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見ないで

白神黒恵

 待ち合わせに遅れてしまった。理由は単純、寝坊だ。昨日はねっとさーふぃんをし過ぎた。どんなに急いでも……そうね。タクシーを使えば数分は掛かる。いいや、今日はゆっくりと歩いてしまおう。怒られたって構わない。待たせている彼女はミューレン・ルミエール・エルディーと言う名前だ。彼女は私の唯一の親友であり、唯一の相棒だ。ああ、そうだ。きっとそうだ。私と彼女は二年前から二人でホラースポットに行けば、その場で調査を始める。そんな活動をずっと続けていた。ああ、勿論そうだ。それに間違いは無い。ミューレンはきっともう待ち合わせ場所に着いている。やはり急ぐべきだろうか? いいや、彼女の可愛らしい表情を見よう。彼女がぷんすか怒っている表情を見よう。私は彼女から好かれているのを知っている。あの表情で怒るのは、私の前だけだと知っている。つまりあの表情を見ることが出来るのは私だけだ。教授も先生も先輩も同級生も後輩も、皆みーんな彼女のあんな表情は見れない。私だけだ。ああ、私だけが見れる。なんて素晴らしい! 素晴らしいことだ。彼女の唯一無二の親友は私だけなのだ。ああ、そうだ。きっとそうだ。私を、私だけを、親友と言ってくれる。……ああ、脚が重い。これ以上進む脚が重くなる。何故? 何故なの? ねえ何故なの? 私は好奇心が掻き立てられる場所へ向かっているのに、私は唯一無二の親友がいる場所へ向かっているのに、なのに脚が重い。まるで鎖で繋がれた鉄球でも引き摺っているみたいだ。急がないといけないのに、私の脚は遅くなる。私の脚は重くなる。急がないと。彼女と出逢えば、きっと私はわくわくする。楽しい時間が過ごせるはずだ。ああ、そうだ。きっとそうだ。彼女は私が見付けた。私が見出した。私が誘った。私が選んだ。私が、他の誰かじゃ無い。唯一人、私だけが、私こそが、彼女を見付け、見出し、誘い、選んだのだ! ああ、そうだ! きっとそうだ! ……怖いんだ。私は、怖いんだ。彼女は、私が見付け、見出し、誘い、選ばなくても、調査へ向かったんじゃ無いかって。彼女の手を引いて前を走ってくれる人がいれば、男性だろうが、女性だろうが、昴だろうが、良かったんじゃ無いかって。そこに私である特別性は何も無かったんじゃ無いかって、怖いんだ。ああ、そうだ。きっとそうだ。理不尽な恐怖だ。私は彼女の未知を見ていたのに、彼女が未知を見ている時は私を見ていて欲しいと願ってしまった。あの金色の瞳は、未知の前だとまるで宝石を前にした幼子の様に、ただそれだけを見ているのだろう。決して、私にだけ向いてくれない。あの瞳を独占したい。私にだけ向いてくれる様になって欲しい。何時からだろうか。そんなことを思ってしまったのは。彼女は前へ進んでしまった。彼女の脚は動いてしまった。彼女の脚は軽やかに前へ進んでしまった。調査にはもう、私と言う親友は不要な物になってしまった。最近私達の活動も賑やかになった。光は私以上の頭脳を持ち、昴はあの驚異的な身体能力と特異性。光の前だと、私は頭の悪い子。昴の前だと、私は鈍臭い子。ああ、そうだ。彼女とはまだ二年の付き合いだ。二年の付き合いで親友になったのだ。もしそうなら、小学生の頃の恩人である昴とも、簡単に、私よりも簡単に親友になってしまうのでは無いか? 嫌だ! ああ……嫌だ。……昴の様に、彼女の奥深くに刻み込まれた誰かになりたかった。私は昴になりたかった。彼女の奥に必ずいる彼に成りたかった。彼女はもう歩み出してしまった。私が手を引くことをせずに、歩みを進めてしまった。……私は白神黒恵、好奇心旺盛なオカルトマニア兼、科学者。何も持っていなかった私にとって、何かを持っていた貴方は、まるで星の様に光り輝いていた。貴方は私を見てくれた。私を見てくれたんだ。私を見てくれたんだ! あの、金色の瞳で。……彼女は、私を選んでくれなかった。彼女は、私が選んだんだ。だから、彼女は、私を見てくれた。気遣い? 誰でも良かったの? この浮気者。ああ、違う。私だ。誰でも良かったのは私だ。違う! 誰でも良いはずなんて無い……彼女は私にとって唯一人の親友なの。……違う。私が彼女を選んだから、彼女は私を親友にした。唯一人の親友にした。たった一人の親友にした! ああ、そうだ。彼女は初めから私なんて見てくれていない。