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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
番外編 夏 七月 野島湖乃波の夏休み
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三章 図書館の美女と美男探偵(1)

 三章 図書館の美女と美男探偵


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 次の日、私は神戸市立中央図書館で、夏休みの課題の資料として読まなければならない枕草子と源氏物語を借りるついでに、紛争問題と武装解除について調べようとそれらしき書物の並んだ本棚の前に立っている。

 ただ分厚い専門書から薄い文庫本サイズのものまであり、どれから読むべきなのか悩んでいた。

 夏休みだから全部借りて読書の鬼となるべきか、それとも最初の一歩として文庫から読むべきか?

 本棚を前に腕組みをして並んだ背表紙と睨めっこしていると、不意に誰かに肩を叩かれてたので僅かに跳び上がって振り向いた。

「お早う、湖乃波(このは)さん。夏休みの宿題?」

 私の振り返った表情が面白かったのか、軽く握った手で口元を隠して声を掛けて来たのは先月知り合った、狗狼と同じ運び屋を生業(なりわい)とする女性だった。

「あ、小鳥遊(たかなし)さん。おはようございます」

「おはよう。静流(しずる)でいいわよ」

 下げた頭を上げて彼女を見上げる。

 美人だと思う。切れ長の目にすらりと整った鼻梁(びりょう)、引き締まった口元、大きな胸等、大人になったらこんな女性になりたいなと思ってしまう。

 でも私はそれより驚いていることがあった。

 以前、彼女と初めて会った時や、その次の日の昼食にゴーヤーチャンブルーを食べた時の彼女は長い艶やかな髪をぼんのくぼの上で(くく)っていて、服装も黒色のニットシャツにスリムジーンズ。底の分厚く頑丈なブーツに赤色の革のジャンバーを羽織っていた。

 でも今は緩やかな波打った長い黒髪をくくらずに背に流して、ノースリープの僅かに前部にフリルの付いたブラウスと襟を飾る赤いブローチが私の目を引く。

 剥き出しの肩の肌色は白く滑らかで光沢がありどんな石鹸を使っているんだろうと思う。

 またスリムジーンズではなくスカート姿で、その色は黒に近いけど紫が混ざっているような色で布地も柔らかそうだ。

 履物もブーツじゃなくて黒天鵞絨(くろびろうど)に白い靴底のパンプスだ。

 一見地味だけど、どれもこれも高そうな気がする。

「……あの、どこかにお出かけですか?」

 私の質問に静流さんは質問の意味が解らないとでもいうかの様に小首を傾げる。

 ええ! 綺麗と可愛いが同居している。

「え、別に普段着だけど、何かおかしい?」

「いいえ、とっても似合ってます」

「そお、ありがと」

 そう言えば彼女は「爺」と暮らしているって言ってたような。

 狗狼、彼女はきっとお嬢様だよ。

 私が静流さんの服装に圧倒されている間に、静流さんは私の見上げていた本棚に収められた本の背表紙を読み取っていた。

「国際紛争に難民問題。読書感想文でも書くの?」

「あ、その、学校の授業とは関係、無いんです。国際紛争と武装解除に興味が、あって」

 静流さんの質問に私は手を振って答える。

「ただ、どれから読めば、いいのか、解らなくて。」

 何となく恥ずかしくて私の声は尻すぼみになった。明確にこのジャンルの何が知りたいのか、私にも漠然としたイメージしか解らないのだ。

「ああ、そう、新たなジャンルに興味を持ったら、いきなり難しいのを読むと後々疲れてくるよね」

 静流さんはうんうんと私を見下ろして頷くと、本棚を見上げて考える様に形の良い顎先に手を当てる。

「うーん、やっぱり緒方貞子の著作は外せないよね。それで的確に彼女の仕事が解るとなるとこれかな。あと武装解除はこれっ」

 静流さんはひょいひょいっと本棚に手を伸ばして二冊の本を手に取った。どちらも文庫本サイズだ。

「読みやすいのはこの二冊かな。ひとつは緒方貞子の国連難民高等弁務官となった一〇年間の日記とエッセイに、彼女へのインタビューと論文を纏めたもの。彼女の仕事の内容と、その仕事の抱える問題点が彼女の目を通して解る内容になってるの。もうひとつが題名の通り武装解除を職業とする日本人女性のエッセイ。これも彼女の仕事内容と武装解除とその後のケアについて記載されている。これで内容を理解したら別の著作を読めばいいわ」

