1 そうして
年の瀬が近づき、まばらに降る雪が体を震わせる。日本は冬の真っ只中で、ニュースキャスターが十年に一度の大雪だと注意を促す言葉が街中のテレビから放たれる。どこも白く塗りつぶされた街の一角に、唯一寒さとは無縁の場所がある。そこに子供はいた。
明かりもなく薄暗い、洞窟のようなどこかにつながるただの道のような場所。土埃が舞い、子供の体には悪影響がありそうなものだが寒さよりも幾分もましだ。そこで子供は膝を抱えて丸くなる。どこからか聞こえる人ならざるモノの声に震えながら。
ダンジョン。
数年前に突如として現れた人の叡智では把握できない未知の空間。子供はそれがどういった場所なのかはよく知らなかった。わかっているのは、自分がここに捨てられたということだけ。
子供は知らないことだが、ダンジョンが現れた当時世界中が阿鼻叫喚の状態だった。重火器は持ち込めず、各国の精鋭軍が送った調査部隊は軒並み壊滅した。わずかに残った生存者は、モンスターの存在を口にして息絶えた。
ゴブリンが、スライムがいる。いままでファンタジーで楽しんでいた生き物が、同じ世界に存在しているのだ。
ダンジョン内にいるだけなら身の危険はそう変わらなかっただろう。だがそれも一変した。とある国でダンジョンから地上にモンスターが出てくる事件が発生した。多くのモンスターがダンジョンから絶えず湧き出て、一つの街がその腹の中に消えた。被害者の大半はその街に住まう民間人であり、今なお街は封鎖され誰も立ち入れなくなっている。
後に世界はそれを氾濫 スタンピード と呼んだ。
ダンジョンが日本にも現れ、政府が対応に手間取って数年。ろくな管理もできず、監視するだけして放置されたダンジョンは悪い大人たちにとってはちょういいゴミ捨て場だった。監視の目を潜っては人をダンジョン内に攫い用がなくなったら放置する。そうすれば証拠はモンスターによって勝手に処理される。
子供もまた親によってダンジョンに捨てられたゴミだった。股の緩い女が気づいたときには堕ろせなくなってしょうがなく生まれた父親もわからない望まれない子供。死なれては困ると女の親が育ててはいたものの、厄介者扱いは避けられず物心ついた頃から虐待を受け、自分の年齢も名前もない、そんなありふれた存在だった。
愛は知らない。温かい家族も知らない。知っているのは殴られたときの痛みと、空腹だけ。死に方さえわからず、死が救いになることも知らない。だから子供はただ捨てられたダンジョンでただ何もせず膝を抱えていた。いつしか眠気がしてきて、このまま目を閉じようとしたとき。
それは奇跡のような瞬間で、そして子供が一生忘れない神様との出会いだった。