5 炎の魔法
しばらく進んでいくと、今まで立ち止まらなかった瑠華の足が止まる。先程までと変わらない重苦しい空気と静寂、だが瑠華は何かを感じ取った。微かに目を細め、警戒する動作を見せると何も言わず剣を抜いた。
「『炎獄となれ』」
瞬き一つの瞬間に、火炎が満ちていた。地面が、壁が、天井が、全てに炎が這う。熱気と埃の焦げる匂い、そして何もなかったはずの空中で全身が焼かれ身悶えて苦しむナニか。
瑠華は全てが燃えている中涼しい顔でナニかに近づき、携えた剣で一閃する。
「やはり不可視のモンスターか。形や大きさからして、ゴブリンレイスだろう。」
ナニか、ゴブリンレイスが煙と消え、ドロップ品を回収すると炎が収まっていく。だが瑠華の足元だけは火炎が吹き上がる。これから先に他にも不可視のモンスターが居ることを懸念して、瞬時に攻撃できるよう魔法を発動したまま移動しようというのだ。
実際瑠華が歩きはじめると、足元に炎が咲く。足が離れると搾れるように枯れていく。ここまで繊密な炎の制御こそ、瑠華が日本屈指の探索者として呼び声の高い理由だ。
ダンジョンが発見されて数年、探索者の中で異能を発現する者が現れる。それはほとんどが身体強化のような補助的な見た目の変わらない異能だったが、一部氷や炎といった現実で見て取れる異能が見つかった。やがて異能を属性で振り分け、かつ覚醒者と呼ぶようになった。
覚醒者の殆どが補助的な異能を持つ無属性を持つだけであり、無属性以外の異能は極めて少数しか確認されていない。具体的に言うと、世界で十人も確認されていない。
その極小数の中の一人が、瑠華だ。炎の魔法を操る異能を持つ者。
<俺も魔法使いてえ>
<覚醒するなら有属性がいい>
<見えないモンスターとかどう攻略すればいいんだ>
<魔力が見つかってはや数年、早く俺等にも魔法使えるように研究者頑張ってくれ>
<ゆうてダンジョンドローン開発から何も進んでないし無駄>
<攻略>範囲魔法で見つける>
<むり>
瑠華はあいも変わらず流れていくコメントを、周囲への警戒を緩めずに確認する。特に先生からのメッセージなどもなさそうなことに内心で落胆しながらも、まだ話題性が足りないのだと持ち直す。
コメントでいくつか不可視のモンスターについて問われているのをみつけた。
「不可視のモンスターは、なぜ見えないのかを考えながら戦うのがいいだろう。肉体を持たないのか、魔法で見えないのか、早すぎて目で追えないのか。
ゴブリンレイスは肉体を持たないため姿を隠すことができる。だがその視線や殺意を感じ取れれば奇襲を受けることはない。」
<ちょっと何言ってるかわからない>
<探索者ってすごい>
<言ってることは正しいけど視線とか感じ取れません>
<仮にモンスターがいるのに気がつけてもどこにいるかわからんわ>
<これが普通じゃない>
「訓練すれば誰だろうとできるだろう。向き不向きはあるが。」
<むり>
<何度見ても無理>
<『王子』が配信していると聞いて>
<無理無理>
「ではゴブリンレイスの前で死ぬだけだ。」
ひとまずコメントを確認するのを止め、次のモンスターを探す。瑠華が第七ダンジョンに挑んだ回数はそう多くない。それもパーティーメンバーの斥候担当がモンスターとの遭遇を極力減らしていたため瑠華の知らないモンスターが居る可能性もあった。
特に今いる二十七階でも日本国内上位のパーティーが挑む階層であるため、多くの情報自体集まっていない。それこそ隠し部屋があってもおかしくなかった。ボスまでの道のりで隠し部屋があればついでに挑戦してみるのもいいかもしれない、なんて思っていると前方にモンスターの影が見える。
次の獲物を狩るために、瑠華は音を立てずにモンスターへと近寄るのだった。
「やはりソロでも時間がかかるな。階層ボスのもとに辿り着くのに、休憩なしでそれほど変わらない時間が必要か。」
瑠華がいるのは二十七階層のボスエリア前。今回の探索の目的地となる場所に着いたのは、配信を始めてから三時間程たってからだった。
この三時間で瑠華は休憩も取らずにゴブリンの群れや何体ものゴブリンレイスと戦っていた。通常の探索であれば、階層が深くなれば深くなるほど一回一回の戦闘は長く、激しいものとなる。モンスターが強くなればなるほど、探索者は警戒し時間をかけて戦うことが強いられる。
「ここのボスとの戦いでお前たちのコメントを見る余裕はないだろう。なので今ここで俺がなぜ話題になることを目的にしているのか伝えておこう。」
<緊張とかしないんか>
<ここまでソロで行けるだけで十分話題になってます>
<モデルとかしたら>
<トレンドがソロとか王子で占領されてるし>
<有名になりたいとかじゃないの>
「会いに来てくれると約束した人がいる。その人に俺の居場所を伝えたいんだ。きっと今も俺の居場所が分からず困ってるはずだ。」
<おっとこれは>
<今もコメント見てないようなもんだけどな>
<うそ>
<『王子』が笑ってる!?>
<陰キャ俺、死因イケメンの笑顔>
<これはガチ恋勢死んだな>
「二十七階層ボスをソロで倒せたら、お前たちも俺が先生に会えるよう協力してくれ。じゃあ、始めようか。」
そう言うと瑠華は軽くボスエリアに足を踏み入れた。そこは何もない広い空間だけが広がっている。見上げても天井は全く見えず、暗い闇だけが広がっている。
瑠華が剣に手を添えた瞬間、轟音とともに土埃がたち視界が遮られる。暴風のように舞うゴミが目に入らないようわずかに細め、そこにいるモンスターと対峙する。その姿は土埃で遮られて確認できないが、大きな影が伸びていた。




