魔王城、侵入
背中で感じる岩のゴツゴツ感。俺は地面で寝ていたのか?目を覚まして、まず目に入った液体のような黄金はなんだ?気を失う前の記憶が曖昧で、状況がわからない。
唯一つ問題は、息ができない。
決して飲み込む事の出来ない黄金の水が口の中に入ってくる。
酸素が欲しい、声が出せないもがくだけの苦しみから解放されたいという一心で、俺は新鮮な空気を目指して黄金の水をかき分ける。
がむしゃらに腕を漕ぎ続けて、遂に水上から顔をだした。
夜空を見上げて思う。どれほどの時間眠っていたのか検討もつかない、2時間なのか3時間か。国民とルナリアーナの安全が保証された期間は後3日だ。早くルナリアーナの元へ向かわなければならない。
「試練をクリアしたみてぇだな!」
陸地に上がると木の枝に座っていた悪魔のジミマイが話しかけてきた。
「聞きたいことがあるんだが、今は何時だ」
ジミマイは枝から降りて俺の表情をうかがいながら言う。
「アルバの嫁が拐われた満月の夜から3日が経った居待疲れの日、月が夜を明かるみ始めた頃だよ」
「3日だと?」
サタンが待つと言ったのは拐ってから3日と言っていた、その期限が過ぎている。
俺が抱いていた焦りや不安は3日という言葉を聞いた瞬間に無くなった。真っ白になった頭でもう一度考える。
ルナリアーナは無事なのか?
白紙のページに起こりうる最悪を書き込んでいく。
ルナリアーナはまだ生きているのか?
地面を殴り黄金の泉に向かって嘆き叫ぶ。
「黄金のエルメよ、3日経ったらルナリアーナはどうなる、教えてくれ!」
黄金の水が集まり水上に一人の女性をかたどる。
「用済みとなって殺されているか、まだ生かされているのか、私にも想像がつかない」
立ち上がろう、魔王城を探さなければ。
「魔王城を探しに行こう」
「ジミマイ様が城までの道のりを教えてやろうか?なんと!ちょーお得お代はタダだぜー」
「頼む、教えてくれ」
「説明するのが苦手でね、取り敢えず着いてきてくれよ」
こいつは俺を弄んでいるのかもしれない、でも悩んでいる暇ないし、俺は城が何処にあるかわからない、ジミマイについて行くしかない。
「案内してくれ、時間がない」
「まずはこの森から抜けようか!」
先の見えない森の奥へと進もうとすると、黄金のエルメが俺を止めた。
「待ちなさい、私が最短ルートを教えましょう」
「エルメも知っているのか」
「ええ、知っていますとも。悪魔など信用してはいけませんよ。それに羽虫のようにうるさい悪魔より私がの方が信用できるでしょう?」
「エルメには試練で沢山助けてもらったから、君の手を取りたい」
「なら教えましょう、近くに寄りなさい」
「取りたいけど、無償の愛は時に大きな災厄をもたらす。俺にとって対価を求める悪魔の方が性には合っているんだ、すまないがエルメの手は取れない」
「そうですか、それなら貴方が魔王を倒すその日まで私はこの泉で眠っています」
エルメの形を再現していた黄金の水は、形を保つ力を失い泉に音を立てて落下する。
黄金のエルメが泉に戻るのを見終わると、深呼吸をして心を落ち着かせて言う。
「森を抜けよう」
*
森を走りながら話す。
「ジミマイ様を選ぶとはいい目をしてるじゃねぇか」
「正直どっちでも良かったんだけどな。魔王に閉じ込められるぐらいだから、実は厄介な人なのかもしれないと思って」
「ジミマイ様はジェントルマンだからな!そこんとこは安心しな!」
「もうすぐで森を抜けるぜ!」
森を抜けた。
「魔王城が見えないが本当に着くのか」
「鉱山に魔王城に繋がる隠し通路があるんだ、そこを使うんだぜ」
「隠し通路があるなんて、魔王城の警備はどうなってんだ」
「ハハッ、サタンを倒したい奴ってのは魔族側にもいるからな、こうやって隠し通路が出来てしまうというわけさ」
「ジミマイは倒したいのか?」
「あったりまえだ、隠し通路を作ったのは俺たちなんだぜ」
「ジミマイも魔王を倒したいから、俺に協力的なのか」
「雑談は終わりだぜ、あれが隠し通路の入り口だ」
ジミマイが指差す先には扉があった。
俺が2メートルある扉を開けようと、押してみるが扉は開かない。
「おいおい、部外者が解錠できるわけねぇだろ!」
ジミマイが小さな手で扉を押すがうんともすんともいわなかった。
「うー」と唸り声を上げながら押し続けている。
ジミマイは押すのをやめて、扉を叩く。
「誰か、開けてくれねぇか」
「開けられるんじゃなかったのか?」
「うるせぇ、見とけよー」
ジミマイは扉に向かって手を広げて念じる。
「うーん、開けゴマ!」
扉はゆっくりと怯えるように開いた。
「ほら見たか!」
ジミマイが自慢げにこっちを見てるけど、タネというかなんというか……声を聞きつけた魔族の男が内から開けただけだった。
「ジミマイ様、帰ったんですね。そちらが竜血のアルバですか。少し遅いですけど、予言通り連れて来れたんですね」
「予言?」
「気にしないで下さい、こちらの話です。さあ中へお入り下さい」
