第23話 リア充爆発しろ!
アンジェロと意気投合した勇斗は、お互いの境遇について語り合う。
が、アンジェロのモテっぷりに勇斗は思わず――。
聞いたところによれば、アンジェロの職業は僧兵であった。僧でありながら、徒手空拳の武術を修めた者である。
「僧兵がなんで荷運びの仕事なんかを?」
「色々あってね」
と、アンジェロは肩をすくめてみせる。
一体、何があったというのだろう。少し好奇心をくすぐられて、勇斗が疑問を口にしようとしたところに、アンジェロが尋ねた。
「ユートこそ、勇者がなんで荷運びの仕事なんかに?」
勇斗は苦笑して言った。
「色々あってな」
確かに、これ以外に答えようのない質問である。
ふとした気まぐれで、言ってみた。
「話せば長くなるけど、聞きたいか?」
「夜は長い。聞かせてもらってもいいかい?」
この世界に来てからの話を、勇斗は誰にもしたことがなかった。そもそも人と話すことが稀なのである。自慢できる話でもない。
ただ、なんとなく、アンジェロになら話してもいいかという気になった。彼が聖職者であったことも理由のひとつかもしれない。
勇斗は、アンジェロにこれまでのことを話して聞かせる。話しながら、どんどん自分が情けなくなってくる。涙は出ない。ただただ、みじめなだけである。
話し終えると、黙って話を聞いていたアンジェロが、勇斗の額に手のひらを当てた。
「ユートに神の祝福があらんことを」
手のひらからぬくもりを感じた。勇斗の心が、ふっと軽くなる。
「ユートは、僕にとっての勇者だよ。おかげで、あの男と同じテントにならずに済んだ」
頬が熱くなる。人に感謝されたのは久しぶりである。
勇斗は言った。
「おまえの話も聞かせてもらっていいか?」
ああ、とアンジェロは頷いた。
「つまんない話だけどね」
要は、パーティでの色恋沙汰であった。
同じパーティの女が、アンジェロに惚れた。そして、アンジェロはその女を振った。何故なら、その女は、リーダーの恋人だったからである。
振られた女は腹いせに、アンジェロに言い寄られたとリーダーに告発した。女を疑うこともなく、リーダーの男はアンジェロを詰めた。
「それで、僕はパーティを抜けた。ね。くっだらないでしょ」
「めちゃくちゃくだらねー!」
そう言って勇斗は笑った。
「これだからリア充はなー」
「リアジュー?」
「ああ。俺たちの世界のスラングで、リアルが充実している奴って意味」
「リアルって?」
「ゲームとかネットとかに対しての、現実って意味なんだけど……。まあ、わかんねえよな。要は、モテてて恋人とかいる奴は、超羨ましいってこと」
「ユートはそういうの居ないの?」
いないね、と言って勇斗は自嘲的に笑う。
「生まれてこの方、女には縁がない」
「勇者様なのに?」
「そういえば、まだハズレが付いてない勇者だったころ、めちゃくちゃ言い寄って来られたわー」
勇斗は遠い目をした。
「あの頃は、ちょっと硬派を気取ってたからさ。女なんかにうつつを抜かしてる場合じゃねえ、ってな感じで」
格好をつけてはいるものの、女性の扱いがわからなかったというのが本当のところである。
「そうなんだ」
「そもそも、ほとんど貴族が雇ったハニトラ要員なのがバレバレでさー。手を出してたら、どんな目にあっていたことやら……」
「じゃあ、結果として良かったんだね」
アンジェロがにっこり笑う。中性的な顔つきの彼が笑うと、とてもかわいらしい。
勇斗は言った。
「おまえ、めっちゃモテるだろ?」
「えっ!?」
「年上にかわいがられるタイプだ」
「なんでそれを……?」
ちっ、と勇斗は舌打ちをした。
「リア充爆発しろ!」
朝になった。勇斗とアンジェロは、交代に寝ずの番をしたが、何も起こることはなかった。
「帰路も注意したほうがいいね。まあ、寝込みを襲われない限り、僕があんな奴に負けることはないけどさ」
アンジェロによれば、居住まいでその者の力量はある程度わかるものらしい。ゲイルは、腕力自慢ではあるものの、戦闘技術は大したことがないということである。
もちろん、勇斗にそんなことはわからない。
ていうか、ステータスとかわかるのって定番じゃん。なんでないの!? と最初こそ思ったが、ないものねだりをしても仕方がないのである。
