第35話『報告と情報と共有』
(――あまりにも時間がかかりすぎた)
時は放課後。
秋兎は、意気揚々と廊下を闊歩していた時刻よりだいぶ経ってしまっていた。
授業に集中したり、休み時間となれば華音へ地図やルートの要求をする文面を打ち、授業に集中したり、人差し指でポチポチと――。
あっという間に時間が経過してしまったわけだが、1回のやり取りで全てを察した華音は機転を利かせ情報伝達をスムーズに行った。
だが、全員に情報を伝えるには再び文面を送るか通話する必要がある。
しかし今居るのは学園であり、そんなことをやっていたら不審者極まりない。
かと言って全員集合を招集するのも大変なため、とりあえず廊下でセシルとオルテと話すことに。
「――と、いう感じでもしものときの対応を考えておきたい」
「こんなところでしていい内容なのそれ」
「わたくしも右に同じですが、『内容も内容で急を要する可能性がある』と判断されたので――ね」
「セシル、そろそろアキトへの敬語を克服しないと、逆にアキトが変な目で見られることになるからね」
「わ、わかっているわよ。あなたに言われなくても、わたくしはもう大丈夫」
「ふーん? じゃあ、アキトに好きな食べ物の質問をしてみてよ」
「余裕よ。アキトくくくくくくん、好きな食べ物を教えてくだ――こほんっ。教えてくれませんか?」
「ぷふふっ」
「セシル、無理をしなくていいよ。少しずつ慣れていってくれたらいいし、学園のときだけでいいからさ」
オルテは口元を手で押さえてなんとか爆笑せずに堪え、アキトは無理をさせないように気を遣っている。
セシルはそれらを認知していながら、どうして自分がそういった扱いを受けていることを理解できていない。
「ここまで来たら、逆にそういう設定に切り替えた方がいいんじゃないかな。アキト、何か良い案はない?」
「セシルは、他の人にはどんな感じで接しているんだ?」
「そこに居る不届き者と大差はありません。多少の差はありますし、敬意には敬意で応えています」
「本当に重症だ。アキト、改善策を考えてあげて」
「オルテも少しぐらい手助けしてやれ。後、頑張っている人間を嗤うのも辞めろ」
「ああそうだね。セシル、ごめん」
「あなたに謝られる謂れはないのだけれど」
ライバル視と経緯が入り混じり、セシルは自分が敬語を無意識に使っていることに気が付いておらず。
オルテはそれが面白すぎたわけだが、頭は下げずとも謝意を述べる。
秋兎はその光景に、セシルへ気を使うものの、オルテからの提案も一行の余地ありと納得していた。
「それはそれとして。さっきの話は、本当にこんなところでして大丈夫そうなの?」
「ああ、別に問題ないだろう。物騒な内容ではあるが、本とか動画だったり捉えようはいくらでもあるからな」
「アキトがそう言うんだったら、たぶんそうなんだろうね」
セシルは、自分に降りかかった理不尽をぶつけるように、話を切り替えたオルテへ鋭い目線を向け続けている。
対するオルテは、それに気づいていながらも平然とアキトへ目線を向けていた。
「別所に関しては、あの人たちが対応してくれるようだ。だから問題は、学園が危機的状況に陥ってしまった場合の対処法だな」
「奇襲を受けるにしても、時間帯に左右されるよね。こういった時間だったら僕たちも動きやすい。授業中だったら、最悪だ」
「でも逆に考えたら、こういった他生徒がどこに居るのかわからない状況だと守るのは大変で、授業中であれば他生徒の位置は特定できるから守りやすい」
「自分たちの正体を明かさずに対応するには、かなり大変になるだろう。フォルとエグザが認識阻害の結界を展開すれば、問題はないのだろうが、万が一にも変装の経験がないオルテとエグザには大立ち回りはしないでもらいたい」
「まあ、僕は最後の砦ってことで構えておけばいいってことだね」
「そういうことだ」
物寂しそうな表情で頷くオルテ。
その隙を逃さないばかりにセシルは、過剰な笑顔でアキトへ確認を行う。
「アキトさ――くん。わたくしは人目を盗んで変装し、お役に立てるだけではなく活躍することができるということですねっ」
意気揚々に、これでもかと勝ち誇った表情をあからさまに見せびらかすセシル。
オルテは方眉をピクっと反応させるも、涼しい表情でノーダメージアピールを披露する。
両者の間には電撃がバチバチと走ったり、火花がパチパチと飛び散ったりしている――ように見えているアキトは、「この関係性もなんとか修復しないとな」と気が重くなる。
「この話から、アキトの立ち位置を明かさないっていうことは――」
「ああ、俺が単身でダンジョンへ向かう」
「――だろうね。普通だったら止める方が仲間っぽいんだろうけど、それが最善だと思う」
「さすがはアキト様。わたくしも異論はございません。そのときが訪れましたら、どうか思う存分お力を発揮なさってください」
「そして、そのタイミングで久しぶりに力を解放しようと思う。だから、みんなも思う存分やってくれ」
「あーあ、羨ましいね本当に」
オルテは胸の前で腕を組み、鼻から息を抜いて肩を上げて落とす。
「かしこまりました。わたくしも、そのときを楽しみに待ちたいと思います」
「ただ、ちゃんと全員に伝えておいてくれ。学園の物を破壊したり切断したりしないように、と。特にセシルは十分に気を付けるぐらいの意識でね」
「アキト様、その節は大変申し訳ございませんでした。反省しても反省しきれません。しかと肝に銘じておきます」
「まあ、あのときは初めてだったし俺も想定外だったから仕方がない。次に活かしてくれたらそれでいいから」
「ありがとうございます」
「僕も後から聞いて驚いたよ。なんせ、見知った森の木々が薙ぎ斬られていたんだからね。しかも広範囲で」
「本当に反省しているのだから、わざわざ言葉に出さないで」
「いやいや、さすがに言葉にしたくもなるでしょ。だって、1つの村ぐらいの範囲――」
「オルテ、そこまでだ」
「はいはーい」
大まかな話を終えた3人は、それぞれが耳元を抑え、いつもの連絡が届いたときとは明らかに違う音に違和感を覚えた。
「なんだ今の」
全員がそれぞれイヤリングを備え付けているが、変装の魔法で一般仲間同士でしか認識できないようになっている。
そしてサラッと、アキトとセシル同様にイヤリングへ手をかざしていたオルテ――を、アキトは見逃さなかった。
「おい、変装の魔法を使えるようになっているんだったら先に教えろよ」
「ああ、ごめんごめん。こういうの、フォルは怒るかなと思って」
「言わないで真似されてた方が怒るだろ。いや、この場合はどっちも怒られるか」
「そういうこと」
「アキト様、どうやらこの変な音が緊急連絡時に鳴るもののようです」
「なんだって」
アキトもイヤリングをタップし、画面を表示。
すると、何かを確認操作するまでもなく中央に真っ赤な【緊急連絡】の文字があった。