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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
番外編 夏 七月 野島湖乃波の夏休み
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三章 図書館の美女と美男探偵(10)

 店員さんが注文を聞きに来たので結局四人とも「若狭くじと甘海老のあっさり丼」を頼んだ。

「しかし、福井(ここ)も中々美味いものが多いよな」

 だよね。この数日、食べてばっかりの様な気がするもん。私は狗狼の言葉に同意しながら、帰ったら体重計に乗っておこうと誓った。

「まあ、海が近いからな。越前ガニなんか有名だろ」

 奥田さんはまだメニューを開いてカニ料理を見つめている。カニが好きなのかな?

「でも福井県は農業も盛んですよ。蕎麦とか里芋とか、有機栽培が盛んですし」

「あ、そうか。工藤さんは農家だったな」

「今は一休みして他の農家を手伝っているのですが、また自分でも栽培を始めたいとは思ってます。ただ、娘を亡くしてから、こう、何かをしようという意欲が湧かないので、それが自分でももどかしいのです」

「……」

 工藤さんの告白に言葉を失くす。

 何か言わないといけないのだろうかと思ったけど、気の利いた言葉など考え付くわけも無く、幸いにも店員さんが頼んだ若狭くじと甘海老のあっさり丼を持ってきてくれたので皆そっちへ意識が飛んだ。

 並べられた丼鉢の中を見て狗狼と奥田さんが「「なるほど」」と同時に頷く。

 丼の光沢のある白米の上に、若狭くじの切り身と甘海老、それはメニューに載っていたからいいとして、もうひとつ具が載せてあった。

 蓋の開いた大きめのアサリが載せられていた。

「……あっさりとアサリを引っ掛けたんだね。狗狼、座布団は有るかい」

「この程度で座布団は出しちゃ駄目だろ」

「そうか? 美味しかったら座布団二枚はいけるだろ」

 二人のたわいも無い言葉のやり取りを聞きながら御飯ごと上に乗った若狭くじの刺身を口に運ぶ。

 御飯も甘い。刺身も甘くて蕩けそうだ。

「ご飯、美味しい」

 私の呟きに工藤さんは表情を(ほころ)ばせる。

「そうだね。福井県産コシヒカリは米の食味ランキングで最高位の特Aを取った事もあるんです。それだけでなく福井県は古くからコシヒカリと関わりがあって、福井県の農業試験場で開発された品種なんですよ」

 それは知らなかった。

 そう言えば工藤さんは農家の手伝いをしているから、そう言う事に詳しいのだろう。

「工藤さんも御米を作ったりしているんですか?」

「ん、ああ、僕の手伝っている農家は【いちほまれ】を有機農業で栽培してるよ。コシヒカリはどうしても病害に弱くて背丈も高い。それ程有機栽培に適してるとは言えなく、一定量を収穫しようとすると、どうしても耕作地を広げる必要があったんだ。限られた農地で収穫を増やす為にコシヒカリから減農薬を目指して開発された【いちほまれ】に切り替えて試行錯誤を繰り返している真っ最中なんです」

 そう言えば、スーパーで売っている有機栽培の野菜がかなり高額なのは、それだけの手間が掛かっているからなのかな。

 高額だからと言って、それを買わなければ農家の人の努力が報われなくなる。そうすると次の栽培に掛ける資金が足りなくなる。

「……難しい、ですね」

 そう言えば先日、カテリーナと食べたランチに使われていた食材にも有機栽培のものが混ざっているのかもしれない。あの店員さんは食に対して何か考えてくれれば嬉しいと言っていた。

「そうなんだ。でも少しでも環境の保全や自然との共生に貢献したいからね。この素晴らしい環境を維持していきたいんだ」

 そう語る工藤さんの表情は何時もの気弱な雰囲気ではなく輝いているように見えた。きっと、海外に言って働きたいと言った娘さんの表情も、工藤さんには輝いているように見えたのかもしれない。

 それなら工藤さんは例え自分の子供が危険な場所に赴こうとしても止めることは出来ないと思う。

 自分と同じく、何かを成し遂げたい夢を持っているから。

 私は、何かを成し遂げたいという夢をまだ持っていない。

 狗狼に救ってもらったこの身を、何に使えばいいのか解らない。

 眼の前で狗狼と奥田さんは「若狭くじと甘海老のあっさり丼」を既に平らげ、狗狼は野外の喫煙所で一服しに行った。

 狗狼と奥田さんも昔、夢を持ったことはあるのだろうか。

 狗狼の場合、シェフとか喫茶店のオーナーとか似合いそうな気がするのだ。ただ愛想がないけど。

 ちょっと狗狼に訊いてみようと腰を浮かせ掛けた時、狗狼が喫煙所から戻って来る。サングラスに隠された表情が僅かに緊張している。

「工藤さん、あの人だ」

 振り返って駐車場を見ると、道路に近い場所に見覚えのある、あのカピパラの頭部に似た黄色い軽自動車が止められており、傍らには茶色のセミロングの髪をした眼鏡を掛けた美人が道路を挟んで向かい側にある児童施設へじっと視線を送っている。

「工藤さん。奥さんで間違いないか」

「は、はい」

 工藤さんは二度、頷いてから自分を落ち着かせようとするかのようにお茶を口に運んだ。

「なら、行くか」

 一斉に席を立って駐車場へ向かう。

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