第100話 思わぬ救援
オルトロスと戦闘することを決めた勇斗たちであったが――。
『彼の者の姿を隠せ』
勇斗は、古代語の呪文を詠唱する。
「インビジビリティ」
トリガーワードを発すると、アンジェロの姿が掻き消えた。透明化の魔法である。
オルトロスに有効かどうかはわからない。先制攻撃を仕掛けるにあたって、とりあえずかけてみた、という程度である。
「いくよ」
と、アンジェロが小さく宣言し、オルトロスに向けて走る。
勇斗はそれを、生命探知で知覚した。
僧兵であるアンジェロは、隠密の業にも長けている。今も、足音を発しにくい歩法で、オルトロスに迫っていた。
それでありながらも、オルトロスは接近するアンジェロの存在に気づいたようである。二つの首をぐるりと回して振り返った。
鼻をひくつかせる様子から見るに、やはり臭いに気が付いたようであった。インビジビリティで姿は消せても、臭いまで消すことはできない。
オルトロスが、きゃんと鳴いて、大きくのけ反った。おそらく、アンジェロの拳がオルトロスの鼻先に打ち込まれたのである。
同時に、アンジェロの姿が可視化される。
先制攻撃の威力は、致命には遠く及ばなかった。オルトロスは怒りを表明するように大きく咆哮すると、アンジェロに飛び掛かる。
勇斗はオルトロスに向けて、初歩の戦技である風衝破を放った。剣先から発せられた風圧が、オルトロスの横面に当たり、その姿勢を崩す。
アンジェロはその間に体勢を整えると、再び正拳をオルトロスの顔面に打ち込んだ。
ぎゃん、とオルトロスが悲鳴を上げる。しかし、ダメージを受けている様子は、ほとんど見られない。
アンジェロが叫んだ。
「やばいかも!」
アンジェロの正拳は、二発ともクリーンヒットした。それでも、オルトロスにはダメージを与えられていない。
勇斗は風衝破を二つ続けて放ち、叫んだ。
「アンジェロ! 一旦引け!」
実力者が使えば十分な威力を発揮するこの戦技も、勇斗の実力では、体勢を崩す程度の効果しかない。
それでも、オルトロスをよろめかせて、隙を作ることはできる。
その間に、アンジェロはバックステップして、勇斗の元に駆け付けた。
勇斗は尋ねる。
「どんな感じだ?」
アンジェロは眉根を寄せつつ応えた。
「なんか、すごい硬い感じ。毛の生えた、ぱんぱんの砂袋を殴ってるみたい」
「いけそうか?」
「うーん。このままだとちょっと厳しい」
「あれ、使ってみるか?」
「だね。先にかけとけばよかったかも」
言って、アンジェロは詠唱を始めた。
「ゴルドルムに祈り奉る。我が拳に炎を宿したまわらんことを願い奉る」
アンジェロが祈りを捧げたゴルドルムは、火の守護聖人である。
「エンチャント・ファイア!」
声高く唱えると、アンジェロの拳が炎を纏った。
エンチャント・ファイアは、今回の探索に当たって、アンジェロが用意した支援系の神聖魔法である。
「俺にも頼む」
勇斗が言うと、アンジェロは勇斗の持つ片手剣に、同様の魔法を施した。
「じゃ、いくよ!」
元気よく言い放って、アンジェロは駆け出した。その後に勇斗も続く。
オルトロスが双頭から咆哮をあげた。大きく跳躍して、前脚で薙ぎ払ってくるのを、アンジェロは避けた。
着地するオルトロスに向けて、勇斗は戦技を放つ。
「炎衝破!」
戦技としては風衝破と同じである。しかし、魔法によって炎を纏った剣からは、炎風が迸る。
顔を焼かれたオルトロスが怯む。その隙に、アンジェロが横殴りで顔面を殴った。当然、その拳は炎を纏っている。
わずかに焼けたオルトロスの体毛が、ぷすぷすと異臭を放った。
だが――オルトロス本体は、まるで無傷のように見えた。
アンジェロは悲鳴のように言った。
「ダメじゃん!」
「これは……」
勇斗はオルトロスから距離を取る。
「火属性無効かもしれないな……」
「え? ひぞくせいって? どういうこと?」
「炎が効かないモンスターかもしれないってこと」
「えー! それじゃあ、折角のエンチャント・ファイアが意味ないの!?」
「わかんねーけど、体毛もほとんど燃えてない。そんなことありうるか?」
言いながら、勇斗は己のゲーム知識を探索する。
オルトロス……オルトロス……。マイナーな魔物ではある。何に出てきた?