誰の所為だ! 誰の所為だ誰の所為だ誰の所為だ誰の所為だ! 私を好奇心に駆り立て、数多の超常的でオカルト現象の研究や探索を記録する様に唆したのは! ああ、あの白い奴の所為だ。彼奴は誰だ。彼奴は神か? ははっ、白い神から賜ったのは恵みだ。これは恵みだ。太陽の光を全て吸い込むブラックホールみたいな真っ黒な恵み。……昴みたいに、成りたい。彼女の中の、唯一の価値を持つ、彼に。いいや、正確では無い。科学者たる者、情報は正確に描かなくては。私は、彼の様に成りたい。これが正確な表現だろう。彼女にとっての私は、もう不要だ。彼女にとって私は、きっと、手を一度だけでも引いてくれた、それだけで役目を終わらせてしまっている。ああ、そうだ。きっとそうだ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。違う。違う。違う。彼女に愛されたい。唯一で絶対で無二で永遠で永久で恒久的な親友だって言われたい。あの綺麗な唇から、キスでもしたいくらいに綺麗な綺麗な唇で。私を見ないで、ミューレン・ルミエール・エルディー。こんな私を見ないで、ミューレン・ルミエール・エルディー。その金色の素敵な瞳で、私の中を見ないで、ミューレン・ルミエール・エルディー。ああ、そうだ。きっとそうだ。ああ、そうだ。きっとそうだ。ああ、そうだ。きっとそうだ。ずっと、祈っている。彼女が私を唯一にしてくれることを。ずっと、祈っている。彼女が私を絶対にしてくれることを。ずっと、祈っている。彼女が私を無二にしてくれることを。あんまりだ。あんまりにも、私が救われない。ミューレンばかり狡い。終わらせたくない。終わらせたくない。終わらせたくないよ、唯一(ミューレン・)人の(ルミエール・)親友(エルディー)。ずっと、貴方の中にいさせて。貴方の中にいさせて。ずっと祈っているから、貴方の綺麗な唇から、その金色の綺麗な瞳で私を見詰めながら、言って。貴方は私の唯一人の親友だって。私が見付け、見出し、誘い、選んだのでは無く、唯一の親友だから手を握ったのだと、言って。お願い。お願いよ。お願い、唯一(ミューレン・)人の(ルミエール・)親友(エルディー)。私だけの、親友でいて。私だけを、親友と呼んで。私と一緒に、親友と言って。彼女の歩みは止められない。何時か私を追い越して、前だけを向いている彼女の瞳は私を見向きもせずに、光や、昴を見るのだろう。そして二人を、彼女は、親友と呼ぶのだろう。そして彼女は、気遣って、私も親友と呼ぶのだろう。調査を始めたくない。彼女の瞳が永遠に私だけを見てくれる様にするには、彼女の周りから徹底的に未知を排除して、私一人だけで未知を探求するしか無い。ああ、そうだ! そうすれば彼女は永遠に私を親友と呼んでくれる! なんて簡単な……ああ、簡単だ。……そうなったら、私の価値は消えてしまう。私が必要だった理由が、消えてしまう。ああ、調査を始めたくない。始めてしまえば、彼女の瞳は未知へ向く。決して私を見てくれない。……ああ、なんて酷いことを言っているのだろう。私は未知に夢中になって凝視しているのに、彼女にだけは私だけを見てなんて、親友失格ね。違う! 違う違う違う! 私は彼女の親友だ! 彼女の唯一人の親友だ! 彼女は私を親友と呼んでくれた! それは、今だけなんだ……。調査を始めれば、親友では失くなる。きっと、親友では失くなるんだ。私は彼女の中を知らない、見れない、見たくない。だから、本当にそう思っているのか、分からない。今までの全ては私の被害妄想で、彼女はとても心優しくて皆平等に親友だと……ああ、違う。それは彼女じゃ無い。それはミューレン・ルミエール・エルディーじゃ無い。それは違う。ああ、違う。違うんだ。違う違う違う。……調査を、始めたくない。彼女と一緒に、調査を始めたくない。ずっと、ずっと、私だけを見ていて欲しい。私だけを、白神黒恵だけを、親友だけを、見ていて欲しい。あの綺麗な金色の瞳で、私を見ていて欲しい。時偶銀色に輝くあの瞳で、ずっと、私だけを、見ていて欲しい。調査を、始めたくない。




























































「「調査を始めましょう」」

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