第17話 アルスくん、俺好みの男性だよ
街の案内人として、アルス男爵を紹介される玲子たち。
放蕩のアルスの二つ名を持つ彼に、北條は興味を覚えたようで――。
街に向かうにあたり、アンドリューに引き合わされたのは、アルス男爵という青年貴族であった。
二十代前半といったところだろうか。百八十以上ある北條より背は低いが、そこそこの長身である。愛嬌のある顔つきで、なかなかの男前である。
貴族ということであったが、彼の着衣は簡素である。上等には上等なのだろうが、貴族らしい装飾はない。
そして、彼はどうやら人間のようであった。
意外そうに玲子は言った。
「アンドリューさんのところの人は、亜人ばっかりかと思っていたわ」
その言葉に、はっとしてアンドリューは言った。
「それについては、決して街では口外なさいませんようにお願いいたします」
「どうして?」
「王国では、亜人たちは心よく思われておりませんゆえ、私が彼らを雇用していることは、どうかご内密に」
玲子は頷きつつ、異世界あるあるがここにもひとつ、と思った。
アルスは頭を下げつつ言った。
「アンドリュー様は、種族の垣根のない世の中を目指しておられます。私もまた、それに賛同する者です」
「これ! アルス!」
アンドリューが強い語気でたしなめる。
アルスが一瞬あっけにとられ、それから理解の表情を浮かべた。
これは失礼しました、と頭を下げる。
「さて、改めまして、ベルモントの街をご案内いたそうと思います。冒険者ギルドに向かわれるのでしたね?」
「ええ。それと、商店も見たいわね。この世界の相場観が知りたいの」
「お任せください。うまい店も紹介しますよ」
「いいわね。でも、貴族が通うようなお高く留まった店なら願い下げ。こちとら庶民ですから」
ははは、とアルスが笑う。
「もちろんですとも。放蕩のアルスの名が伊達ではないところをお見せいたします」
「放蕩のアルス?」
玲子の疑問に、アンドリューがため息をついて答える。
「こやつは、先祖より受け継いだ財産を一代で食い潰すと宣言し、若くして放蕩三昧をつくしてきた大馬鹿者にございまして……」
「両親は早くに亡くしましたし、女房子供もおりません。私のような泡沫貴族が、多少の財産を持っていたところで何ができましょう。そんなものは、街の皆に分け与えたほうがよほど良いのです」
「宣言通り財産を食い潰したこやつは、食うに困って私を頼ってきたという次第です」
アルスは大きく胸を張った。
「というわけですから、この街のうまいものやら遊びやらについて、私より詳しいものは他におりません。大船に乗った心持ちで着いてきていただきたい」
北條が笑って言った。
「いいねえ。俺好みの青年だ。アルスくん、って呼んでもいい?」
「もちろんですとも、ホージョー様」
「俺のことは、涼介でいいよ」
「承知しました、リョースケ様。これからよろしくお願いします」
玲子は思う。
大丈夫? アルスくん、俺好みって意味、わかってる?
さすがにドレスは街歩きに適さないので、玲子は別の服に着替えた。
メイドに薦められるままに、一般的な町娘の着るものをということで、簡素なデザインのワンピースを選んだ。スカートなのが気になるものの、パンツスタイルの女性ものは、この世界にはないらしいので仕方がない。
同様に、水谷と北條の服装も、街歩きに適したものに改められている。
四人で連れだって街を歩くと、方々からアルスに声がかけられた。
「よう、アルスの旦那。寄ってかないかい?」
かけられる言葉は気安く、貴族に対するそれではない。
「今日は仕事で、アンドリュー様の客人に街を案内しているんだ。また今度な」
対するアルスの口調もまた、まるで町人のそれである。
これで声を掛けられたのは五度目であった。老若男女問わずである。よほど顔が広いのだろう。
ベルモントの街は、玲子の想像よりもずっと清潔だった。現実の中世では、下水の整備がされておらず、道端に汚物が落ちていたりしたと聞く。この世界の魔法という技術は、公衆衛生に対しても利のあるものなのだろう。
建築は、石造りが基本である。道路もまた石で舗装されている。レンガではなく、おそらくは天然石である。それが均等に切りそろえられて、埋められている。立ち並ぶ家々もまた石造りであって、この世界の石組技術の高さがうかがえる。
振り返れば城があって、それは先ほどまで玲子たちのいた、アンドリューの居城である。大きさは日本のお城程度のもので、海外の古城と比べれば随分と小ぶりだ。今後は、玲子たちもあの城に住まうことになる。
街の中心には、ドーム状の建築物があって、城よりも大きなそれは、街のどこからでも目立って見えた。それより大きな建造物が、他に存在しないのである。
ドームは、外見からは、鉄でできているように見える。鉄製品は存在しているので、この世界にも鉄はある。とすれば、やはりあれの素材は、鉄であるのだろう。
玲子は尋ねた。
「あの建物は?」
「ダンジョンの地階部分です」
あー、と玲子は手を叩いた。
「あれがそうなのね。ダンジョンは、そこから地下深くまで続いているのよね? 何階くらいあるの?」
「アンドリュー様によれば、地下十階まであるとのことでした」
「意外と浅いのね。現状の探索状況は?」
「最高の冒険者で地下六階と聞いておりますが、本当のところはわかりません。貴族に雇われた冒険者は、情報を秘匿していますから」
玲子は眉根を寄せて言った。
「ユーザーの進捗状況がわからないのは困るわね」
「それでしたら、こちらで詳しい状況を探らせましょう」
「できるの?」
「お任せください」
とアルスはウインクした。
「私は、表にも裏にも顔がききますので」




