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第22話 うぜー奴に絡まれたんだけど

久しぶりにダンジョンへ足を踏み入れた勇斗であったが、厄介な冒険者に絡まれてしまい――。

 ダンジョンの入り口に、多数の冒険者が居並んでいる。

「よーし、準備はできたか!?」

 前に立つ冒険者――おそらく今回の監督役であろう男が呼ばわると、おお、と他の冒険者がそれに答える。


 複数のパーティで構成された、レイドパーティである。

 そのうちの一つに、真田勇斗は所属していた。


 ダンジョンに潜るのは久しぶりである。恐怖とともに、高揚感もあった。日頃は、人足仕事をして糊口をしのいでいる。冒険者ギルドに登録こそしているものの、冒険者であると胸を張って言える状況にはない。


 とはいえ、今日の仕事も、人足仕事のようなものであった。

 メインパーティが戦闘をこなし、サブパーティは回復やバフでそれを支援する。その他のパーティは、食料や水などの荷物運びである。戦闘をしない分、多くの荷物を背負っていかねばならない。勇斗が所属するのは、もちろんその輸送パーティである。

 宿屋で聞いた話では、冒険者ギルドがランキングを始めたらしい。そのため、貴族たちはお互い対抗して、ダンジョン探索に精を出しているということである。この一行の雇用主は、ギルバート伯であった。


 ランキングと聞いて、勇斗は元の世界でのゲームを思い出した。発想がどこか、異世界っぽくない気がしたのである。

 勇斗は貴族と契約していないし、パーティにも入っていないので、ランキングとは無縁であった。


 ダンジョン探索を行う冒険者のほとんどは、貴族と専属の契約をしている。かつて勇斗が、ギルバート伯と結んでいたような契約である。今の勇斗にはそれがない。荷運びの仕事は、いわばスポット契約で、今回限りのものである。

 ランキングに入るためには、ダンジョンの下層に向かわなければならない。しかし、ダンジョンの下層に向かうには何日もかかる。それには充分な食料、水がいる。通路は狭いため、戦闘員の頭数はそれほど必要ではない。だから貴族は、輸送専門の冒険者を別途、割安で雇っているのである。


 勇斗のような落ちこぼれ冒険者に話が来たのには理由がある。ギルバート伯の温情、ということはまずないだろう。ダンジョンに入るためにはベルモントで冒険者登録をしている必要があるからで、ベルモントに貴族と契約していないフリーの冒険者など、ほとんどいないからである。

 冒険者ギルドでこの話をもらった際、当然ながら勇斗は逡巡した。結局のところ参加を決めたのは、その報酬の額によるところが大きい。二日間で聖金貨五枚の報酬は無視できない。


 監督役の冒険者が言った。

「今回の目標は、地下七階の地図の作成だ。できるだけ踏破率を上げる。はぐれるなよ、死ぬからな」


 死、と聞いて、勇斗の心がひゅっと冷たくなる。そう、この世界は、死ぬのだ。しごく簡単に。実際、勇斗は仲間が命を落とす瞬間を見た。

 勇斗には、地下三階までしかダンジョンに潜った経験はない。それでも、死を覚悟した瞬間があったのである。地下七階など、想像もしたくない。


 とはいえ、勇斗は今回、地下七階に行く必要はなかった。契約は地下三階までである。そこで本隊と離れ、地上に戻ることになる。行く途中で障害となる魔物は倒されているから、同じ道を戻れば、魔物がリポップしていたり、徘徊モンスターに遭遇したりしない限りは安全である。


 一応、仲間もいることだし、と勇斗は輸送パーティのメンバーの顔を見やる。見知った者はいない。全員が男性である。体つきからして、ほとんどの者が前衛職だろう。パーティのバランスも何もあったものではないが、荷運びの仕事なので体力が必要なのである。


 勇斗の視線に、一人の男が気づいて、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべた。名前は、たしか、ゲイルといったはずである。顔の傷が醜くゆがんでいる。


