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第19話 冒険者ギルドってなにするところ?

冒険者ギルドで話を聞く玲子たち。

この世界に、レベルやステータスの概念が存在しないことに驚き、困惑する。

しかし玲子はそこで、あるアイデアを閃く――。

 冒険者ギルドは、大門と呼ばれるダンジョンの入り口の、ほど近くに建っていた。一般家屋の十倍ほどはありそうな、かなり大きな平屋の建物である。


 扉のもうけられていない入り口を通り、中に入る。入ってすぐに受付があって、まるで役所のようなイメージである。


 すたすたと受付にアルスが歩いていき、受付嬢に声をかける。

「ギルドマスター代理と面会したいのだが」


「おや、アルス様。お約束は?」


「すまんが、飛び込みの要件だ。新しいダンジョン管理者の皆様のご紹介を兼ねて、相談したいことがあるのだ。さほど急ぎではないが、できれば融通してもらえるとありがたい」


「承知いたしました」

 受付嬢は、カウンターに置かれた球体に手を添える。水晶玉のようなそれが、うっすらと光を帯びた。


 玲子は尋ねた。

「あれは?」


「離れた相手と、思念で会話できる魔法具です。思念珠といいます」


「へえ。それは便利そうね。誰とでも話せるの?」


「いいえ。思念珠は一対になっていて、それぞれの思念珠を持っている相手としか念話できません」


 電話とは少し違うようである。トランシーバーに近いかもしれない。


 思念珠から手を放して、受付嬢が言った。

「マスターは別件のお打ち合わせ中ですが、終わり次第お会いになります。そちらの席でしばらくお待ちください」


「ありがとう」

 ビジネススマイルを浮かべる受付嬢に、アルスは極上の笑みを返した。


 待合席は、アンドリューの居城にあったような、上等のソファだった。


 腰掛けて、北條が尋ねた。

「そもそも、冒険者ギルドってどういうものなの?」


「冒険者の支援を目的とした組織です。ギルドとは本来、同じ職能の者同士が協力しあうための組織ですが、冒険者ギルドは職能によらず、冒険という同じ目的を持った者が所属しています」


「冒険者というのは?」


「冒険を生業にする、戦闘能力を有した探索者、というのが我々の認識です。仕事としては、未開地の探索、魔物の討伐、宝の入手と様々にございます。ですが、この街においては――」


 玲子は言った。

「ダンジョンの攻略ね」


 はい、とアルスは頷く。

「冒険者ギルドは、王都のそれを本部として、各地にいくつかの支部が存在しています。ですが、ベルモントの冒険者ギルドは、本部から完全に独立した裁量権を有しています。別個の組織と申し上げてもいいでしょう。それはやはり、この街にダンジョンがあるからです」


 アルス様、と受付嬢から声がかけられる。

「ギルドマスター代理がお会いになられます。執務室にお進みください」



 通されたギルドマスターの執務室は、とても綺麗に整頓されていた。フェリスの研究室とは比べるべくもない。部屋の主の几帳面な性格が見て取れた。落ち着いた雰囲気の調度品は、派手さはないものの一目で高級品であることがわかる。

