ですが、おいくつなのですか?」
「実年齢は内緒。肉体年齢は、たぶん二十代前半ってところじゃないかしら」
ハンナが言った。
「レーコ様は、スタイルもよろしくってよ。お着替えを手伝わせていただくたび、ため息が出てしまうわ」
「スタイルだけは自信あるんだよね」
と玲子が胸を張る。
フェリスが言った。
「いやいや、レーコ殿は顔の造作も整っておられるぞ」
でもさ、と言って、玲子は右頬の痣をつついた。
「私には、これがあるからねー」
「失礼じゃが、それは生まれついてのものかの?」
「ええ。先天的なものね。だから召喚で体が健康になっても、これは消えなかったみたい。実際、見た目以外は何も問題ないのよ」
「体に模様があるのなんて、私たちにとってはぜんぜん普通ですよー」
と猫耳のサビィが言った。
「人間はそういうの気にするのよ。若いころは、ひどいこともたくさん言われたわ」
まあ、とハンナが言って、眉を吊り上げる。
「レーコ様にそんなことを言うなんて許せません!」
「まあ、そういうことがあったから、なにくそと思って頑張れた部分もあるけどね」
と玲子は笑った。
「それに、いいことだって、あったのよ」
「いいこと、でございますか?」
ふふふ、と笑って玲子は話し出した。
玲子がまだ駆け出しのディレクターだったころである。外部の開発会社とトラブルを起こした。
度重なる進捗の遅れ、頻発する不具合、それでいて一向にそれらを対策しない開発会社に対して、玲子は切れた。それは、一度や二度のことではなかった。
彼らから、ヒス女、と陰口をたたかれていることを知った。
玲子はそれには怒らなかった。ちょっと怒りすぎてるかも、という自覚があったからである。女、とつけられていることに対しては、ふざけるなと思ってはいたが。
「玲子、ちょっと」
ある日、天城から声をかけられた。
社長室についていくと、天城が切り出した。
「最近どうよ?」
開発会社とのトラブルについて問われていることは、すぐにわかった。
「最悪です」
と玲子は答えた。
もちろん、開発状況については定期的に報告している。プロジェクトは既に半年も遅れていた。
開発会社との信頼関係は、もはやほとんどないと言っていい。このところは、打ち合わせをしても、お互いに喧嘩腰である。
実はな、と天城が言った。
「開発会社から、ディレクターを代えてくれっていう要望が来ている」
玲子は、ぐっと歯を食いしばった。
わかっている。もう既にこじれにこじれているのである。
このままでは、プロジェクトの立て直しもままならない。
「わかり……ました」
玲子はなんとかその一言を絞り出した。
「引継ぎは誰に?」
俺だ、と天城は答えた。
「ま、俺にまかせとけよ」
そう天城は胸を張った。
数日後、玲子は知ることになる。
会議の席で天城がキレ散らかして、プロジェクトそのものが潰れたということを。
「悪ぃ!」
玲子を酒に誘った天城は、開口一番そう謝った。
「偉そうに言っときながら、プロジェクト潰しちまった!」
「それは、まあ、しようがないですけど……。一体なにがあったんです?」
天城は口調こそ荒っぽいところがあるが、温厚な性格で、滅多なことでは怒ることがない。
「そこはまあ、いいじゃねえか」
天城はビールをぐいっと呷った。
「よくないです。一応、前任者というか、プロジェクトを立ち上げた人間としては、理由が知りたいですね」
ううん、と天城は唸った。
「そうか……。そうだよな」
天城は、ジョッキのビールを飲みほして、ウェイターにおかわりを頼んだ。
はあ、とため息をついて、話しはじめる。
「あいつら、お前のことを、あの女、って呼んだんだ。こうやって――」
とんとん、と天城は右の頬を、人差し指で突いた。
「ほっぺたを叩きながらな」
玲子の血の気が引いた。
思わずうつむいた玲子を見て、天城が慌てる。
「すまん! 聞きたくなかったよな。こんなこと」
「いえ。慣れてますんで」
冷たい声になっていることは自覚していた。
天城はため息をついた。
「お前だったら、怒らなかったかもしれないな。お前はそれと、三十年付き合ってきたんだろ?」
「まあ、そうですね」
玲子は苦笑した。
「お前の中で、ある程度折り合いがついていることは、俺にだってわかってる。だけどな。あいつらがそれを言ったとき、俺はめちゃくちゃ頭に来ちまった」
再び、すまん、と天城が頭を下げた。
天城さんは――、と玲子は言った。
聞かなくていいことを聞こうとしていた。
しかし、玲子の言葉は、止まらない。
「私の痣のこと、どう思ってるんですか?」
不意の質問に、天城が、きょとんとした。
とくん、と玲子の胸が鳴った。
「難しい質問だな……。言葉にするのが難しい」
天城は考え込んだ。
しばらくしてから、うん、と頷いて言った。
「たぶん、格好いい、だな」
「は?」
意外な答えに、今度は玲子がきょとんとした。
「格好いい、ですか?」
天城は頷いた。
「玲子はさ、強いよな。今回はその強さが裏目に出ちまったけどさ。正しいと思ったら、誰に対しても引かない。自分に軸があるっつーかさ。俺はそれを、格好いいなと思ってる」
玲子は赤面した。
「ど、どうも……」
「そういうお前を作ってきたものの一つが、その痣なんだろ? それはハンディキャップだったかもしれない。けど、お前はそれを乗り越えて、今の強さを持っている。だから――」
天城は微笑んだ。
「それは、格好いい、だ」
きゃー! と歓声があがった。
皆が玲子に、口々に質問を浴びせる。
「その、アマギ様というお方は、レーコ様のなんなんですか!?」
「レーコ様の代わりに怒ってくださるなんて、なんて素敵!」
「もしや、レーコ殿は、そのアマギ殿のことを……?」
「ただの上司ですから!」
玲子は大声を上げた。
それから、少し顔を赤らめた。
「いや、まあ、ちょっとはそういう気がありはしたけども……」
再び、きゃーという声があがる。
「すごく嬉しかった。憧れの人が、私のことで怒ってくれたのも、この痣を、格好いいって言ってくれたのも。だからね――」
玲子は、ゆっくりとお茶を飲んでから、言った。
「私は、この痣のことが、そんなに嫌いじゃないのよ」
玲子に対する質問はそれからもしばらく続いた。
それが落ち着いてからは城の男性陣の品定めになった。北條の人気が意外と高いことに玲子は驚く。幾度か、北條とかないわー、と言いかけたものの、空気を読んで黙っていた。
他愛ないおしゃべりをしているうち、気づけば夕刻になっている。是非また、と皆が言い交わして、女子会はお開きとなった。