「……」

 はい、と手渡された文庫を見下ろしてから静流さんを見上げる。

「あの、静流さんは、読んだことがあるの?」

 私の質問に、静流さんは照れたように笑みをこぼす。

「まあね。私も昔は、そんなことに興味を持った時期もあるから」

 静流さんはそう言って別の本棚に歩き出した。

「静流さんは、今日、何を借りるんですか?」

「私は明確に決めないから。興味を引いたら取り敢えず借りて読む。だって図書館はタダでいろんな本が読めるしね」

 ひょいひょいと本棚を見回して、本を手に取って覗き込み、本棚に戻す。それを幾度も繰り返して約一時間、彼女の手元には四冊の本があった。

 一冊目「吉野朔美 悪魔が本とやってくる」静流さんコメント「夏目漱石の文庫本カバー絵が好きなのと、書評の漫画が面白い」

 二冊目「絵 アーサー・ラッカム 不思議の国のアリス」静流さんコメント「彼の絵本【ウンディーネ】は先月読んだので」

 三冊目「二ホンミツバチ養蜂」静流さんコメント「爺が最近、二ホンミツバチを見掛けないと呟いていた」

 四冊目「西本智実 知識ゼロからのオーケストラ入門」静流さんコメント「単なるミーハー。以上」

 私と静流さん、それぞれが図書館の貸し出しカウンターを出る頃には午後一時を回っていた。

「湖乃波さん、ゴーヤーチャンプルーのお礼に、一緒に昼食でもどう?」

「え、あの、悪いです。本を選んでもらったのに」

「気を使うことないって。実は外食すると五月蠅(うるさ)いのが家に居てね。こんな機会じゃないと食べさせてくれないから」

 静流さんは私が気を使って断ろうとすることを見越していたのか、気軽に言うとさっさと背を向けて歩き出した。

 本当かどうかは解らないけど、置いて行かれない様に後を追う。

 静流さんは大倉山公園を北側からでると、神戸大学附属病院の横を通り抜けて有馬道を山麓線へ歩いて行く。彼女の歩く速度は速く、パンプスを履いているのに私がやや小走りで追いつかなければならない。

 坂道慣れしているよ。

 ピタリと彼女の足が止まったのはラーメン屋の前だった。

 今日の彼女の雰囲気でラーメン屋はミスマッチの様で私は少し戸惑う。

「静流さん、此処?」

「うん、此処」

 間違ってはいないようです。

 静流さんは店頭のテーブルに近付くと、テーブルの前の店員さんに話し掛けて肉まんらしきものを指差した。

 店員さんが計四個の肉まんの様なものを紙袋に手渡すと、静流さんが料金を手渡して踵を返す。

「お待たせ―」

 紙袋を高々と掲げて私に呼び掛ける静流さんに、彼女の容姿に見惚れていた店員や通行人が驚き、静流さんの相手、つまり私に視線が集中する。

 どうでもいいけど、運び屋は人の注目を集めるのが好きなのかな。

 私の所に戻って来る静流さんの顔はウッキウキとほころんでおり、彼女がとても食べたかったものだと解った。

「やっと買えたよ。南京街には同じような野菜まんは無いからね」

 静流さんの提案で大倉山公園まで戻って、涼しい木陰のベンチで食べる事にした。

 流石にこの炎天下の下、日光に晒され乍ら温かい野菜まんを食べる事は静流さんでも無理のようだ。

 私もこの買い物の最中で背中にシャツが張り付いており、少しでも早く日陰に避難したかった。

 大倉山公園まで静流さんペースで徒歩八分。僅かに荒い息を吐きながら静流さんを見ると、彼女は汗を掻いた風も無く平然としていた。嘘でしょう。

 あ、そういえば静流さんは夏でも皮ジャンを着ていたような。そういえば狗狼も何時も黒スーツだし。

 運び屋って人種に季節感は無いのかも。

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