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自分の居場所を先生に伝えるためにどうすればいいか。一瞬の思索の末、導かれた結論はダンジョンに潜ることだった。特に今は『王子』の話で盛り上がっているため、ダンジョン探索を行えば多くの人の目に留まることは必至だろう。話題になればいずれ先生の耳にも届くかもしれない。
瑠華は迷うことなく第七ダンジョンを訪れていた。三十階階層ボスを撃破したこともいまだ記憶に新しいし瑠華一人の力だけでどこまで通用するかを確かめるにもちょうど良かった。
ダンジョンの入り口は千差万別で、何かを介したりせず階段のように下っていくものもあれば、扉だけぽつんと出現したこともある。空間が歪んだように渦を巻くことだってある。それらを一つ一つ厳正に管理するために、今では入り口を隠すように壁が建てられていた。
第七ダンジョンも都会のど真ん中にありながら、背の高い建物で内部が簡単には見られないようになっている。まず壁の中に入るために探索者のタグを見えるように外に出し、自分が探索者であることを示しながら壁の内側に入る。
壁の内部はテントがいくつか張られており、ダンジョン内から持ち帰ったドロップ品の売買や傷病者用の医療者などが待機している。それなりに賑わっているようで探索者たちがそれぞれのパーティーと話し合いながら、時には肩を落としながら移動していく。
周囲のように目を配りながらダンジョンの入口に向かっていると、瑠華の存在に気がついた探索者がちらほら現れ始める。はじめはヒソヒソと話しているだけだったが、声が大きくなると気がついていなかった人も瑠華を伺い始めた。
輝かしい容姿に目を奪われたり、生きていたのか、なんて零す者もいるなか瑠華はすべてを無視して入り口の列に並ぶ。数人が並んではいたものの、それほど待つことなくダンジョン入り口の管理するスタッフの元へと誘導されると、探索者のタグを渡す。瑠華の存在に固まる受付スタッフだが、その様子に気がついているのかいないのか話を進める。
「S級探索者、林田瑠華だ。」
ダンジョンに入るために必要なこと、それは探索者であることの資格とダンジョンに入ることが自分の意志である、という意味の名乗りだ。
瑠華もそれに習い淡々と告げるが、スタッフは固まったまま動かない。無表情のまま対応を待っていると、ようやく待たれていることに気がついたのかワタワタと動き出す。
「え、ななんで『王子』が?あああ、えっと、受付いたしますので、少々お待ちください。えっと、他のメンバーの方は」
「メンバーなし、ソロだ。ダンジョンドローンの貸出も申請する。」
「ええええ、ソロ…、し、承知しました…。ダンジョンドローンの説明は…いりませんよね。はは。」
スタッフが困惑したまま手続きを進めるの待つ間、瑠華はスタッフの手元で操作されているダンジョンドローンをじっと見つめる。
ダンジョンドローンはダンジョンに入るために必ず一人一つ用意が義務付けられている特殊な道具。世界で統一されたルールとしてダンジョン内はその国の領土としない、という決め事がなされた。ダンジョンの専有を防ぐためのルールではあったが領土ではないということは、その国の法が通用しないということだ。
法がないということは何をしても罰せられないということ。ダンジョン内が無法地帯となれば強盗や窃盗、殺人などもまかり通ってしまう。それを防止するために日本政府が導入したのがダンジョンドローンだ。
ダンジョンドローンはそれぞれ決められた探索者のIDによって作成されたアカウントで、探索の様子を全世界に配信する役割を担っている。そう、配信、だ。
モンスターを倒すときも、モンスターに殺されるときも、常時配信される。一部トイレの際や体の露出が必要なときはカメラを遠ざけることは許されているものの、それも不必要に長いと判断されると探索の利用停止などが行われてしまう。
たとえ配信されていたとしてもダンジョン内での行動は罪には問われない。問われないが、他人を傷つけた人間が地上でどういった扱いをされるかは察せられるだろう。それにダンジョン内では罰せられなくとも要注意人物としてマークされ問題を起こせばすぐに捕まるのだ。
瑠華もこれまで幾度もダンジョンドローンで配信を行ってきた。ただついてくるだけで手入れも必要ないとなれば特に気にする必要もなかったからだ。
一部の探索者はこの配信を利用して解説を行ったり、人気を集めたりしてはいるが瑠華はそういったことに興味がなかった。だが今は違う。先生に居場所を伝えるために、人の口から自分の名前を出してもらう必要があるのだ。
「えと、ダンジョンドローンの申請も完了しましたが…?」
「ああ。確か配信中にコメント?が流れるようになったんだろう、それはどうやればいい。」
「えっ『王子』がコメントを見るんですか!?本当に!?」
「問題でもあるのか。」
「ないですないです!むしろありがとうございますう!アカウントの設定からコメントのオンを押してください!あ、あと投げ銭システムもありますので!ぜひ!」
「感謝する。」
スタッフからタグとダンジョンドローンを受け取り、ダンジョンの入口に向かう。第七ダンジョンの入り口は遺跡のような作りをした門があり、その門をくぐるとダンジョンに入れる仕組みだ。
周囲の探索者から自分の通り名が聞こえるのを無視してダンジョン内に入ると、そこはレンガで壁が作られた通路の始まりのような場所だ。他の探索者はすでに奥に向かっているようで周りには誰もいない。ちょうどいい、とすでに始まっている配信の設定を変更するためダンジョンドローンを動かす。
コメントと投げ銭の設定をオンにしてみるとダンジョンドローンから透明なディスプレイが表示され途端に文字がスクロールされていく。設定ができたことに満足しダンジョンドローンを放り、瑠華は探索を始めるため歩き出す。先生に自分の居場所が伝わるほどの話題になる何かを探すために。




