麗しの美女のはずが
私には超がつく美人な親友がいた。
名前はウララと言う。ウララはサラッサラな真っすぐの白銀の髪に、透明感のあるエメラルドの瞳、陶器のような綺麗な肌が印象的なピッカピカの公爵令嬢だ。しかも、ほっそりとしながらも出る所は出て。引っ込んでいる所は引っ込んでいるというナイスバディな体の持ち主でもあった。
背だって女性ながらにスラリと高い。
打って変わって、私は名前をリーゼルと言うが。ウララよりは5センチだけ、背は低いけど。柔らかくてくせっ毛の茶色の髪に淡い灰色の瞳、そばかすがある日に焼けた肌が印象的といえば、良い言い方になるかも?
しかも、全体的にすっとんとんの幼児体型で胸はまな板だ……。ウララは「リゼは可愛いよ」と、毎度言ってくれる。
彼女が男性だったなら、私も速攻で惚れてしまったはずだ。残念ながら、同性で友人だが。
まあ、私の婚約者のルーヴァもウララと同じく会うたびに「可愛いし、俺はリゼが好み!」とは言ってくれていた。それでも、通っている王立学園のクラスメイトや先輩方、後輩達からはルーヴァに私は相応しくないとか陰口を叩かれている。
憂鬱な日々は延々と続いていた。
放課後に私はウララと2人で教室を出た。そのまま、廊下を歩く。すると、前方から背が高い男子生徒がこちらにやって来た。
「……あ、アイツは!」
「ウララ?」
「リゼ、急ぎましょう。あの方とケンカになると色々と面倒ですから」
私は男子生徒を見て、頷いた。そう、こちらに憤怒の形相でやって来たのは。ウララの婚約者であるこの国の王太子のレイヴン殿下だった。殿下は私達より、2歳上で学年も学園の4年生だ。私やウララ、ルーヴァは2年生になる。ちなみに、レイヴン殿下とウララは冷えきって険悪な仲だ。
レイヴン殿下は穏やかでこそあるが、優柔不断な面があった。気が強く、サバサバしたウララとは相性が悪い。だから、ウララは殿下をいつからか、苦手としていた。向こうもそうらしいが。政略結婚だから、仕方ないかもとは思う。
2人で速足で急いだ。けど、レイヴン殿下は大股で歩きながら勢いよく、近づく。すぐに追いつかれてしまった。
「……久しぶりだな、ウララ。いや、レイシアナ公爵令嬢」
「何用ですか?王太子殿下」
「ふん、俺が甘い顔をしていたらつけあがりやがって。「何用ですか?」はないだろ!」
「ここは王城ではありませんよ?」
「言われずとも分かっている、それよりもだ。貴様、俺の恋人のエレイン・シュガー男爵令嬢に酷い嫌がらせをしていたそうじゃないか」
私は聞いて速攻に、ドン引きした。うわあ、堂々と恋人と言ってのけたわ!
