わがままなザッハトルテたち ~真部朔side~
いでっち51号様企画
「わがままなザッハトルテたち」
あんなやつ、消えていなくなれ。
ずっと父のことをそう思ってきた。僕の大事な母を傷つけ続けた、最低な人間。
でも結局、僕は父と同じだったんだ――
***
高校を決めたのは、特進クラスからK大医学部の推薦をもらえと父に言われたから。
高校生活は楽しくなんかない。楽しさなんか求めてない。
ただ淡々と、毎日通うだけだ。
友達? 別に。……欲しくない。
人と話すよりも、黙々と勉強をしているほうがいい。
だけど、僕は出会ってしまった。一つ年上で二年生の森久保幸美先輩に。
時間が止まっていた僕の毎日が、先輩との出会いで、再びゆっくりと動き出した。
幸美先輩と学校ですれ違うたびに、いつも振り返ってしまう。胸がときめく。
死んだ母さんにどことなく似ている。
――寂し気なところが似てたんだ。
二学期が始まってしばらくたったある日、学校のホームページで天文部の存在を知った。
天文部と聞いて僕の心は久しぶりに温かくなった。
なぜって、母が望遠鏡で星を見るのが好きだったから。
幼い頃、母が体調が良い日は、僕たちはいつも二人でマンションの屋上から星空を楽しんだ。
僕は母が大好きだった。守りたかった。
でも母は僕が小学3年のときに死んでしまった。
ほとんど家に帰らなかった父が、母を心身ともに追い込んだのだ。
PC画面の部員紹介をクリックすると、画像が出てきた。
僕は息をのんだ。
幸美先輩だった。
母の形見である望遠鏡を手に、すぐさま天文部に入部した。
「真部朔と言います……天体観測に興味があって入部希望をだしました……」
間近で見る幸美先輩に、僕は耳まで脈打った。
が、綾世先輩という人は……苦手だった。軽い口調で絡んでくるからじゃない。一見太陽のような雰囲気だが眼差しが鋭くて、明るさに違和感があった。
表と裏の顔を使い分ける、父に似ていたんだ。
僕の幸美先輩への好意は、先輩たちには筒抜けだったようだ。
幸美先輩も僕に好意を抱いてくれて、僕たちはつきあいだした。
ただ綾世先輩の怒りを買い、僕の望遠鏡は半ば強制的に取り上げられた。
だけど、あの烈火のような怒りに僕は抗えない。
父が荒れ狂うと、母と僕はいつも小さくなって、嵐が過ぎるのを待つだけだったから。
天文部の活動は消え、望遠鏡も手元から無くなったが、でも僕の横には幸美先輩が残った。
僕は幸美先輩に、彼女であると同時に、母の姿も重ねていた。
僕は心底寂しかったんだ。母が死んでから、ずっと一人だった。やっと心を寄せられる人間が現れたんだ。
だからその寂しさ全てを幸美先輩に求めてしまった。幸美先輩を困らせているとはわかりながらも――!
そんなとき不登校に陥っていた彩世先輩が、僕に揺さぶりをかけてきた。
彩世先輩が甘い声で僕を誘ってくる。でも言葉とは裏腹に僕に好意がないとすぐにわかった。
けれど、言うとおりにしないと、望遠鏡を壊すと脅された。
綾世先輩に抱きつかれた。
僕は拒絶した。全身に鳥肌が立つ。胃液がこみ上げる。
やめろ、僕はあんな父とは違う!
プライドを傷つけられた綾世先輩は、目を血走らせて鞄を振り上げると僕を殴りつけた。耳元でヒステリックに怒鳴り散らす。
それでも従わない僕に言い放つ。
「口裏を合わせなければ、アンタの大切な望遠鏡も、幸美も、本当に壊す!」
三人で喫茶店の机をかこむ。
頭の中では綾世先輩の怒声が蘇って支配される。
事前に命じられた台詞をうわごとのように呟く。
「ごめん……でも綾世さんのことを好きになって……」
幸美先輩が悲痛な声を上げる。
「最低! アンタらなんか死ね! 死んでしまえ!」
叫びがうねって、僕をバラバラに引き千切った。
かろうじて動いていた秒針が。
僕の世界が。
止まった。
深夜、マンションの屋上に、僕はひとり立つ。
父と同じ、僕という汚れた存在は、
足下に広がるこの深い暗闇に溶かして、
消し去るのだ。
(了)
お読みいただき、ありがとうございました。
作者のあき伽耶です。二次創作、初めてです(=゜ω゜)ノ いでっち51号さんの「わがままなザッハトルテ」の真鍋くんを、めちゃくちゃ清らかに描いてみました。
え、原作とあまりに違う?
もっとギラってた?
ま、まあ(;'∀') でもこんな経緯が、あったかもしれませんよね!?
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