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父、母

「なんねあんた、もうちょいマシな格好してこんね」


 ひと目見るなり、母からぴしゃりと言われた。僕は自分の格好を見下ろす。

 何年か前に買ったセーターには毛玉がついていた。

 気づいてはいたが、「どうせ実家だし、田舎だし」となめてかかっていた。


「お客さん来るち言うたがね」

「お客さん?」

「健二の彼女さんたい」

 そういえば、そんな話をしたような。


「春に結婚するから、今日帰ってくるのはあんたへの挨拶も兼ねてるんよ」

「そうなの?」

「電話で言ったがね、もう、いいから荷物置いてこんね、お茶入れとくから、飲んだら手伝いするんよ、お母さん膝痛いけん」

「ゆっくりしろって言ってんだか働けって言ってんだかわかんないよ」


 母と話していると、だんだん自分が幼い子供に戻ったような気になる。


 荷物を和室に置き、みかんをつまむ。

 こたつに入るのも久しぶりだ。


 僕が小さい頃は、正月の宴会といえば親戚のおじさんたちが酔っ払ってて、母親たちがおさんどんをしながら台所で愚痴るというのが毎年の光景だった。


 親戚から僕は「勉強ばっかしてる変わり者」という認識だった。

 就職したての頃は、研究員と言うと大学のテレビや雑誌にいつ出るんだ、と言われたけれど、実際の僕は、健康食品開発チームの一員に過ぎない。新薬開発や宇宙の研究でもしていればまだ表に出る機会もあったかもしれないが……。



「健一! 起きらんね!」

 バシッ!

「いたっ」

 こたつでうたた寝していたらしい。背中を叩かれた。扱いがひどい。


「うう……そういえば手伝いって何?

 親戚が集まるの?」

「もう宴会はしちょらん」

「えっ、でも叔父さんとか毎年これがたのしみだって……」

「その嫁さんが、毎年男どもの世話するのが嫌だって言って」

「こなくなったの?」

 僕はふくよかで大人しい叔母さんを思い出す。よくそんな真似を。


「ちいと違う。正月宴会の開催をかけて嫁側と旦那側に別れて七番勝負したんじゃ。勇一さんと嫁さんは腕相撲して嫁さんが勝った」

「……」

「あん人は若い時プロレスラーやったからね」

「……」

「あたいも酒の勝負でお父さんに勝ったから、皆で言うこときかせたったんよ」

「……」

 知らなかった、よくそんな真似を、と思うことしかできなかった。


「そんなわけで今年はあと健二たちしか帰ってこんよ。わかったら庭掃除でもやってこんね」

 

 庭に出ると、父が佇んでいた。


「健一か」

「うん」

「あけましておめでとう」

「おめでとう、ございます」

 

 普通に返事をしたが、内心「じいちゃんになったなー!」と思った。猫背になっているし、髪も染めるのをやめたらしくほぼ白髪だった。

 昔は寡黙な父が怖かった。今は小さく見える。

 

 まじまじと父を見ていると、向こうも僕を見ていることに気づいた。庭先で見つめ合う親子。


「何?」

「んにゃ、ちいと待っとれ」

 えっちらおっちらと縁側から家の中に入る。竹ぼうきで庭をはいて待っていると、父は小型の機械を持ってきた。


「毛玉取り器たい。百均のやつやがよう取れる。お客さん来る前にちゃんとせな」

「……ありがとう」

 内心、首をひねる。シャツのアイロンがけを始め、身の回りのことは母にやらせて当然だった父が、ずいぶん細やかな気遣いができるようになったもんだ。


 そういえば、冬はいつも半纏(はんてん)を着ていたのが、今年はトレーナーにズボンといった格好だ。

「お父さん、そんな薄着で大丈夫?」

 父はにしし、と笑った。

「ウニクロの『めちゃあったか機能つきインナー』を着とるたい」

 CMに流れた商品名を一言一句そのまま言って、ニコニコしている。

「……そうですか」


 僕は再び家の中に戻った父の背中を見送った。誰だあれは。


 庭掃除が終わって母に話すと、

「お父さんねぇ、定年迎えてからぼーっとしちょったけど、家のことをだんだんやるようになってくれたのよ」

 今じゃあんたより気が利くかもね、と余計なことまで言う。


「そう言えば、おせちとか作らないの?」

 聞いた瞬間、ピンポーン、とインターホンが鳴る。

「ちょうどよかった、あんた出てよ」

「僕の扱い、ひどくない?」

「何年も帰ってこなかった間、健二が家のことやってくれてたんよ、働かんね」

「……」


 僕は大人しく玄関に出た。

 門の前に、「ウーバーイートです」と馴染みの黒いボックス型リュックを背負った原付の若い男の子がいた。

 都会ではよく見るけど、彼の後ろには田んぼが広がる。背景が違う気がする。


「後潟さんですね、こちらご注文のオードブルです。お代はクレジットでお支払い済みですので」

「はぁ」

 間抜けな声が出てしまう。


 僕はいちいち実家の変化にびっくりしているわけだけど、母は「正月の買い物も仕込みも大変だからね、膝悪くしてから出るのも面倒だし」と涼しい顔だった。ついでに風呂掃除を頼まれる。


 昔なつかし五右衛門風呂をタワシで磨く覚悟をして扉を開けたら、五右衛門風呂はユニットバスになっていた。今住んでいる古いマンションより綺麗だった。

 僕はたっぷり1分は固まった。


 慌てて居間に戻る。

 母は、コタツの布を天板に上げて、ルンバのスイッチを入れたところだった。


「リフォームしたんよ。もうけっこう経つけど。

 ……あんた、リフォームしてから一度も帰ってきてなかったとね?」

 

 責めるように、ルンバが僕の足にぶつかってきた。

 小言が続く前に早足で風呂掃除に戻った。

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