第15話 のじゃロリ、キターー!
玲子たちは、魔法使いのエルフ少女、フェリスと顔合わせする。
ダンジョンの管理者変更のため、アドリューに連れていかれた魔法研究室という場所は、一見すると図書室であった。文献と思われる大量の本が、そして巻物が、所狭しと並べられている。いや、積み上げられている。
本の隙間に埋もれるようにして一脚のデスクがあって、一人の少女がページを繰りながら何ごとか書き記している。
尖った耳がぴょこぴょこと動く。玲子の知識では、その耳をもつ種族はエルフである。
「エルフ少女たん!?」
当然ながら水谷のテンションは上がる。うざ、と玲子は思った。
「フェリス!」
アンドリューが声をかけると、少女は顔をあげる。
「おお! これはこれはアンドリュー殿、お久しゅう。もしや、そちらの方々が……?」
「うむ。ダンジョンの新しい管理者だ」
フェリスと呼ばれた少女は、ペンを置くと立ち上がり、お辞儀をした。
「わらわは、フェリスと申す者。ご覧の通りのエルフである。魔導の道を探究し、はや百年。以後お見知りおきを願い申すのじゃ」
「のじゃロリ、キターーーーー!」
玲子は思わず水谷の後頭部をはたいた。
「なにするんですか!?」
「いや、なんとなく、イラっとして……」
ていうか、のじゃロリってなに? と玲子は思う。しかしながら、玲子もまた、彼女の可愛らしさに心をときめかせていた。
フェリスが笑顔でアンドリューに尋ねた。
「こちらの粗暴なお人は?」
その言葉に玲子はがっくりと肩を落とす。
アンドリューが気にもせず答える。
「レーコ・タチバナ様でいらっしゃる」
「タチバナ殿、よろしくお願い申す。しかし、わらわの頭は、それなりの貴重品ゆえ、丁重に扱っていただきたいものじゃな」
差し出された手を、玲子は握り返す。苦笑いしつつ言った。
「よろしく! 普通はあんなことしないから安心して」
「フェリスは我が領内で随一の魔法使いにございます。王国内でも指折りでしょう」
「そんなわらわでも、このダンジョンには手を焼いておる。端緒は見えてきておるがの」
アンドリューは続いて、フェリスに水谷を紹介する。
「ミズタニ様は異世界で魔法使いと呼ばれるほどの知恵者であらせられる」
「その魔法使いっていうのはやめてくださいよ!」
「フェリスには、ミズタニ様と共同でダンジョンの研究に当たってほしい。ただミズタニ様には、魔法の知識が一切ないので、基礎から学んでいただくことになる」
そうですか、とフェリスは破顔する。
「丁度よかった。わらわも一人でやるのに飽きてきたところであったのじゃ。よろしく、ミズタニ殿」
フェリスは水谷とも握手をする。そうしながら、むむ、と眉根を寄せた。
「ミズタニ殿は、わらわと同じ長命の種であるか? 見た目とは違い、それなりの年齢であらせられるようじゃ」
「いえ、ごく普通の人間なのですが、召喚の影響で若返ってしまいまして……」
「なるほど。そういうことであったか」
頷きながら、ちょっと得意げにフェリスは言う。
「何を隠そう、あの召喚術式を構築したのはわらわなのじゃ」
それを聞いて玲子が、はい! と手を挙げた。
「あなたがあの術式を作ったってことは、私たちを騙したのはあなたってこと!?」
フェリスが眉を顰める。
「騙したとは人聞きの悪い」
「いや、私たち、契約内容もわからないまま、異世界に連れてこられたんですけど!?」
「召喚術式は、同意なく発動はせぬ。タチバナ殿も、心底では召喚に同意なさっておられるはずじゃ」
「あ、あの時はお酒飲んでたし!」
北條が言った。
「往生際が悪いよ、玲子ちゃん。お酒飲んでサインしちゃったのは、俺たちだから」
ぐぬぬ、と玲子は黙り込む。
ふと気づいた。
「ていうか、あなただったら、私たちのことを元の世界に帰すこともできるんじゃない?」
「無論じゃ」
玲子の言葉に、フェリスはあっさりと頷いた。
「えっ! 帰れるんですか?」
水谷の言葉に、うむ、とフェリスは再び力強く頷く。
「ただ、希少な魔法具を購入する必要があるゆえ、帰還術式の構築には、先立つものが必要となる」
「お金ね!? お金でどうにかなるのね!?」
ついさっき、ダンジョン運営への決意を固めたというのに、帰れる可能性があると知ると望郷の念が湧いてくる。それに、元の世界に帰ることさえできれば、あの部屋のあれやこれやも、どうにかできるのである。
北條は尋ねた。
「お金って、いくらぐらいかかるの?」
「三人で、聖金貨十万枚、といったところかの」
ええと、と玲子は考え込んだ。
現状のダンジョンの売り上げが月に二千枚だから……、十万枚を稼ぐには……。
「ごじゅっかげつ……?」
四年半足らずかかる計算になる。
フェリスはさらりと言ったが、おそらくかなりの額である。
ひゅう、と北條が口笛を吹く。
「てことは、俺たちはかなりの大金をかけて呼ばれたわけだね。めちゃくちゃ期待されてるなあ」
水谷が頷く。
「アンドリューさんが必死に引き留めるわけですね」
「それじゃあ、めっちゃ稼がないと帰れないってこと……?」
玲子は言って、がっくりと項垂れた。
それから、フェリスに向けて、哀願するように言った。
「じゃあ、せめて……元の世界の自分の部屋を、魔法で爆破することはできないかしら!?」
「爆破? とんでもないことを申すのう……」
「あの部屋には、人には見せられない乙女の秘密がたくさん詰まっているの!」
ここでいう乙女の秘密というのは、薄い本のことである。BL関連の。
「まあ、秘密を守るために、崩壊の魔法をかけるというのは定番ではあるの」
「できるの!?」
「さすがに異世界の部屋を崩壊させることは、わらわにも不可能じゃ」
ぐぬぬ、と玲子は歯噛みした。
最悪、私だけでも帰れる方法を探さないと、と玲子は心の中で思った。
あれ? 自分で選択肢を選んだはずなのに、ぜんぜん自分ごとにできてなくない……?。




