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第24話 やるしかねーだろ!

偵察に出た勇斗たちは、思わぬ危地に陥る。

負傷したアンジェロを守るため、勇斗は戦う決心をする。

 パーティから離れて、二人は通路を進んだ。


「ゴブリンの集落ってどこにあるのかな?」


 アンジェロの疑問に、勇斗はあっさりと答える。

「ここから三つ先の十字路を右に曲がって、しばらく行ったところだ」


 えっ、とアンジェロが驚く。

「地図ないのに、わかるの?」


「このへんは地形がわかりやすいからな」

 攻略情報の中でも、地図を頭に叩き込むのは基本中の基本である。

 ギルバート伯のところで、地下六階までの地図を見た。だから勇斗は、地下六階までならば、ほとんどの地形が頭に入っている。


「僕にはどこの通路も同じに見えるし、地図もなしで居場所がわかるなんてすごいよ!」


 そうか? と勇斗は言った。

「そんなんより、アンジェロのほうがスゲーよ。俺とあんま変わんない歳なのに、ばりばり戦闘で活躍してるじゃん」


「ユートはいくつなの?」


「こっち来て一年くらいだから、たぶん、十七」


「じゃあ僕のほうが年上だ。僕は十八歳」


「見えねーな!」


「よく言われるよ」

 アンジェロが笑って――急に険しい顔になった。


 どうした? と尋ねようとする勇斗を制して、しっ、とアンジェロが唇に指を立てる。

「何か来る」


 アンジェロの言葉に、勇斗は警戒態勢をとる。

「どこだ?」


「そこの脇道からだよ」


 アンジェロの指す先に視線をやる。

 脇道からゆっくりと現れたのは、魔狼であった。

 勇斗は少しだけ安堵する。魔狼であれば二人でもどうにかできそうである。

 魔狼は脇道から出て数歩、歩いてから、ぱたりと倒れた。見れば、その背には矢が刺さっていて、傷口からどくどくと血が流れている。


 歓声のような、そうでないような、奇妙な声が、通路の奥から聞こえた。


「ゴブリンだ……」

 と、アンジェロが呟いた。


 どうする? と勇斗は尋ねた。


 アンジェロは言った。

「下がろう。隠れて、数を確認する。それから戻って報告だ」


 勇斗は頷いて、後ろを振り向いた。

 あっ、と声が出た。


 そこに、ゲイルがいた。斧を携えて猛然と走ってくる。


 勇斗は警告の声を上げた。

「アンジェロ!」


 アンジェロが振り向きざま、ゲイルの斧をかわす。床に叩きつけられた斧から火花が散る。


 勇斗は剣を抜き、ゲイルに切りつけた。ゲイルは悠然と右にかわし、吐き捨てる。


「はっ! そんなへなちょこ剣、当たるかよ!」


 勇斗は、ゲイルの反撃を剣で受けた。強い衝撃を受け止めきれず、後ろに倒れこむ。


 横から突き出されたアンジェロの拳が、ゲイルの頬をとらえた。アンジェロは、よろめいたゲイルに追撃しようとした。

 突然、小さくうめいて、動きを止める。


 アンジェロの肩口に、矢が生えていた。


 少し離れたところから、ゴブリンの奇声があがる。思っていたよりも近い距離。

 ゴブリンが片手に弓を掲げて、雄たけびのようなものを上げていた。


 ゲイルが斧を振りかぶるのを見て、勇斗は立ち上がりざまに、ゲイルを切りつける。ゲイルはそれを、斧で受け止めた。


 その間に、アンジェロが体勢を立て直す。しかし痛みからか、その額には汗が浮かび、顔からは血の気が引いている。


 ――どうする?

 勇斗の技量では、一人でゲイルに勝つことは不可能に近い。二人であればおそらく勝てる。むしろアンジェロ一人でも勝てるだろう。が、そのアンジェロは負傷している。

 正面にはゲイル。背後にはゴブリン。左右は壁に挟まれている。逃げることも難しい。


 勇斗は頭の中の地図を広げた。

 ――いや、退路ならば、ある。


『隠匿されたものを暴け!』

 勇斗は古代語の呪文を詠唱した。


「ディテクト・シークレット!」

 首に下げた魔晶石がひとつ砕ける。


 ディテクト・シークレットは低級の幻惑魔法である。ただし、この魔法は、相手を幻惑するのではなく、幻惑魔法で隠されたものを発見する。

 発見できるものは術者の能力次第である。しかし、勇斗は自身の背後の壁にある存在を、既に知っていた。


「アンジェロ!」

 叫んで、勇斗はアンジェロの肩を抱き、魔法によって壁に出現した扉――シークレットドアに飛び込んだ。


 扉を閉めると同時に、扉は壁に溶けるように掻き消える。

 勇斗は荒いため息をついた。

 魔法によって隠されたシークレットドアは、そのままでは見ることはおろか、触れることもできない。ゲイルが、ディテクト・シークレットに類する魔法や技能を持っていなければ、この場所はひとまず安全である。


