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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
番外編 夏 七月 野島湖乃波の夏休み
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二章 眼鏡ともふもふと慟哭と(9)

 狗狼は二つの皿を手に取って立ち上がる。

「このサービスエリアはジェラートショップも有名なんだ、特に夏場のピンクグレープフルーツ味は人気なんだが、お腹いっぱいだよな」

「食べる」

 即答する私に、狗狼は膝をカクンッと曲げた。

 デザートは別腹。女の子の七不思議は私にも適用されるのだ。

「じゃ、ついでに買って来るから待ってろ」

 ピンクグレープフルーツかぁ。果物の方は時々店頭で売っているのを見掛けるけど、一寸(ちょっと)割高だし食べた事ないなぁ。

 そんな余裕が有ったら、毎日の食事をもう少し豪華にしたいよね。

「お待たせ」

 暫くすると狗狼がトレイに薄いピンク色のジェラートが盛られたカップを乗せて戻って来た。

 あれ、一個だけ?

「……狗狼は食べないの?」

「食べない。甘いものは嫌いなんだ」

 そう、残念。

「それに黒服の男がジェラートを片手に持っている光景は不気味以外の何者でもないしな」

 そんなことはないよ。私は胸の内で呟いた。

「さっき、店のお姉さんも注文するとびっくりしていたぞ。訊かれてもいないのに、娘用ですって答えたがな」

 それはご愁傷様。って、

「娘?」

 びっくりして、狗狼を見返す。

「いや、簡潔に説明しようとしたら、そうなるだろ」

「う、うん、そうだ、よね」

 確かに他人に私の立場を説明するのに、契約者とか同居人とか説明するのは何かと憶測されそうなので、娘が面倒臭くなくていいのだろう。

「まあ、その場しのぎだから気にするな」

 カップをテーブルに置きながら苦笑する狗狼を見上げて、慌てて顔を伏せカップを手に取った。

 今、私の顔は物凄く赤くなっていると思う。

 だって、嬉しいから。家族と認められている様で、凄く、嬉しいから。

 ジェラートを一口、食べてみる。

 あ、美味しい。甘さの中に僅かに酸味が有って、夏に食べたくなるのも解る気がする。

「あ、可愛い」

「ホント、キレイカワイイがジェラートで笑顔になってる」

 脇を通りかかった若い女性の二人連れがこちらを見て声を上げた。

 私がびっくりして顔を上げると、二人連れは私に手を振って通り過ぎる。

 先程とは別の意味で恥ずかしくなって赤面した私は、慌ててで狗狼を振り返った。

「あのあの、かわ、可愛いって」

「……いや、ジェラートを食べた瞬間、君、目を細めて笑顔になったから」

 え、ええ?

 恥ずかしくなった私は急いでその場を離れようとして、ジェラートを口の中に放り込み続けた。

「おいおい、そんなに急いで食べると」

 あ、と私は動きを止める。

「当然、頭痛がするよな」

 うう、ますます恥ずかしいよ。

 その後、何とか頭痛が治まり私達はプジョー207SWに乗り込んだ。

 後は本来なら我が家に帰るだけだけど、私は狗狼に頼みたいことがあった。

「……狗狼」

「ん、何だ」

「その、途中で小浜に寄って、欲しいの」

「……」

 狗狼は私の頼みの中に含まれた意味に付いて察しがついていたのか、長く息を吐くと窘める様に私に問い掛けた。

「何故、小浜に用があるのか。大体予想はつく。話を聞いてしまった、それなのに何も出来なかった。その罪悪感から逃れる為に、また関わろうとするならやめておいた方が良い。これ以上、部外者が出来る事は無い」

 多分、狗狼の言う通りなのだろう。きっとそうだ。

 名も知らない男性の悲劇によってもたらされた苦しみを、何の面識も無い通りすがりの子供が何とか和らげてあげようなど身の程知らずにも程があるのだろう。

 おまけに、その男性は同じく悲しみに暮れているであろう元の奥さんと係わり傷つくことを恐れている。私のやろうとしていることは余計なお世話、そう言われても仕方がない。

 それは解っているのに、どうしても放っておけなかった。

「……狗狼。私はママを失って狗狼に会うまで、ずっと一人で誰とも関わろうとしなかった。正直言って誰とも関わることを拒んでいたよ。でも狗狼が私を助けてくれたから」

「助けたわけじゃない。契約違反の穴埋めだ」

「……うん、そうだったね。でも狗狼と出会ってからいろんな人と知り合って、少しずつ人と係わることが苦しくなくなっていたの。世界は私が思っている程、無慈悲で冷たくは無いと、最近思えて来たんだ」

「……そうか?」

「そうだよ、だからあの男の人も、何かきっかけが有ったら元の奥さんと話して立ち直れると思うんだ。哀しみで開いた穴はもう塞がらないかもしれないけど、別のモノで埋めることは出来るんじゃないかな」

 私は言葉を切った。私にしては長く喋ったと思う。でもこれは正直な気持ちだ。

 物好きにも程がある運び屋に対する私の正直な言葉だ。

「……今日の旅行の主賓は君だ」

 納得したのか、していないのか、狗狼は微妙な物言いで苦笑すると207SWを発進させた。どうやら小浜には運んでくれるらしい。

「有難う」

「苦労をするのは君だ。俺じゃない」

 北陸自動車道を敦賀インターチェンジで舞鶴若狭自動車道へ乗り換える。

「で、現地についたらどうするんだ?」

「うん、元奥さんを探そうと思って」

「顔も名前も知らないのに? まあ、手掛かりはある事はあるが」

「海産物特売所の駐車場が傍にある児童施設」

 私は 男の人が娘の務めていた児童施設を見て居た場所について語っていたことを思い出した。ガイドブックの小浜の地図から証言に当て嵌まる児童施設を探す。

「海産特売所は、大抵、港の傍に開かれているから、港周辺を探すと良い」

 狗狼のアドバイスに従い港周辺に目を走らせる。

「あった。若狭フイッシャー○ンズ・ワーフ。道路を挟んだ向こうに保育園と幼稚園」

「決まりだな」

 そこに海外に行った保母さんが過去に在籍していたかどうかの確認と、その人の肉親、あの男の人の元奥さんの居場所を教えてもらう。もしくは連絡を取って貰う。

 個人情報の管理上、教えてくれるかどうかは解らないけど、手掛かりは此処にしかなかった。

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