自身の浮気相手の名前を婚約者相手に平気で言う時点で、終わりね。
「……はあ、エレイン嬢ですか。私、お会いした事がありませんね」
「う、嘘をつくな!エレイン嬢は自身の口で言っていたんだぞ、貴様に階段から突き落とされたとな!」
「あら、初耳ですね。数日前に校舎内がやけに騒がしかったのはそのためだったんですか」
あくまでウララもとい、レイシアナ・キッシュ公爵令嬢は冷静な表情で返答する。あ、ウララは仲が良い人くらいしか知らない名だ。いわゆるセカンドネームと言われている。
「ちっ、白を切り通すつもりか。貴様、本当にエレイン嬢を知らないのか?」
「ええ、知りません。彼女とは初対面のはずです」
「ふん、今日はこれくらいにしておいてやる。が、覚えてろよ!」
レイヴン殿下はそんな捨て台詞を残して去っていく。私とウララは顔を見合わせた。
あれから、半月が経った。私はウララと相談して婚約者のルーヴァもとい、ルーヴァイ・チュイール侯爵令息となるべく一緒にいるようにしている。
「リゼ、今日もあの王太子が絡んで来ると厄介だ。僕と2人で行こう」
「分かった、ごめん。ルーヴァ」
「詫びる必要はないよ、さ。お昼休みだから、行こう」
私は頷いて2人で食堂に向かう。ウララは1学年上の兄君と一緒に行っているはずだ。ちょっと、胸騒ぎがしたが。急いで向かった。
食堂に着くと、既にウララと兄君のリオネル・キッシュ公子がいた。
妹であるウララに似た銀色の髪に濃いエメラルドの瞳が印象的な凛々しい美男だ。確か、学園には普通科、騎士科、魔術科がある。私、ウララ、ルーヴァは普通科で。リオネル公子は騎士科だったか。と言っても、普通科の棟と騎士科の棟は隣同士だったので良かったけど。
そんな事を考えながらも、トレーを取る。学園の食堂はビュッフェ形式で各々が食器を載せ、好きな物を盛り付けていく。私はサラダやピクルス、スープ、白身魚のムニエルなどあっさり系で統一した。白パンのロールも2個程、載せる。最後に、デザートでオレンジを盛り付けたら。
先に終わったらしいルーヴァが立った状態で待っていてくれた。ちなみに、彼とはクラスも一緒だ。
「あ、リゼ。いいの?」
「うん、あらかたはね。行こう、ルーヴァ」
「ああ、行こうか」
2人で頷き合って近くにあったテーブルに行く。ウララ達からは遠いけど、仕方ない。レイヴン殿下がまた、絡んできたら面倒だし。しばらくの我慢だと自身に言い聞かせる。トレーをテーブルに置き、椅子を引いた。座り、カトラリーを取ってスープを最初に飲み始めた。
しばらくして、レイヴン殿下が小柄で華奢なピンク髪に濃い藍色の瞳の見知らぬ少女と食堂にやって来た。あ、もしかして。先日に言っていた例のエレイン男爵令嬢?思ったより、可愛い感じの子だ。けど、体型は私と似たような感じに見える。
レイヴン殿下はニヤリと笑いながら、ウララやリオネル公子に近づく。何となく、エレイン男爵令嬢も似たような表情だ。
「……よう、レイシアナ公爵令嬢。貴様、何で俺以外の男と一緒にいるんだ?」
「……ああ、レイヴン殿下ですか。私はこの子の兄です、一緒にいて何か不都合でもありましたか?」
「えっ、兄?」
「はい、私はこちらのレイシアナ・キッシュ公爵令嬢の兄でリオネル・キッシュと申します。ご存知ではなかったようですね」
「な、話が違うわ!レイシアナには兄なんていなかったはずよ?!」
驚くレイヴン殿下と焦っているらしいエレイン男爵令嬢に私は呆れてしまった。なーんで、ウララの兄君の事も分からないんだ。王太子なら、公爵家の面々の顔くらいは知っていて当たり前でしょ!