 小さな隠し部屋であった。部屋の奥には、宝箱が鎮座している。宝箱の蓋は閉まっているが、その中身が空であることを、苦い記憶とともに勇斗は知っていた。


 部屋の外の音は全く聞こえない。おそらく、魔法的に隔絶されているのである。

 ――できれば、ゴブリンと相打ちになっていてくれると助かるんだけどな。


 アンジェロの荒い息遣いが聞こえた。額に手を当てると、発熱していた。

「大丈夫か?」


 声をかけるとアンジェロは頷いて、苦しそうに言った。

「矢を……抜いて、くれないか?」


 勇斗は矢に手をかけて、抜いた。傷口から血が湧き出すのを、手のひらで必死に抑える。


「アンジェローズに祈り奉る……我が傷を癒さんことを願い奉る……キュア・ウーンズ」

 震える声で、アンジェロが呪文を詠唱した。僧兵は、武術を修めた僧侶である。専門職ほどではないが、ある程度の治癒魔法を扱える。

 アンジェロの肩口が、ポウと緑色に光って、血が止まった。勇斗は抑える手を放す。ゆっくりと傷口がふさがっていく。同時に痛みも消えているはずである。


 しかし、アンジェロの顔色は、血の気が引いたままだった。失血によるものではない。キュア・ウーンズによって、体内の血液量も回復しているはずなのである。


 勇斗は、先ほど抜いた矢の先端に目をやって、くそ、と悪態をついた。矢尻には、小さな溝が刻まれていた。

「毒矢だ。キュア・ポイズンは使えるか?」


 勇斗の問いに、アンジェロは力なく首を振った。


 待ってろ、と言って、勇斗は腰に下げた布袋を開く。解毒のポーションがあったはずだ。


 そのとき、背後の扉が開いた。魔法によって隠されていたはずの扉が。


「こんなところに隠し部屋があったんだなぁ」

 そう言って入ってきたのは、ゲイルであった。全身が血で真っ赤に染まっていた。

「残念だったな。俺は、盗賊だ。シークレットドアを見つけるなんざ朝飯前よ」

 ゲイルは、にやりと笑った。


 勇斗は、アンジェロの肩を抱え、立ち上がりながら言った。

「そのわりに、ここのことは知らなかったみたいだな」


「地下一階の隠し部屋なんざ、どうせたいしたもんじゃねえ」


「後ろの宝箱が見えないか?」


「はん。そんなもん、どうせ空っぽだ」


「ゴブリンはどうした?」


「殺したぜ」


「あれだけの数をか?」

 実際は、ゴブリンの数など認識していない。質問をすることで、時間を稼いでいるのである。


 勇斗の言葉に、ふん、とゲイルは鼻を鳴らす。

「楽勝よ。ゴブリン程度、何匹だって殺せるさ」


 ゲイルの言葉に、おそらく嘘はない。全身の血は、ほとんどが返り血のようである。


「すごいな。俺には無理だ」

 言いながら、勇斗は考える。この局面を打開する方法が、なにかないか。

 アンジェロの肩を抱いたまま、ゆっくりと後ずさる。


 この隠し部屋に、扉は一つしかない。ゲイルの背後にあるそれのみである。

 勇斗は策を巡らせる。頭の中にはぼんやりと形ができつつある。だが、それは、賭けだ。絶対の方法ではない。


 さらに下がる。

 自分の背後、部屋の奥にあるのは、宝箱である。蓋の閉まったその宝箱は空である。空ではあるが、宝箱には、あれがある。そのことを勇斗は知っていた。


 また、下がる。それに合わせて、ゲイルが前に出る。

 宝箱の前までくる。宝箱の後ろは壁である。

 ――もう、下がれなかった。


 いけるか? いけるはずだ。賭けにはなるが、その勝率は高いと思う。しかし、賭けの天秤に乗せるのは勇斗の命だけではない。

 ゲイルを警戒しつつ、ゆっくりとアンジェロの体を床に横たえる。

 アンジェロは毒で動けなくなっている。


 俺のせいだ、と勇斗は歯ぎしりをする。背中を預けられたのに、守れなかった。

 自らの賭けに、彼の命も乗せていいものか、勇斗は考える。


 アンジェロを見て、心底嬉しそうにゲイルが言った。

「そのガキは怪我か? 死にかけてやがんのか?」


 勇斗は黙って剣を抜き、アンジェロをかばうように前に出た。

 他に道がない以上、やるしかない。そう、腹を決めた。


 がははははは、とゲイルが大笑いする。

「へなちょこのハズレ勇者様が、俺様に立てつこうってのか?」


 勇斗はその言葉も無視すると、ベルトからナイフを抜き放ち、ゲイルに向かって投擲した。同時に三本を、縦並びに。ゲイルの技量では、すべてを受けきることはできないので、左右に避けるしかないはずだ。


 ――一つ目の賭け。

 ゲイルは左右どちらに避けるか? 