女神転生。モンスト。ファイナルファンタジー。
タイトルはいくつか思い出せる。
しかし、肝心の属性は、タイトルによってまちまちであった。
そもそも、ファイナルファンタジーのオルトロスは、双頭の犬ですらないのだ。
勇斗が考え込んでいる間に、オルトロスがその双頭をもたげ、口を開けた。
口の中で、炎が灯った。それは球体となって、次第に大きさを増していく。
「くそ! 火属性か!?」
勇斗がそう叫ぶのと、オルトロスが火球を吐き出すのは、ほとんど同時だった。
火球が勇斗に迫る。
――まずい。当たる。
そのとき、眼前に影が差した。がんっ、と金属音が鳴る。
「大丈夫か!?」
それは、全身に金属鎧をまとった、騎士である。片手に大楯を持った騎士が、オルトロスの火球を防いだ。
勇斗が誰何する間もなく、同様の鎧姿をした者たちが駆け寄ってきた。彼らは、後背に勇斗たちを配して、まるで守護するかの如く、オルトロスと対峙した。
いや、事実、勇斗たちを守っているのだろう。
アンジェロが呟く声が聞こえた。
「神殿騎士……。それも、聖騎士様……?」
勇斗もアンジェロから噂には聞いていた。先月からダンジョン探索に新規参入して、急激にランキングを伸ばしているパーティである。
正直、助かった――勇斗はそう思う。
エンチャント・ファイアに効果がなかった時点で、このまま二人で戦闘を続けていても、勝てる見込みは低かった。逃走を試みたとしても、最悪、逃げ切れずに死亡した可能性もあったのである。
だが、果たして彼らだけでオルトロスに勝てるのだろうか?
勇斗は意を決して、再び剣を構えた。
アンジェロを見れば、彼も頷いて、拳を構える。
「加勢は不要! あなたたちはそこでじっとしていてください!」
ハルバードを抱えた騎士が一喝し、先頭に躍り出た。
オルトロスの前脚の一撃を躱しざま、ハルバードを一閃する。
ぞろり、と首がひとつ落ちた。鮮血が迸る。
残った首が、苦悶の声で啼いた。まだ、生きている。
騎士は、大口を開けて噛みつこうとした顎を、ハルバードの柄で跳ね上げた。がちん、と上下の顎がぶつかった。騎士はそのまま、流れるように縦回転して、迎えくるハルバードの刃で、オルトロスの頭を縦に割る。
オルトロスは、血だまりの中に、べちゃりと体を横たえた。
すべてが一瞬の出来事である。
勇斗たちが苦戦したオルトロスは、一人の騎士によって難なく葬られた。
「失礼ですが、あなたがたは、分不相応な階層にいるのではないですか?」
ヒョードルと名乗った騎士は、開口一番そう言った。
勇斗は何も言えない。一言一句、彼の言うことが正しかったからである。
アンジェロによれば、ヒョードルは聖騎士であり、神殿騎士の中で最も上位の者であるらしい。でありながら、重そうな兜を脱いだ彼の顔はとても幼く見えた。歳の頃であれば、勇斗たちとあまり変わりないのではないだろうか。
「おそれながら聖騎士様」
とアンジェロは言った。
「ヒョードルで結構です」
「それでは、ヒョードル様。確かに僕たちは、実力に見合っていない階層に来ていると承知しています。ですが、これには目的があるんです」
「目的? といいますと?」
「申し訳ありません。それは言えないです」
「そうですか。しかし、目的が何であれ、命あっての物種ではないですか?」
「それはその通りですが、僕たちも十分準備して臨んでいます」
「ですが、先ほどは危険な状況でした。我々が来なければ、死んでいたかもしれません」
アンジェロは素直に頷いて、頭を下げた。
「はい。危ないところでした。ご助力に感謝いたします」