学科が違うと言っても、夜会なんかで会ったりはしているはずなのになあ。
「おや、そちらの娘さんは?」
「あ、あの。俺の恋人でエレイン・シュガー男爵令嬢だ、リオネル殿」
「ほう、やっと。私の名を思い出しましたか。けど、シュガー男爵にはこんなに若い令嬢はいなかったはずですが」
冷静に対応するリオネル公子に殿下やシュガー男爵令嬢は呆気に取られていた。隣に座るウララは俯いているが、肩が小刻みに震えている。あ、笑いを堪えているわ。
「え、あたしは去年に男爵家に引き取られたんです。お父様はあたしの事を公表していなくて」
「成程、シュガー男爵が姪御を養女に迎えたとは聞いていました。君がそうだったのか」
「はい、そうです」
「ハキハキとしているのは良いが、レイヴン殿下には妹のレイシアナというれっきとした婚約者がいる。君は何の目的で殿下に近づいた?」
「それは……」
リオネル公子は眼光鋭く、シュガー男爵令嬢を見据えた。睨みつけていると言っても良い。
「言っておくが、レイシアナと殿下の破局を目論んでいるなら。私やレイシアナにもそれ相応の心積もりはあるぞ」
「え、あたしはただ、学園に慣れていなくて。殿下が親切にしてくださるから、その……」
「ふむ、浮気相手だと言う事は否定しないんだな。殿下、レイシアナと婚約を破棄なさいますか?」
「……リオネル殿?」
「今まで、レイシアナは我慢してきました。それこそあなたと婚約してから。確か、今から10年前だったかな。レイシアナはまだ、6歳と幼かったんです。まだ、この子を縛り付けるつもりですか?」
リオネル公子が静かに言い募る。レイヴン殿下やシュガー男爵令嬢は青い顔で黙り込んでいた。
「……わ、分かった。レイシアナ公爵令嬢、君との婚約は破棄する。シュガー男爵令嬢、行こう」
「は、はい」
殿下と男爵令嬢はそそくさと食堂を去って行った。私とルーヴァは顔を見合わせたが。食事を再開するのだった。
あれから、1ヶ月が過ぎた。あの食堂の1件でレイヴン殿下とレイシアナ公爵令嬢もとい、ウララは婚約を円満に解消した。
何でも、レイヴン殿下の有責により、ウララには多額の慰謝料も支払われたらしい。それは殿下の私的財産からだとも聞いた。ちなみに、シュガー男爵令嬢とは別れたとか。
殿下も陛下や王妃殿下を大いに怒らせてしまい、謹慎処分や廃嫡を言い渡されたそうだ。第2王子のローガン殿下が新しく王太子になられた。
ローガン殿下には同い年の婚約者がいらっしゃる。名前はルリカ・モンブラン公爵令嬢と言ったか。
この方が次の王太子妃になるのが確定した。
私はルーヴァやウララ、リオネル様と一緒に帰宅しようと廊下を歩いていた。
「あー、もうあの厳しい王妃教育がないと思うと。何か、清々したわ!」
「本当にな、お前はよく頑張ったよ。ウララ」
「うん、父様に母様、兄様は分かってくれていたから。だから、私も頑張れたのよ」
そう言って、ウララは穏やかに笑う。私やルーヴァ、リオネル様も笑いかけた。
「ウララ、あなたなら。素敵なお相手が見つかるわよ」
「そうなってくれたらいいんだけどね」
「なら、そうねえ。ルーヴァには兄君や弟君がいたわよね?」
「いるにはいるけど」
「ウララとは年が近いしさ、新しいお相手にはいいと思うわ」
そう言ったら、ウララは目を見開き、固まった。ルーヴァやリオネル様も苦笑いだ。
「……うーん、リゼ。うちの兄さんや弟のロウエンはレイシアナ嬢には合わないんじゃないか?」
「そうかな?」
「……いや、ルーヴァイ君。いいんじゃないか?」
「え?!」
ルーヴァが驚く。リオネル様は私に笑いかけた。
「ルーヴァイ君の実家は侯爵家だし、ウララが嫁ぐには申し分ない。何だったら、兄君を紹介してやってくれ」
「分かりました、リオネル様。兄には伝えておきます」
「任せたよ、ルーヴァイ君」
ルーヴァは頷く。4人で帰路を急いだのだった。
あれから、ウララはルーヴァの兄君のライト様と意気投合したらしい。ライト様は私やウララ、ルーヴァより、3歳上で19歳だ。リオネル様よりは2歳上か。
学園を去年に卒業して、領地経営を父君に付いて勉強している真っ最中だ。ウララをいたく気に入って、手紙のやり取りを頻繁にしている。
私はウララに新しい相手が見つかって良かったと胸を撫で下ろす。ルーヴァと2人で手を繋ぎながら、今日も中庭を歩いた。
今は季節が冬だが。空は青く澄み渡っていたのだった。
――END――