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砂賊のオランジェ  作者: 発素勇気
序章:砂漠の義賊と護送の荷
6/10

5ページ目「もうひとりの仲間」

「姫様。」


 ふいにオランジェに声が掛けられた。

 オランジェは背後から掛けてきたこの声を知っており、警戒するコトなく声の主を見る。


「ただいまじい。」


 オランジェは振り返り、返事をする。

 そこには七十歳前後の男が立っていた。腰は曲がっておらず、背筋を伸ばして凛と立つ男。口髭を蓄え、背広でも着ていれば『セバスチャン』とでも呼ばれそうな容姿をしている執事然としたこの男。名はサーキス。

 

「おかえりなさいませ、姫様。」


 微笑みながら穏やかに話し掛けるサーキス。オランジェが盗賊をしているコトを知っている唯一の人物である。また、この洞窟の隠れ家を知っている唯一の人物でもあり、彼は普段この洞窟の中に建てられた一軒家に住み、オランジェの相棒であるノーヴァの面倒を見ながら生活を送っていた。


 そう。この洞窟は希少であるドラゴンのノーヴァを隠す隠れ家であり、同時に【砂賊のオランジェ】の隠れ家なのである。


 オランジェ個人の住まいは別にあるのだが、目立つノーヴァと一緒に住むわけにはいかず、彼女はこの洞窟に彼の竜舎を作り飼っているのである。サーキスは現在、その竜舎の傍に家を建て、ノーヴァの世話をしながらひっそりと生きていた。

 彼はオランジェとノーヴァの帰還を察知し、家から出迎えに現れたのである。


「お疲れさまです。首尾は如何でしたかな?」


 サーキスからもたらされた問いかけは、オランジェの表情を再び暗くさせた。

 彼女は眼を反らして答える。


「‥‥‥悪い、しくじった。」

 その反応にサーキスは眼を瞬かせた。


「らしくないですな。珍しい‥‥‥というか初めてではないですか?

 如何なされました。怪我は?」


 内心驚きつつも、サーキスは声を荒げるコトなくオランジェに問う。

 

「いや、アタシもノーヴァも怪我はない。大丈夫だ。

 けど‥‥‥」

 そう口にしながら、オランジェは視線を動かす。

 サーキスも彼女の視線を追い、意図を読む。


「なるほど。成果が残念でしたか。」  

 

 毎度水を強奪しては保管、管理しているのはサーキスだ。

 オランジェの自宅に王家の家紋が入った樽が堂々と置いてあるのは”私が盗みました”と公言しているコトと等しい。そんな愚かなコトをする程オランジェは頭が悪くはない。

 盗んだ水はノーヴァの棲み家であるこの洞窟に保管されていた。

 よって毎度の成果=強奪してきた水の量も当然サーキスは把握している。


 今日の成果はいつもの量と比べて明らかに数が劣っていた。


 

「怪我がなければ良いではありませんか。そういうときもありましょうぞ。」

「そう簡単に言うなよ。こっちは落ち込んでるんだから。」

「ならば今回の失敗を反省し、次に活かせば宜しい。またおんなじ失敗をしないために。」

「‥‥‥‥」

「そう。怪我がなければ‥‥いえ、死にさえしなければ次があるのです。また次頑張れば良いのですよ。」

「軽いねえ。お説教とかはないのかい?」

「ご自身で何が悪かったか解ってらっしゃる顔をなさっておられる。ならばこのジジイがとやかく言うコトはないでしょう。人間解ってるコトをあーしろこーしろ言われるのは腹が立ちますし、要らぬケンカの元になってしまいますからなあ。更に言えば姫様は仕事が出来る方だ。変に萎縮させるよりも”あ、失敗しちゃった。次は頑張ろ。”くらいの気構えでやらせた方が上手く立ち回られます。」


 そこまで聞いたオランジェの表情に苦笑いが浮かぶ。

 

「爺には救われるよ。」

「こんな老いぼれの言葉で若者がやる気になるのならいくらでも告げましょう。伊達に歳は食ってませんからな、若者の扱いは心得てるつもりですぞ。」

「じゃ、アタシは年寄りの策略にまんまと乗せられて、次を頑張ろうと思えるワケだ。」

「姫様のやる気が復活すれば、私の存在意義は保たれますなあ。」


 サーキスが微笑む。

 それに釣られてオランジェは笑顔になった。


「ありがとう爺。だいぶ心が楽になったわ。」

 その表情を見てサーキスはホッと胸を撫で下ろす。


「そうですとも。人間、ささいなコトでも心に溜め込んでいればやがてそれが積み重なって押し潰されてしまいます。ましてや大きなミスをした後ならより心に淀みを作ってしまう物。

 一番悪いのは独りで居るコト。独りになってしまうコト。そして独りで抱え込んでしまうコト。」


 それは経験則から出た言葉なのだろう。穏やかながら決して思い付きの軽さはなく、言葉に重みがあり、けれど言葉を送った相手への優しさが込められたセリフだった。


「姫様、参ったなと思ったときは独りになってはいけません。そういうときは誰でもいいから自分の思ってるコトを吐き出しなさい。誰かと話しなさい。貴女自身が潰れないために。」


 サーキスはそう言い切ると、まっすぐオランジェを見た。


「何がありましたかな。」


 そう、ここまではサーキスがオランジェの心を折らせないために配慮した云わば前フリだ。心を落ち着かせ、リラックスした状態まで彼の巧みな話術で彼女の心を回復させたのだ。帰還したときのオランジェは初めての失敗に明らかに思い詰めていた。それを見たサーキスは彼女が失敗に押し潰されないように精神状態を回復させるよう努めた。


 もう大丈夫だと感じたサーキスは再度オランジェに問い掛ける。


 思い詰める必要はないが、確認は必要だ。

 情報を共有するコトで傾向と対策を知るコトが出来る。

 サーキスは知っておく必要がある。腕が立つオランジェが何故失敗したのかを。

 オランジェは確認しておく必要がある。自分の何が駄目だったのかを。




 オランジェはサーキスに何があったのかを語り始めたのだった。






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