俺は言われるがままに中へ入る。隠し通路と言っていたが、中には椅子や机があり、まるで一つの部屋のようだ。
「魔族の人はジミマイの仲間か?」
「ジミマイ様の眷属さ」
「こんな小さい悪魔の眷属になって良かったのか?」
眷属の男が乾いた笑いを見せて言う。
「ハハッ、ジミマイ様は偉大な悪魔ですよ、ジミマイ様の頭脳に勝る悪魔はおりません、例えサタンでも敵いません」
頭脳明晰には見えないが眷属の方が言うのだから本当なのだろう。
「無駄話ししてる暇はねぇぞ!魔王城へ早くいかねぇとよ」
俺は眷属に見送られながら、岩で囲まれた隠し通路を走る。分かれ道が何度も現れるが、ジミマイの案内により迷う事なく進んでいく。
隠し通路に光が差している場所を見つけた。
「着いたぞー」
ジミマイは俺が光のさす場所を走り抜けようとすると顔の前で飛びながら叫んだ。
止まろうと足に力を入れるが止まりきれず、ジミマイが顔にべったりとついてしまう。
ジミマイを顔から引き剥がす。
「急に言われても止まれない、もっと早く言ってくれ!」
「次来る時はアルバも場所がわかるだろうし、気にしなくていいな!よし、登ろうぜ!」
鉄の格子から光が差し込んでいたのか。地上に出れば魔王城だ、気合いを入れて行こう。
はじこを登り、鉄の格子を取り外す。
地上から旨そうなカレーの匂いがする。恐らくはじこを登った先は魔王城の厨房だな。
ジミマイは腹が鳴るお腹を抑えて言う。
「旨そうな匂いだなぁー、腹が減っちまうよー」
「この先に敵がいる可能性はあるのか?」
「うーん、記憶が曖昧だが、調理師が2.3人ぐらいだったような気がするぜ」
重要な所だろ!魔王城に潜入して早々、敵大勢に囲まれて袋叩きは御免だ。
俺ははしごを上りきり、魔王城の厨房に出た。厨房で配膳をしていた豚と目があった。豚は手に持っていたお盆を落とし、料理をぶち撒け鼻を鳴らす。
調理をしていた他の豚達もアルバの方を見る。ジミマイはアルバの髪の中に隠れる。
「まず目の前に1人、2人、3人……」
ざっくり数えても50はいる、袋叩きコースを頼んだ覚えはないぞ。
「豚さん、一旦包丁を置いてください。物騒ですよ」
「ブガフゴフガガ」
何を言っているのか全くわからん、話が通じる相手じゃなさそうだ。
ジミマイが髪の毛から顔をだす。
「ジミマイ翻訳によると俺達は豚じゃない、唐揚げにして食べてやる!って息巻いてるぜ」
翻訳の精度はさておきか怒っているのは確かなようだ。
豚達は包丁を振り下ろして切り掛かるが、空振りに終わる。まな板の上にある人参やキャベツが切り刻まれ、宙を舞った。
「唐揚げになんかなりたくねぇ〜、先に逃げさせてもらうぜ」
「あいつ、自分の身が危なくなったら、トカゲの尻尾切りかよ。待てよ、小蝿野郎!」
ジミマイの後ろを全速力で走りついていく。
「髪の毛からハエが出てきた、不潔だ、殺せ!」
豚さん達は激昂しながら俺の後ろを追いかけてくる。
厨房の扉を閉めて豚さんの厨房から脱出した。
豚さん達は勢い余り扉のガラスに衝突する。皮脂をガラスにべったりとつけ鼻を鳴らしている。
「扉がもたないよ、なんとかしやがれアルバ!」
「俺は扉を抑えるので手一杯だ、豚さんを厨房から出さないようにするアイデアをくれ」
ジミマイは首を傾げ考え込む。
「思い付いた!アルバの炎で扉と壁をくっつけるんだ」
「炎よ熱くより熱く、鉄をも溶かすほどに熱く燃えろ」
自分の異能力で手が火傷を負うぐらい炎は熱く燃える。
俺は炎で扉を溶かし、豚さんが開けられないように隙間なく固めていく。
「これで豚さんと戦わなくて済むな」
窓一面に豚さん達の顔で覆われおり鼻息を荒くして窓を曇らせている。
アルバは扉から離れてその様子を見る。
豚さん達には悪い事をしたな、すまない。
「魔王城に侵入成功だぜ、これが隠し通路の力だ」
ジミマイが自慢げに腕を組んでいる。
「喜んでいるところ悪いんだが、サタンはどこにいるんだ」
「サタンなら魔王城のてっぺんにいるはずだぜ、取り敢えず階段を登って上を目指そうぜ」
ジャクと豆の木のように長い階段だな、そういえばジミマイはなんでサタンを倒したいんだろうか。
「ジミマイは何故サタンを倒そうとしているんだ?」
「唯の権力争いさ、ジミマイ様は魔王になりてぇ、その為にアルバの力が必要なんだ。無駄口叩いてないでさっさと階段を登れ、このままだと日がのぼっちまう」
「ジミマイは俺の肩に乗ってるだけで楽そうだな」
「楽々だね、でも筋肉質で乗り心地悪いから乗るなら柔らかい女の子の肩が良かったなー」
「文句言うなら降りろ」
俺はジミマイをつまむ。ジミマイがあたふたする。
「放しやがれ、ジミマイ様に酷い事するならサタンの居場所は教えないからな」
俺はジミマイを手放す。
「ジミマイ様を雑に扱うな、食べちまうぞ」
「ジミマイよ、風を切るような音がしないか」
「ん?なーんも聞こえない、幻聴だろ!」
階段から顔を出し上を見上げる。やはり何かが上から風をきりながら降ってくる。
「上から人が降ってくるぞ!」
「あれは人じゃない、サタンだ」