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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
番外編 夏 七月 野島湖乃波の夏休み
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三章 図書館の美女と美男探偵(8)

 一〇時頃、賤ヶ岳(しずがたけ)SAに到着した私達は、前回食べ漏らしたロッジ焼きを買いに207SWを降りた。正確には車から降りたのは私と狗狼だけであり、奥田さんは後部座席で寝ておくらしい。

 売店の窓に大判焼きや回転焼きに似たロッジ焼きの写真が貼られており、名前の由来である表皮表面の三角屋根のロッジの焼印と、餡子、カスタード、サラダとロッジ焼きの中身について紹介してあった。

 どれにしよう。好みは定番の餡子(あんこ)だけどサラダも気になる。

「えーと、狗狼、どれがいいかなぁ」

「俺は消去法でサラダだな」

 狗狼は迷いなく即答した。そうでした、彼は甘いものが食べられなかったんだ。

「んーっ」

 同じものを食べて感想を言い合うのもいいかもしれない。

「私もサラダで」

 狗狼は一個一六〇円のサラダを二個購入してくれた。

 早速食べようと、私と狗狼は傍のベンチに腰掛ける。

「いただきまーす」

 一口(かじ)る。ん、中身はマヨネーズとハムと、このコリコリした食感は何だろう? 私はもう一口齧って、その正体を確かめようと舌先に神経を集中した。

「具は大根とハムとマヨネーズ?」

 何か別の味付けが混ざっているような気がする。

 狗狼は既に食べ終えており、具の正体について大方見当が付いたようだ。

 ピンッと人差し指が立てられる。

「大根、惜しいね。これは多分、沢庵(たくあん)だ」

「たくあん!」

 以外な答えに私は回答を繰り返した。うん、そういえばそんな味だ。

 私は美味しくロッジ焼きを頂いて立ち上がる。

 狗狼は再びロッジ焼きの売店に立ち寄ると、一個のロッジ焼きが入った紙袋を手にして戻ってきた。

「何、それ?」

「心優しいお友達から奥田君へのお土産」

 心優しいって誰? 私の疑問をよそに狗狼は207SW迄戻ると、後部座席のドアを開けて横たわる奥田さんに紙袋を近付ける。

「ん、何だよ? 食べ物ならいらないぞ」

「お土産だ。美味しいロッジ焼きの餡子入りだよ」

「頼む、餡子はもう勘弁してくれ」

 狗狼は鬼。

 私達はロッジ焼きを堪能した後、私達は賤ヶ岳SAを後にして北陸自動車道へ入る。

「湖乃波君。フィッシャー○ンズに行く前にちょっと寄りたい所があるんだ。いいかな」

「何処に?」

 狗狼は北陸自動車道を加賀ICで降りた。それで私は彼が何処へ向かっているのかおよそ見当が付いた。

「……狗狼」

「どうもこうも、彼がいないと話にならない。説得して連れて行く」

「来てくれる?」

「来るさ」

 今から向かう所にいるかもしれない人物は、一昨日で会った時の態度では来てくれないかも知れない。そんな私の心配に狗狼ははっきりと答えてくれる。

 兎と触れ合える施設に着くと、狗狼は207SWを降りて足早にその施設に併設されたの喫茶店のドアをくぐって姿を消した。

 「すぐに戻る」狗狼がそう言い残したので私と奥田さんは大人しくプジョー207SWの車内で待つことにした。

「……湖乃波ちゃん」

「何ですか?」

 奥田さんは狗狼が入っていった喫茶店のドアを些か不安そうに眉を寄せて眺めながら言葉を続ける。

「僕は狗狼とは長い付き合いだけど、彼奴が他人の説得を我慢強く続けたところを見た事が無いんだ」

「……そうですか」

「……ああ、そうなんだ」

「……」

「……」

 沈黙する二人。

 心配になった私は店を覗こうと助手席から腰を浮かしかけた時、いきなり喫茶店のドアが勢いよく外側に開かれて人影が飛び出して来た。

 その黒背広姿の人物は脇に思い何かを抱えている様で、乱暴に右足で207SWの後部座席のドアを蹴っ飛ばす。

「奥田、ドアを開けてくれ」

 奥田さんがドアを開けると、狗狼は脇に抱えたモノを背後に振ってから、勢いを付けて後部座席へ投げ込んだ。

 そのモノが奥田さんの腹の上に落ちて、奥田さんと、そのモノが同時に呻いた。

 狗狼は後部座席のドアを閉めると同時に運転席のドアを開けて、するりと運転席に滑り込む。

「飛ばすぞ」

 そう宣言するや否や、アクセルを踏み込んでからサイドブレーキを解除して勢いよく道路へ飛び出した。後部座席から二人分の抗議の声が上がったけど狗狼は気にした風も無くシートベルトを締め乍ら速度を上げる。

「あ、貴方達は何の心算で……」

 後部座席にへばり付く様にして固まっていた人がようやく声を上げたのは、207SWが北陸自動車道に入って速度を緩めてからだった。

「そう、警戒しないで下さい。まるで俺が誘拐犯じゃないか」

 まるでじゃなくて、そのものと思うんですけど。

「その、御免なさい。まさか、こんな暴挙に出るとは思えなくて」

 後部座席を振り返り、取り敢えず謝ることにする。

「湖乃波君、君まで……」

 じろり。狗狼は黙ってて。

「あ、うん、御免なさい」

 私のアイコンタクトが伝わってくれたのか、狗狼は前を向いて運転に専念してくれる。

「済みません。あの、私の事は覚えていますか?」

 ずれた鼈甲(べっこう)の眼鏡を掛け直しながら私の顔を見返して、後部座席に放り込まれた人物、あの海外で子供を亡くした男性は二度頷いた。

「あ、ああ、覚えているよ。あの綺麗な御嬢さんだね。あの時は迷惑をかけてすみませんでした」

 彼は慌てたように二度、頭を下げる。無理矢理車内に連れ込んだことに私達が悪い筈だけど、この人はそれを忘れたように恐縮している。

「でも、何で僕は拉致されてるんだ」

 もっともな疑問だと思う。

「あの、私、神戸で学生をしている野島 湖乃波といいます」

「あ、ああ、僕は工藤(くどう) 久典(ひさのり)。その、福井で有機栽培専門農家の手伝いをしています」

 突然名乗った私に面喰いながらも、子供を亡くした彼、工藤さんは名乗って頭を下げる。

「工藤さん、私は貴方と別れた後、立ち寄ったフイッシャー○ンズ・ワーフで偶然に貴女の別れた奥さんと出会いました」

「あっ」

 工藤さんが驚愕したかのように目を見開く。

 本当は彼の語りから奥さんのおおよその位置を割り出して、保育施設に割り出したのだけど、それはややこしくなりそうなので黙っておいた。

「出会った時、彼女は子供の仕事場だった児童施設をじっと見つめていました。多分、毎日そこに立ち寄っているんじゃないでしょうか」

「……」

貴方(あなた)と同じで、彼女もずっと苦しんでいるんです」

 私の言葉に彼はゆっくりとした動作で顔を上げて私を見返す。

「それで、君は僕にどうしろと? いや、それより、何故君はそこまでするんだ」

「……私も大事な人を失ったから、では理由になりませんか」

「大事な人?」

「その、母です。私は誰かの助けが無ければ、何時までも悲しみに浸ったままでした」

 その誰かは、工藤さんを後部座席の放り込んだ人物なんだから困ったものだ。

 奥田さんは軽く後部座席から運転席の狗狼の後頭部を小突いたけど、狗狼は何も言わずに黙々と運転している。

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