この世界は、舞台設定こそゲームっぽいが、その実はただの現実である。魔法すらも、超自然的な何かといったわけではなく、異世界における技術体系でしかない。もちろん、魔法によってもたらされる現象は、勇斗にとって超自然的ではあるのだが。
コマンドを入力しようが、ボタンをタップしようが、魔法や戦技が発動することはない。どれだけモンスターを倒そうが、レベルやステータスが上がることもない。
戦闘技術は、習熟によってしか上がっていかないのである。
なぜなら、この世界はゲームではないからだ。
「ダンジョンがゲームだったらいいのに」
と言って、勇斗は、はぁとため息をつく。
なに? とアンジェロが問うのに、勇斗は、なんでもない、と返した。
勇斗たちの輸送パーティは、ここから引き返すことになる。
その帰路の隊列で、ひと悶着があった。誰が先頭に立ち、誰がしんがりを務めるかである。
ゲイルは、自分は先頭に行かないと主張した。勇斗とアンジェロは、背後からの襲撃を避けるために、できればゲイルより後ろにいたかったのだが、パーティのリーダーである男が、勇斗たちが先頭に立つように言った。その代わり、ゲイルをしんがりに置き、間に他の者が入るように差配してくれた。
地下三階から二階に上がるまでの行軍が、最も緊張した。勇斗たちの実力的に、格上の魔物が巣食っているエリアなのである。
行きの道順に沿った通路は、昨日のうちに掃討されているので、基本的には魔物がいない。だが、別の通路から徘徊してくる魔物がいないとは限らないのである。
勇斗は先頭を歩きながら、背後からの視線を感じた。それがゲイルによるものであることは、振り返らずともわかった。アンジェロを見ると、彼も気づいているのか、頷き返してきた。
「気にするな。何もできやしないさ」
と、アンジェロは小声で言った。
しかし、襲撃があるとすれば、ダンジョンの中でだろうと勇斗は考えた。ここでは衛兵の目がないからである。
魔物に遭遇することなく、無事に地下二階まで到達し、一行は胸をなでおろした。地下二階より上の魔物であれば、自分たちでもなんとか対処が可能である。
重い荷物を背負っていないので、往路よりも行軍速度はずいぶんと早い。地下二階でも、魔物との遭遇はなく、すぐに地下一階にたどり着いた。
リーダーの男が時計を見ながら言った。
「このへんからは、魔物がリポップしている場合があると思う。先頭は警戒を怠らないでくれ」
勇斗とアンジェロは頷いた。
ダンジョンの魔物は、倒しても再び出現するようになる。リポップ、すなわち再出現に要する時間は、おおよそ二十四時間程度である。そろそろリポップしている魔物がいてもおかしくない。
リーダーの言葉通りに、遭遇戦が二回起こった。相手は地下一階でよく見る魔狼で、一体一体はさほど強くない。ただ、数匹セットで出現するため、連携されると意外に厄介である。
即席パーティであるにもかかわらず、勇斗らは難なく魔狼を撃退することができた。一人一人の力量が、意外なほどに高い。中でも活躍したのがアンジェロで、やはり役立たずなのが勇斗であった。そしてゲイルはといえば、勇斗に負けず劣らず戦闘の役に立っていなかった。
「アンジェロの言ったとおりだな」
「なにが?」
「あいつ、ぜんっぜん弱いじゃん」
「まあね。でも、あいつ、手抜きしてるよ」
「えっ?」
「ぜんぜん本気出してない。というか、戦闘中に魔物じゃなくて、僕のことを狙ってた」
「それって、やばくないか?」
「不意を打たれたらやばいかもね」
リーダーが、アンジェロを呼んだ。
なんですか? とアンジェロが答える。
「偵察を頼まれてくれないか?」
「偵察ですか?」
リーダーは頷いた。
「この先に、ゴブリンどもの集落があるんだ。あいつらは時折、集団で魔狼を狩りに通路を徘徊する。遭遇すると厄介だ。この先の通路の安全を確認してきてほしいんだ」
わかりました、とアンジェロは頷いた。
「ユートも一緒に来てくれる?」
「俺でいいのか?」
「一人だと危険だし、正直、この場ではユート以外に背中を預けたくない」
なるほど、と勇斗は納得する。アンジェロが小声で言った。
「あいつが追ってくるかもしれない。後ろの警戒を頼む」
勇斗は小さく頷いた。