 奥のデスクに腰かけて皆を待つ部屋の主は、屈強な肉体を持つ偉丈夫であった。目元にある大きな傷が厳めしい。ひげ面に、小さなメガネがちょこんと乗っている。

 部屋に似合ってない、というのが正直なところである。


「ギルドマスター代理」


 アルスが声をかけると、男は立ち上がった。

「よう、アルス。アンドリューは息災か?」


「もちろん。たいへんお元気でいらっしゃいます。ギルガメッシュ様もお変わりなく」

 二人は握手をする。


「で、そっちの三人が?」


「はい。新しいダンジョンの管理者でいらっしゃいます」


「アンドリューの奴、面倒な仕事は人に押し付けて、自分は隠居でもする気か?」


 ギルガメッシュの言葉に、アルスが苦笑する。

「アンドリュー様は、いろいろとお忙しい身ですので」


「わかってるよ、冗談だ」

 言ってから、ギルガメッシュは玲子たちのほうに向き直る。

「ギルガメッシュだ。冒険者ギルドのマスター代理を務めている。よろしく頼む」

 玲子から順に、三人と握手をしていく。ゴツゴツした大きな手のひらであった。


「代理?」


 玲子が問うと、ギルガメッシュが苦笑して答える。

「本来のギルドマスターは、アンドリューの野郎だよ。俺もあいつに面倒な仕事を押し付けられた一人ってわけさ」


 アルスが言った。

「ベルモントの冒険者ギルドが独立を保っていられるのは、勇者であるアンドリュー様のお名前によるところが大きいのです。それで、名目上のマスターは、アンドリュー様ということに」


 ギルガメッシュはため息をつく。

「ただ、実務をやってる暇はないってことで、俺に白羽の矢が立ったってわけだ。しかし、俺だって戦士ギルドのマスターと兼任してんだぞ。忙しくってしようがねえや」


「ギルガメッシュさんは、アンドリューさんと親しいの?」


 ああ、とギルガメッシュは軽く答える。


 それだけで詳しく説明しようとしないギルガメッシュを見て、アルスが代わりに言った。

「ギルガメッシュ様は、アンドリュー様のかつてのパーティメンバーの一人なのです」


「えっ! ということは、あなたも魔王を封印したの?」


「まあ、一緒に戦ったという意味ではそういうことになるんだが……」

 と歯切れが悪い。

「ぶっちゃけ、俺は早いうちに死んじまったから、あんまり貢献出来てねえんだよ」


「蘇生されたの!?」


「ああ、運よくな」


 高額な蘇生費用を支払ったうえで、百分の一を引き当てたということである。ギルガメッシュ、持っている男である。


「そのおかげで俺は、アンドリューの奴にこき使われることになってるってわけさ。本当だったら、引退して酒場のオヤジでもやってるつもりだったんだけどな」

 とほほ、と、ギルガメッシュはため息をつく。


 その肩を、アルスが叩いて言った。

「アンドリュー様のお仲間は、こき使われる運命にあるんですよ」


 それを聞いて、玲子は少しだけ眉をしかめる。


 ギルガメッシュが尋ねた。

「それで、今日の用件は? 管理者のお披露目だけか?」


 玲子が答える。

「いいえ。さっき言ったように、私たちは、アンドリューからダンジョン運営の引継ぎを任されたの。それで、ダンジョンの売上をあげるように頼まれたのだけど……」

 ダンジョンからの離脱者を減らす方法を考えているのだと、玲子は説明する。

「冒険者ギルドで、何かできることはないかしら?」


「ううん、そうだなぁ……」

 と、ギルガメッシュは考え込んだ。

「正直なところ、うちの冒険者ギルドは、ギルドとしての役割があまり果たせていないからなぁ……」


「そうなの?」


「本来、冒険者ギルドは、冒険者を管理して、仕事の斡旋だったり、パーティ結成の補助だったりをするところなんだが――」


 仕事の斡旋というのは、基本的に依頼に基づくものであるらしい。畑に魔物が出たから倒してくれとか、危険な場所で薬草を採取してきてほしいとか、そういった依頼を報酬とともに提示する。それを冒険者が請け負い、解決すると報酬が得られる、という流れである。

 ただ、ベルモントは、ダンジョンを中心とした特殊な街である。街に、農民や狩人といった、一次生産者は居住していない。農作物や薬草といったものは、すべて交易で入手している。そのため、住民は街から出ることがなく、結果として魔物と出くわすことがない。


「だから、冒険者への依頼自体が、ほぼないんだ」


 そして、パーティ結成の補助である。現状、ダンジョンに入る冒険者は、入場税があるために全員が貴族に雇われていて、パーティメンバーの構成も契約に縛られている。フリーの冒険者がいない以上、冒険者ギルドが出る幕はない。


