第20話 ランキングってなんですか?
宿屋の主人、モリスンは、街に普段より多くの冒険者がいることに驚く。
冒険者のジミーによれば、今日はある催しが冒険者ギルドで行われるらしく――。
七月の月初め。そろそろ暑さを感じ始める時期である。
宿屋の主人であるモリスンは、額の汗をぬぐいながら街を歩く。朝市で食材を購入した帰路である。
ベルモントは計画都市だ。自然に生まれた街ではない。そのため、街区は綺麗に四つに分けられている。モリスンの営む宿屋は、西側の宿場地区にある。朝市の立つ商業地区は、反対の東側である。
モリスンは、ふう、と息をつく。歩く距離もあるが、背に担いだ、食材を入れた布袋が重いのである。部屋は満室に近く、そのぶん食事を用意する必要があった。酒場に向かう者もいるが、モリスンの宿は食事が売りであるため、半数以上は宿でそのまま食事をとる。
それにしても、とモリスンは思う。今日はいやに街で冒険者を見かけるな。
ベルモントの冒険者は、定期的にダンジョンに潜る。街をうろついている冒険者たちは、それが休みの者たちである。
そういえば、モリスンの宿に逗留している冒険者たちも、誰も今日はダンジョンに行っていない。だからこそ、食材がいつもより必要なのである。ダンジョンに向かう冒険者は食事が要らないので、その旨は伝えるように頼んである。
なにかあるのだろうか?
考えながら、モリスンは、汗をかきかき歩いていく。ようやく商業地区を抜けて、中央広場についた。
ダンジョンをぐるりと囲むようにあるその広場には、冒険者向けの施設が建っている。そのうちのひとつが冒険者ギルドである。
その冒険者ギルドの前に、人だかりができていた。
がやがやと喧しい。集まっているのは冒険者のようである。
まだか、まだか、という言葉が、方々から聞こえる。どうやら何かを待っているらしい。
なるほど、とモリスンは思う。何だかわからないが、街に冒険者が多いのは、これが理由のようである。
群衆の中に、見知った禿頭を見つけた。モリスンの宿に長逗留している冒険者である。ベテランの盗賊で、名はたしか、ジミーといったか。
モリスンは、背中の荷物を下ろし、大きく伸びをした。
「ジミーさん!」
モリスンの呼びかけに、ジミーが振り返り、軽く手を挙げた。
「やあ、モリスンさん」
モリスンはジミーに近づいて尋ねる。
「この騒ぎは一体、何なんです?」
「ああ、そうか、意外と街の人は知らねえんだな。今日は月初めだろ?」
ええ、とモリスンは答える。
「それがなにか?」
「冒険者ギルドの立て看板に、先月のランキングが掲示されるのさ」
「ランキングですか?」
「そう。誰が一番、ダンジョンを深く探索してるか。それが張り出されるんだよ!」
ジミーはさぞ面白いことかのように言うが、モリスンにはピンとこない。
「へえ。ジミーさんたちのとこのパーティも、そのランキングとやらに載りそうなんですか?」
いやいや、とジミーは大きく手を振る。
「ぜんっぜんダメだよ。先月の一位は地下六階だぜ。俺たちはまだ地下五階までしか探索できちゃいない」
「なのに、わざわざ探索を休んでまで見に来てるんですか?」
「そりゃそうよ。どこのパーティが一位になるか、なんたって、見ものじゃないか! 近頃の酒場じゃ、この話題で持ち切りよ」
見な、とジミーが指をさす。
その先にいたのは、豪華な服を着て、従者を従えた男である。
「えっ! 貴族様じゃないですか!」
「一人だけじゃない。他にも三、四人見かけたぜ」
「なんだって、こんなところに……」
貴族たちの住む貴族区は街の北にあり、彼らはほとんど、そこから出てくることはないのである。
「ダンジョン探索の契約で、パーティの功績は、それを雇ったパトロンの功績ってことになってるんだ。つまり、ランキングに載るのは、その貴族様の名前になるってわけよ。プライドの塊の貴族様にとって、他の貴族より上に自分の名前があるかどうか、気が気じゃないんだろうさ」
ジミーは、ししし、と厭味ったらしく笑う。
「うちのパトロンもうるさいったらありゃしねえ。どうしてもランキングに載るんだって、俺たちをせっついてくる。俺ぁ、無理だって言ってるんだけどな。そんなんで無理して死ぬなんざ、まっぴら御免だよ」
わあっ、と、ひときわ大きく声が上がった。
見れば、建物の入り口から、大柄な男が出てくるところである。ギルドマスターのギルガメッシュだ。手には、丸めた紙を持っている。
「やあやあ、待たせたな! お待ちかねのランキングだ! 道を開けろ!」
ギルガメッシュが大音声で呼ばわると、冒険者たちが、さっと引いて道を作る。ギルガメッシュは立て看板の前まで歩いていくと、紙をあてがって鋲で止めた。
振り返って、言った。
「さあ! これが先月のランキングだ!」
おおおお! どよめきが上がった。
「おっと、ここじゃよく見えねえ。モリスンさん、前に行こうぜ」
ジミーに手を引かれ、モリスンは前に出る。立て看板の前は、ランキングを見ようとする冒険者でぎゅうぎゅうである。
ジミーが叫んだ。
「うわあ! 一位は地下七階だってよ! ついに来たな! 達成者は……やっぱりギルバート伯のところかぁ!」
わああ、と歓声が上がる。大盛り上がりである。
あっ、とジミーが声を上げた。
「ルミナス様の名前があるじゃねえか!」
「ルミナス様?」
「うちの雇い主だよ! 十位ぎりぎりだけどな! 地下五階の踏破率で差がついたみてえだ」
「踏破率?」
「ランキングに載るには、各々のパーティが作成した、ダンジョンの地図を提出しなきゃいけねえんだ。地図が全部埋まってたら完全踏破で、踏破率は百%。地下五階に到達したパーティは団子状態でな。そこで差をつけるのが、踏破率ってわけさ」
「はあ、なるほど」
「うちのパーティは慎重派だからな。めいっぱい準備してから、下の階に進むスタイルだ。地下五階の地図も、ほぼ完全なものが出来ちゃあいたんだが、まさかランキングに載るとはな!」
ジミーは嬉しそうに笑う。
「ジミー、やったじゃねえか!」
「ボーナス出たら奢ってくれよ!」
周囲の冒険者も、笑いながらジミーを祝福している。
何かを叫んでいるのは、先ほど見かけた貴族である。地団太を踏んでいる。ランキングが、思ったような結果ではなかったのであろう。
ジミーが言った。
「モリスンさん、今日は皆で酒場に行くことになりそうだ。悪いけど、飯はいらねえや」
今日は、そのような冒険者が多そうである。用意した食材が無駄になるかもしれない。
食材も安くはないのに……。
モリスンは、はぁ、とため息をついた。