「あんた、ハズレ勇者のユートだろ?」


 勇斗はそれには答えず、目を逸らした。その呼び方をしてくる者は、無視することにしている。


 ギルバート伯からクビを言い渡されたという噂は、既に冒険者の間で知れ渡っていた。

 つけられた呼び名が、ハズレ勇者である。


「無視すんなよ。召喚された勇者様が荷運びか? はっ、落ちぶれたもんだねえ」


 勇斗の予想通りの展開であった。やはり、こういう輩は無視するに限る。


 ゲイルが、更に何か言おうとしたところに、横から別の男が声をかけた。

「あんたも似たようなもんだろ」


 勇斗はぎょっとして、思わず顔を見た。パーティの中で一番小柄な、少年と言っていいほどの歳の男である。十五歳くらいだろうか。勇斗より歳下のように見えた。


「ああ? いまなんつった?」

 ゲイルが、少年に突っかかる。


 少年は冷たく言った。

「無駄に体力を消耗するなよ」


 ゲイルが、無言で少年の胸ぐらをつかんだ。少年は無抵抗である。


「おまえら、なにしてる!」

 監督役の男が慌てて割って入る。

「けんかなら余所でやれ。次やったら帰ってもらうぞ。その場合はもちろん、金は払わんからな」


 ちっ、とゲイルが舌打ちをして手を離す。離しざま、少年の耳元で彼がささやく声を、勇斗は聞いた。


「……後で覚えとけよ」



 探索は順調だった、ようである。

 勇斗は重い荷物を背負って、本隊のあとに続くのみである。ダンジョンの通路は狭いので、隊列は自然と長くなる。先頭にいる本隊が魔物と遭遇したところで、後方にいる勇斗たちに様子はわからない。

 むしろ、戦闘が始まると行軍が止まるので、荷物を下ろして休むことができる。勇斗は途中から戦闘を待ち望むようになった。

 道は最短ルートをたどったし、メインパーティの戦力では、このあたりの魔物たちは障害にならないので、進みは非常に早い。


 地下二階に下りてしばらく歩くと、広間に出た。

 ここで休憩だ、と監督役が言ったので、勇斗はほっとする。三時間ほど歩いただろうか。かなり疲れていた。

 非常に広い空間である。三十人ほどのレイドパーティがすっぽり収まって、まだ余裕があった。


「ケガをした者は、そこの祭壇で回復してくれ」

 監督役の指す先には、彼の言った通りの祭壇があった。


 メインパーティの戦士が祭壇まで歩いていき、手をかざす。戦士の身体が緑色に光る。

 おお、と皆から驚嘆の声があがった。戦士の身体の傷が、一瞬でふさがったのである。


 ダンジョンにはいろいろなものがある。良いものもあれば、悪いものも。悪いものの筆頭は罠である。勇斗はかつて見た地図で、その場所を把握していた。


「他にケガした者がいれば使ってくれ」

 数人が祭壇に手をかざし、同様に傷を癒していく。

 一行は、三十分ほど休憩してから、その広場を後にした。


 それからまた行軍が続いた。地下三階に下りる。また、歩く。

 出発から八時間ほど経ったところで、地下四階に下りる階段前に到着した。

 ダンジョン内は明るくてわからないが、時計は既に夕刻である。


 監督役の男が言った。

「それじゃあ、各自、野営の準備だ。夜襲に備えて歩哨を立てるので、各パーティの代表はあとで俺たちの軍幕にきてくれ。輸送パーティの者は歩哨任務は無しだ。ゆっくり休んで、明日に備えろ」


 勇斗の所属するパーティは、明日の朝一で帰還する。一番弱いからである。別の輸送パーティは、このあとも本隊について深層に向かうことになるはずだ。


 ダンジョンの糧食は、硬い干し肉と相場が決まっている。それを、水や酒でふやかしながら食べるのである。うまいものではないが、食べないと体力が持たないから、食べざるを得ない。


 同じパーティ同士で固まって夕食をとる。

 夕食の間じゅう、ゲイルがにやにや笑いを浮かべながら少年を見ていた。少年は見事なまでにそれを無視している。勇斗も含めて、パーティメンバーは誰も何も言わない。関わり合いになりたくないのである。


 配給されたテントはさほど大きいものではなく、二人で寝ることになる。

 就寝という段になって、パーティの者たちがペアを作っていく。


 勇斗は気づいた。パーティの皆は、誰も少年に声をかけようとしていない。そして、ゲイルにも。

 何もしなければ、少年と同衾するのは、ゲイルになるだろう。そうなれば、少年がただで済むはずはなかった。

 勇斗は思い出す。少なくとも少年は、勇斗の味方をしてくれた。このまま放っておくのは寝覚めが悪い。


 勇斗は少年に声をかけた。

「俺と同じテントにしないか?」


 その言葉に、少年はあからさまにほっとした顔で、感謝する、と言った。


 勇斗は言った。

「今晩は警戒したほうがいいな。交代で起きていよう」


 少年は頷いて、手を差し出した。

「僕はアンジェロ。ユート、迷惑をかけて申し訳ないけど、よろしく頼むよ」


 その手を握り返しながら、勇斗だ、と名乗って、自嘲的に言った。

「世間じゃ、ハズレ勇者って呼ばれてる」


 アンジェロが顔をしかめる。

「ひどい話だよな。こっちの都合で異世界から呼んでおいて、何て言い草だ」


 勇斗は困惑した。そんなことを言われたのは、この世界に来て初めてだったのである。

 たぶん、こいつ、いい奴だ。と勇斗は思った。

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