 構えからわかるほど、勇斗は戦闘に長けていない。

 先の戦闘でゲイルは、勇斗の最初の攻撃を右に避けた。勇斗はそれが、彼の癖であると信じるしかなかった。読みと呼べるほどのものではない。ただの賭けである。

 勇斗は、ナイフの投擲と同時に、ゲイルの左側に向けて走った。


 ゲイルは右側に避けた。最初の賭けには、勝ったのである。


 勇斗は、ガラ空きになったゲイルの左側をそのまま走り抜けた。

 二人の立ち位置を入れ替えること。まず、第一関門はクリアした。


『隠匿されしものを暴け!』

 突き当たりの壁まで走り、勇斗は古代魔法語を詠唱する。


「ディテクト・シークレット!」

 魔法が発動して、壁にシークレットドアが出現した。


「逃げるのか!?」

 と、ゲイルが叫んだ。


 立ち位置を入れ替えた理由に気づかれてはならない。一人で逃げるため入り口に走ったように見せかける必要があった。

 勇斗は立ち止り、振り返る。なるべく、怯えたような顔で。


 ――ここからが二つ目の賭け。


「逃げるんなら、別に逃げてもいいぜ」

 ゲイルが、ゆっくりと、宝箱の前に横たわるアンジェロに近づいていく。

「そのかわり、こいつは殺すけどな!」

 にたりと厭らしい笑みを浮かべて、ゲイルが斧を振り上げた。


 それは、勇斗の読み通りの行動である。

 二つ目の賭けも、勝った。そう、苦みを覚えつつ、思う。


 ゲイルは、宝箱の前に立っている。

 勇斗は、その瞬間を狙いすまして、戦技を放つ。


「風衝波!」


 剣に気を纏い空気弾を撃ち出す、初歩的な戦技である。ただ、勇斗の技量では、相手の体勢を崩す程度の、弱い空気弾しか放つことはできない。


 放たれた空気弾が、斧を振りかぶったゲイルの体にぶつかる。


 ――そして、これが、三つ目の賭け。


 勇斗は叫んだ。

「いけーーーーっ!」


 ゲイルはよろめいて、宝箱に体をぶつける。

 ぶつかった衝撃で、宝箱の蓋が、開いた。


 宝箱の中から、閃光が走った。

 なんだ!? とゲイルが叫ぶ。


 一瞬の光が去ると、そこにはもうゲイルの姿はない。


「アンジェロ!」

 勇斗はアンジェロに走り寄り、腰の布袋から解毒ポーションを取り出した。上体を抱え起こし、ゆっくりと飲ませた。アンジェロの頬に赤みがさしていく。あっという間に熱が引いた。


 アンジェロは、けほん、と小さく咳をして、それから、ユート、と彼の名を呼んだ。

「……ありがとう」


「よかった……」

 勇斗は涙ぐむ。


「なんで泣いてるの?」


「なんでだろうな……」

 言いながら、本当のところはわかっている。

 今度は、助けることができたのだ。あの時と違って、一人で置いていかれることはなかったのだ。


 ごめん、と勇斗は口にした。


「なんで謝るの?」


「お前のこと、囮にした。危険な目に合わせちまった」


 アンジェロは笑った。

「いいよ、そんなこと」


「他に方法が思いつかなかったんだ。俺が、弱いから……」


「ユートは弱くなんかない。現に、あいつに勝ったじゃないか」

 アンジェロは手を伸ばして、勇斗の頬の涙をぬぐった。


 くすぐったい思いで、勇斗は苦笑する。


 アンジェロは尋ねた。

「ところで、あいつはどうなったの?」


 ああ、と勇斗は答えた。

「どっかに飛んでったよ」


「飛んでった?」


「テレポーターだ。そこの宝箱には、転移の罠が仕掛けてある」


「そのこと、ユートは知ってたの?」


「ああ。前に組んでたパーティが、こいつを開けてどこかに消えた。宝箱の中は空っぽだった。こいつは、とんだイカサマ宝箱なんだよ」


「わざわざ隠し部屋に置いてあるのがタチ悪いね……」


「まあ、もしかすると、最初に開けた奴が中身だけ持ってっちまったのかもしれないけどな。ったく、罠くらい解除しておけってんだ」


「おかげで僕たちは助かったわけだけどね」

 言いながら、ぴょん、とアンジェロが立ち上がった。


「もう大丈夫なのか?」


「うん。いいポーションだね」


「昔、貴族から支給されたやつだ。たぶん、高いぜ」

 言って、勇斗は笑う。たぶん、自分では買うことができないランクのものだろう。


 えっ、とアンジェロは目を見張る。

「そんなの使って良かったの?」


「貸しだ。今度、なんかで返してくれよ」


 げ、とアンジェロが声をあげる。

「なんか、大変な借りを作ってしまった気が……」


 勇斗は笑った。

「そんなことより、皆のところに戻ろうぜ」


 勇斗の言葉に、うん、とアンジェロは笑顔で頷いた。

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