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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
番外編 夏 七月 野島湖乃波の夏休み
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三章 図書館の美女と美男探偵(5)

 確か、冷蔵庫には玉葱が二個とジャガイモが半分残っていたと思う。フェヌグリークシード、ガラムマサラやターメリック、クミンシード等の調味料も揃っていたはずだ。

 それにカレーだと何となく特別な料理だと思ってしまうのは私だけだろうか。

 うん、特別にいつもと違うカレーを作ろう。

 私はトー○ーストアに入り残りの必要な食材を買い物かごに放り込む。

「カリフラワー?」

「本当はカレーじゃなくてタルカリってスパイスを使った野菜のおかずなんです。狗狼がネパールカレーの店ではこれもカレーのひとつとして出されているって言ってました」

「む、彼奴、まだ料理の引き出しがあるのか」

 如何やら奥田さんはまだ食べた事の無い料理らしく、何となく私は誇らしい気分になった。

 食材を買って急いで家路につく。そろそろ狗狼が帰って来ているかもしれない。

 倉庫に着くと倉庫脇にはプジョー207SWが停めてあり、狗狼が仕事を終えて帰って来たことが解った。

「ただいまー」

「おかえり」

 狗狼はジャケットを脱いで、ネクタイも半ば解いた状態でソファに腰掛けて(くつろ)いでいた。

「お帰りなさい」

 狗狼の左手には小さなガラス製のグラス、確かショットグラスという名前だったかな、が握られていて、ガラステーブルの上には狗狼愛飲の青い瓶にはいったボンベイ・サファイアが鎮座している。

 如何やら今日は彼の仕事は終わったらしい。

「狗狼、頼まれたものとサービスに今日の食材を買って来たぞ。十分感謝しろ」

「食材をそのまま食べるわけにもいかんだろ、へっぽこ探偵。湖乃波君に料理でも習って御馳走してくれ。それなら感謝してやる」

「ああ? 料理しか能の無い運び屋は感謝する心を持ってないんですか。お前こそ、この子に料理以外の事を教わっておけ」

「おお?」

「ああ?」

 睨み合う黒白の二人。本当に古い友人なのかと疑ってしまう。

「狗狼、奥田さんは買い物を手伝ってくれたから酷い事言わない。三人で仲良く晩御飯を食べよ」

「だ、そうだ。保護者の言う事は聞けよ、狗狼」

「誰が保護者だ」

 狗狼は立ち上がって事務所兼台所の食器置き場からショットグラスを取ると、無造作に奥田さんに投げてよこした。

 奥田さんも難なくグラスを受け取ると、自分でボンベイサファイヤの瓶を掴んでそれに注ぐ。

 ショットグラスに口を付けると、くいっと一息で飲み干した。

「たまにはボンベイ・サファイヤ以外を飲ませて欲しいな」

「じゃあ、スピリタスを開封()けようか。呑んだらおまえでも天国に行けるぜ、きっと」

「じゃあ、お前の鼻の穴に流し込んでやるよ。ただでさえ目出度い頭の中が更に天国になるぞ」

「何だ」

「何だよ」

 再び睨み合う二人は放っておいて、私は夕食のじゃがいもとカリフラワーのタルカリを作ることにした。

 中華鍋に菜種油を引いた後、フェヌグリークシードを入れて炒める。フェヌグリークシードを真っ黒になるまで炒めて甘い香りが漂ってきた頃に一旦火を止めて温度を下げておく。

 それに玉ねぎを加えて亜麻色になるまで炒めてからターメリックパウダーと塩とじゃがいも、ざく切りにしたトマトを加えて煮崩れするまで炒め続ける。

「お、香辛料の香りがするね」

「そろそろ飲むのを止めたらどうだ。湖乃波君の料理を食べる前に酔い潰れる気か?」

「いやいや、カレー、じゃなかったタルカリか。食べるまでは潰れないよ」

「じゃあ、早口でタルカリを一〇回言ってみろよ」

 私の背後で酒盛りを始めている二人。奥田さんは早口でタルカリを繰り返して言っているつもりだろうが、私の耳にはタカリにしか聴こえなかった。

 そう言えばこの料理を習った際、狗狼からタルカリは「野菜」という意味だったけど、後に「おかず」全般の事を指す様になったと教えて貰ったのを思い出す。

 トマトが原形を留めなくなった頃、カリフラワーとクミン、チリパウダー、ニンニクを加えてから蓋をして蒸し煮にする。

 焦げ付かない様に時々、蓋を取ってかき混ぜながら蒸して、じゃがいもが柔らかくなったら出来上がり。

 狗狼は冷蔵庫からマンゴーとヨーグルト、牛乳を取り出すと、マンゴーの皮をナイフで剥いてからざく切りにして鍋に放り込んだ。ヨーグルトと牛乳、氷を放り込んで泡だて器で撹拌する。

「おお、手が霞んでいる」

 手持ちの泡だて器でハンドミキサーばりの回転力を見せる狗狼に奥田さんの歓声が上がる。

「出来たよー」

「こっちもな」

 やや大振りの器を三つ出して出来上がったタルカリを盛ると、事務所内に香辛料のこおばしい匂いが立ち込めた。

 狗狼も出来上がったマンゴーミルクラッシーをグラスに注いでそれぞれのタルカリの皿の横に並べる。

「へえ、これは御馳走だね」

「そうだろう」

「で、なんでお前がエラそうなんだ。作ったのは湖乃波ちゃんだろ」

「何だと」

 この二人は口を開けば喧嘩しかしないのだろうか。晩御飯をナポリタンにしなくて良かったと実感した。

「二人共、ご飯時に暴れない」

「へい」

「はい」

 二人が大人しくなったので私は両手を合わせた。二人も同じように手を合わせる。

「「「いただきます」」」

 奥田さんは早速、ターメリックが沁みてやや黄色味を帯びたカリフラワーをフォークで突き刺して、珍しいものを見るかのように数秒間、じっと眺めてから口腔に運ぶ。

 目を閉じて咀嚼してから呑み込み目を開く。

「へえ、カレーとカリフラワーって相性がいいね。カレー味のサラダを食べている気がする」

「……カレー味のサラダって、褒められている気がしないんだが」

「他にどう表現すればいいのか。適切な語句が浮かばないな」

「サンドイッチにしても美味しいと思う。やってみようかな」

 私の感想に奥田さんがうんうんと二度頷いた。

「同感、お持ち帰り希望」

「お前が作れ」

「食パンが無い」

「冷蔵庫に入ってるから、ホットサンドにしようかな。狗狼、明日の朝食はタルカリホットサンドでいいよね」

「別に構わんが。夕食後に作るのか?」

「うん、奥田さんの分も作っておくよ」

 奥田さんは私の手を取って上下に振る。

「有難う、湖乃波ちゃん。何処かの冷血漢は見習うべきだよね」

「だろうな。ちゃんと見習えよ、奥田くん」

 しらばくれる狗狼。

 見た目は黒スーツに黒の紋様入りネクタイをした普段はむすっとした狗狼と、白スーツにオレンジ色のネクタイをして、茶色の柔らかい髪に何時も笑みを浮かべている奥田さん。対照的で普通は相容れない間柄の様に見えるし、会話も貶しあっている様にしか聞こえないけど、狗狼が他人に対してこんな風に会話する事に私は内心驚いていた。

 いいなあ、こんな関係。狗狼はきっと気兼ねなく会話出来る位、奥田さんを信頼しているんだろう。

 あと一人、神戸市市役所職員の彼はどんな人なんだろうか、と興味を抱いてしまう。

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