「ありがとうございました」
勇斗もアンジェロと一緒に叩頭する。神殿騎士たちに助けられたのは事実である。
ヒョードルが、厳めしい顔をしながら尋ねる。
「引き返す判断はされないのですか?」
「はい。しません」
「それは、目的というもののためにですか?」
「そうです」
はっきりとアンジェロは答えた。
勇斗は少し驚きながら、それを見た。地下七階の探索行は、勇斗が言い出したことである。それも言ってしまえば、あるかどうかもわからない、隠しエリアの宝物のためなのである。
そのようなもののために、アンジェロは勇斗と命を懸けると言っているのだ。仕方なく付き合ってくれているものだと思っていた勇斗は、アンジェロの覚悟を意外に思った。
その覚悟を、ヒョードルも見て取ったのであろう。
軽く苦笑すると、わかりました、と頷いた。
「では、我々はもう行きますが、構いませんね?」
「はい。失礼ですが、ヒョードル様たちは、どちらに向かわれるのですか?」
「地下八階です。その先の、地下九階に到達すべく、探索します」
さらりと言ってのける。
彼らにとっては、地下八階の探索であっても、気負うべきものではないのだろう。
勇斗は心の中で、感嘆の声を上げた。
アンジェロが言った。
「聖騎士ヒョードル様に、神の祝福があらんことを」
「ありがとうございます。そういえば、お名前を聞いていませんでしたね」
「僕はアンジェロ。そして、こちらが――」
「勇斗です」
と名乗った。
ヒョードルは頷いた。
「それでは、アンジェロ、ユート。あなたがたにも神のご加護があらんことを」
それから付け加える。
「あまり無理をなさらぬように」
立ち去る神殿騎士たちを見送りながら、勇斗は言った。
「アンジェロ、ありがとな」
「なにが?」
「その……俺が付き合わせてるのに、命懸けでさ」
「ああ。もう一回死んでるし、大丈夫だよ」
笑みを浮かべて言うアンジェロに、勇斗は苦笑した。
「目的っつっても、所詮はお宝探しなわけで、大層な目的でもないだろ。それなのに、さ」
「なに言ってんの。僕らは冒険者なんだよ。お宝探しなんて大望中の大望じゃん」
「まあ、それはそうか」
「ていうか、僕はね。勇斗が冒険に戻ってきてくれたのが嬉しいんだよ。目的なんてなんだっていい。一緒にダンジョンに潜れてるっていう、この状況が嬉しいの!」
満面の笑みで、そう言った。
「そ、そうか」
少し鼻白みながらも、勇斗は応じる。
アンジェロは言った。
「さて。じゃあ、僕らも探索再開だね」
そうだ、と勇斗は言った。
「俺、さっきいいこと思いついたんだよ!」
「え? いいことって?」
「このまま神殿騎士たちの跡をつけるぞ!」
「えっ!? なんで!?」
「あの人ら、めっちゃ強かったじゃん。このへんのモンスターなんて敵じゃないと思うんだよな」
「うん。そうだね」
「つまり、彼らがこの先のモンスターを片付けてくれる。それを俺たちが追っかける」
「そうすると、どうなるわけ? ……あっ!」
「そう! 苦労せずに地図が作れるってわけだ!」
ははは、と勇斗は高笑いをした。
アンジェロは呆れのため息をつく。
「勇斗、本当にそういうところには頭が回るよね……」
「ははは。もっと褒めろ!」
「まあ、確かにいいアイデアではある……」
「というわけで、出発だ!」
意気揚々と、勇斗は歩き出した。
申し訳ありません。前回から大きく時間が空いてしまいました。
新年早々、インフルエンザに罹ってしまい、予後もあまりよくなく……。
身体に気を付けなければと思う年初めでした。
次回更新は1/21の予定です。