「というわけで、ベルモントの冒険者ギルドでやってることと言えば、冒険者の登録、抹消と、教練くらいになる」


「冒険者の登録って? ギルドは、どんな情報を持っているの?」


「名前、職業、年齢、出身地、体格や人相に関する簡単な覚書。そんなところだ」


「ずいぶんシンプルね」


「まあ、この情報が必要になるのは、冒険者が行方不明になったときくらいだからな。ダンジョンでは、大抵、見つかることはないが」


 玲子は顔をしかめる。

「要するに、死体の特徴ってことね」


 ギルガメッシュは頷いた。


 玲子は続けて尋ねる。

「ダンジョンと冒険者を結びつけるような情報はないの? どのくらいの頻度でダンジョンに入ってるとか」


「ダンジョンの入場に必要な割符の発行と管理は、うちで行っている。しかし、それだけだ。割符がどのくらい使われているかなんかは、うちではわからない」


「割符?」


「魔法陣の描かれた木札を、二つに割ったものだ。二つを突き合わせると、特定パターンで発光して、割符が真正のものであるかどうかわかる仕組みだ。冒険者がダンジョンに入る時、これを衛兵がチェックしてる」


「なるほど。じゃあ、衛兵のほうで、誰がどのくらいダンジョンに挑んでいるかくらいは、わかってそうね」


 アルスが頷いた。

「そうですね。衛兵のほうでは記録をつけていると思います。入場税の徴収も衛兵が行っておりますので。あとで私のほうから記録を確認しておきます」


 よろしく、と言って、玲子はため息をついた。

「しかし、ダンジョンへの入場記録くらいしかわからないのね……」


 水谷がギルガメッシュに尋ねた。

「冒険者のレベルとか、ステータスみたいなのは記録されてないんですか?」


 ギルガメッシュが眉をしかめる。

「レベル? ステータス……? なんだそりゃ?」


 えっ、と水谷は驚く。

「もしかして、そういう概念自体がない……?」


「聞いたこともねえな」


 うーん、と玲子は唸る。

「レベルみたいなパラメータがないのは良くないわね」


 アルスが尋ねた。

「何故、良くないんです?」


「数値が見えないと、強くなった実感が湧かないからよ」


「強くなった実感ですか?」

 アルスがおうむ返しに問う。全く理解できていない様子である。


「たとえばレベルっていうのは、冒険の経験を積んでいくにつれて、1、2、3と順に上がっていくものなのね。冒険者としての経験を示す数字なわけ。だから、上がると嬉しいものだし、達成感のあるものなの」


 ギルガメッシュが頷いた。

「たしかに、そういうもんだったら、上がれば嬉しいかもしれねえな」


「強くなった、って感じられるでしょ? そういう目に見える数字は、それだけでユーザーに対する報酬になるわけ。別にお金みたいな即物的なものでなくても、数字そのものが報酬として機能する」


「なるほど」


「ゲームの本質のひとつは、いかに上手にユーザーを褒めるか、なのよ。適切なタイミングで、適切に褒める仕組みがあれば、ユーザーのモチベーションは自然と上がる。レベルみたいなパラメータの可視化は、すごく簡単で効果的な、ユーザーを褒める手段なんだけど……」


 そこで玲子は、はぁ、とため息をつく。

「まあ、今はそれが見えないっていう話なんだけどね……」


 アルスが言った。

「冒険者のダンジョンの到達階層もわからない状況ですし、なかなか難しいですね」


 そうね、と言って、玲子は天井を見上げる。


 ――到達階数?


 天啓がひらめいた。


「それだわ!」

 玲子は叫んだ。

「ダンジョンの到達階数を、達成度の指標にするのよ! それだったら、簡単に可視化できる。何も新しい仕組みを用意することはないわ」


 アルスが言った。

「しかし、現状では冒険者というか貴族たちが、それを隠蔽していますが……」


「隠したくなくなる仕組みを用意するわ」


「どうやるのですか?」


「ランキングよ」

 言って、玲子は不敵な笑みを浮かべた。

「貴族たちの競争心を煽ってやるわ」

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