魔王と死闘
ー 生死を分かつような苦境に陥ってもお互い支え合い生きていく事を誓いますか ー
「未来永劫、国家繁栄のために愛を誓います」
「何があっても君を守るよ」
「はい」
王女の柔らかい小さな手を取ると、自分の立場を忘れてふと我に帰ってしまう。
政略結婚か……成人して間もないのに結婚結婚って急かし過ぎなんだよ、黒髪の綺麗な女で良い人だけど、好いていた気持ちも今となってはどこへやら。ルナリアーナは俺の事どう思ってるんだろう。
俺が上の空に疑問符を浮かべている事に気づいてか、ルナリアーナが愛らしい笑顔を俺に向けている。
安心させようとしてくれているのか、まさかあり得ない、心を読む最上の異能使いでもない限り、そして俺の記憶だと妻になるルナリアーナは異能持ちじゃない。
何故か今日はルナリアーナに心の中を見透かされている様な気がする、気のせいか。
シャンデリアが輝く美しい王城に多くの来客がいるはずだが誰一人声を出さない、室内に鳴り響くのは音楽だけだ。
なぜかって? 皆んな司祭が発する次の言葉を心待ちにしているからだ。
「さあ、誓いのキスを」
俺はルナリアーナの肩を抱き寄せて距離を縮める。
心臓が激しく音を立てる、
ルナリアーナは目を瞑って待っている、覚悟が出来ているようだ。
このままじゃ心臓が保たん。
唇が触れ合いそうなぐらい顔を近づける。
司祭が小声で囁く。
「愛する人の為に誓いのキスを!さあ早く!」
結婚だ、キスだ、と親も司祭も急かしてくる。
頬に優しくキスをする。
キスをした瞬間、祝福ムードになり家族や友人から歓声が巻き起こる。
はずだった……
肩を握る俺の手に氷のように冷たい手が覆い被さっている。この手は人じゃない、肌で感じたことの無いような凄まじい圧が伝わってくる。
俺は恐る恐る顔を上げる。
「お時間です」
「なんのことだ」
「貴方に言ってるわけではないんですよ」
ルナリアーナの背後から悪魔が腕を回して結婚式を壊した事を嬉しそうに笑っている。
ルナリアーナは震える口で心配させないように笑みを作りながら頬から一滴の涙を流しながら言う。
「ごめんね」
何故謝るのかわからない、俺の知らないところでなにかが進んでいる。
シャンデリアがバチバチと音を鳴らす、突然のことで気がつかなかったがこの悪魔は唯の悪魔ではない、六枚の翼と頭上に浮かぶ王冠を模した輪っかは魔王サタンの証だ。
生まれて初めて体が小刻みに震えている、闘争が俺の体を燃やす。これは隠喩で言っている訳ではない、実際に異能力の炎に焼かれているんだ。
「ルナリアーナを返せ!」
「そうだねぇ、俺を倒せたら返してあげる」
「別に好きじゃなかったんじゃないの?」
「そんな訳ないだろ、俺はルナリアーナを愛している!」
悪魔は口元に人差し指を当てて不敵に笑い、首を傾げて言う。
「あれ、悪魔は心を読める事をご存知でないのですか」
悪魔はルナリアーナを砂に変えてしまう。
「死んじゃった」
「嘘言え、お得意の転移魔法だろ」
「バレていたか、助けたかったら悪魔城にくるのだな、呑気にお茶してから来るといい、骨にして返してあげるから」
「憎たらしい奴が目の前に居るのに倒さない手はない、お前をここで倒して馬車にでも乗って優雅に迎えにいくさ」
右腕を伸ばして言う。
「ヘルメス、剣をよこせ」
持ち慣れた剣が俺の手に吸い込まれる。
体にまとっていた炎は全て剣に集まった。
「龍殺しのアルバよ、少し名を上げたぐらいで英雄気取りか?」
「ここで魔王を倒せば本物の英雄だな」
足がすくむ、龍を殺した時もそうだった。
圧倒的な実力差を前にして逃げ出したくたなる気持ちを闘争心に代えて戦った。俺はエルベス王国の王子だ。無様な姿など見せれるわけがない。例え死んだとしても。
「いくぞ、サタン」
剣を振りかざしサタンに斬りかかるがサタンは2本の指で挟み込むようにして易々と防いだ。
指と剣が接触しただけで城内に熱風が吹き、旗を焼き家具を燃やす。そして戦闘職以外の人は皆一目散に逃げ出していく。
華やかだった部屋は炎で包まれ地獄と化す。
幾度となく繰り返される攻防の中で次第に主導権が移り代わる。
「どうした、もう終わりか」
「まだ始まったばかりだろ」
「どうやってその貧弱な腕前でバハムートを倒したのか、もしや英雄代行でもして貰ったのではあるまいな、ハッハッハ」
サタンは大きな口を開け俺をあざけ笑う。
「貴様とのごっこ遊びにも飽きた、次は一撃で命を断ち地獄に送ってやろう」
危険な一撃がくるとわかっているのに一歩も動けない。どこに逃げようと避けられる気がしない。これは恐らく必中の一撃。
灰色の腕が腹を貫通している。
見えなかった……サタンの一挙手一投足を見逃さないように見張っていたのに。
サタンは俺の耳元で囁く。
「ルナリアーナは貰っていくぞ」
サタンが腕を抜くと俺はその場に倒れた。
視界がぼやける俺は死ぬわけにはいかない。
約束したんだ、何があっても守るって。
俺はサタンが城を去っていく様子を眺めることしかできなかった。
溢れんばかりの涙が俺の視界をぼやかす。
もうこの手の届かない所に行ってしまったのか
体が暖かい、体にぽっかりと空いた穴が塞がっていく。肩に担がれ、起き上がる。
「セルリアか、又君の寿命が……」
「私の事は気にしないで下さい、それよりヒールしたんですから、まだ動けるでしょう?」
「当たり前だ、君のおかげで何度も死に場所を失った、今日もお世話になったよ」
セルリアの笑顔にはいつも助けられているな
「俺はサタンの後を追う、セルリアは休んでいてくれ」
「約束して必ず王女を助けるって」
「約束しよう、俺の異能力で王女を奪還してみせる」