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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
番外編 夏 七月 野島湖乃波の夏休み
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二章 眼鏡ともふもふと慟哭と(8)

                     3


「これからどうするの?」

 私が口を開いたのは、207SWが加賀ICから北陸自動車道に入ってからだった。

「南条SAで昼飯のボルガライスを食べる。その後は行きと異なり舞鶴若狭自動車道を南下して中国道経由で帰る」

「そう」

 小浜に寄る選択肢はないんだ。

 私は狗狼に落胆した表情を見せない様に助手席側の窓へ視線を向ける。

 そこから見えるのは田んぼと数件の農家であり、ただ変わり映えしない風景が繰り返される平和な農村だった。

 そんな場所でもさっきの様などうしようもない悲劇に遭遇する夫婦がいる。

 そんな彼等に同情したところで、彼等に救いを与えることにはならないし、相手にとっても迷惑なのかもしれない。

 以前、ママが私の前から永久に姿を消した頃、同情したのか話し掛けて来るクラスメイトが煩わしくて仕方が無かった。

 頑張ってとか、気を落とさないでとか励ましてくれる人達に何時も言いたかった。

 どうやったら頑張れるのか、どうやったらこの胸の内に開いた黒い穴を埋めることが出来るのか。解っているなら教えて欲しいと。

 でも、私は本当は解っていたのだ。それは、どうしようもない事だと解っていたのだ。それは既に起こり、終わってしまった物事だから。

 そんな私が今、生きていられるのは狗狼やカテリーナ、新たに知り合った人達のお陰だと思う。

 ママを失って開いた穴はそのままだが、そこに新たな思いを詰めていくしかないのだ。

 あの男の人の胸にも娘を失って空いた穴があり、それを埋める術を彼は知らないのだろう。

 どうすればいい。そう私は自問するがいい答えは浮かばなかった。

「もうすぐ、南条SAだ」

「あ、うん」

 私は狗狼の言葉に我に返り、慌ててガイドブックを開いた。

「昼ご飯にするんだよね?」

「ウイ。ボルガライスを食べる予定だ」

「ボルガライス?」

 そういえば、昨晩に狗狼の寝言を聞いた気がする。よっぽど食べたいのだろう。

 私はガイドブックの南条SAについて記載されているページに目をやると、ボルガライスの写真と説明分を見つけた。

 何々、「ボルガライスとはオムライスの上にカツを乗せた、その上からソースをかけて食べる福井県の有名な料理」と書いてある。

 オムライスの上にカツ? 本当に写真は説明文通りの料理が写っていた。

「ボルガライスは福井県内の色々な店で提供されていてね。興味はあったが仕事中は時間が無くてね、食べる切っ掛けが無かったんだ。だから今日がボルガライスデビューってわけだ」

 何となく狗狼の声も弾んでいるように聞こえた。

 そう言えば、仕事中の狗狼の食事は、大抵サンドイッチとかカロリーメイトで手早く済ませると言っていた。実際、彼と出会った晩に彼はサンドイッチを食べていた。

 ああ、彼なりにこの旅行を楽しんでいるんだ。

 そうだね、私も今はこの旅行を楽しむことにしよう。

「……私も、食べようかな」

 二人揃って、ボルガライスデビューも楽しいよ、きっと。

 207SWは意気揚々とエンジン音を響かせて南条SAのパーキングエリアに到着した。

「さあ、喰うか」

 レイバンのサングラスに隠された彼の両目は子供の様に輝いているに違いない。私を置いて行きそうな歩行速度でフードコートの自動ドアをくぐる。

「……わ」

 食事時だからか、店はごった返しており席が空いているか心配になって来る。

「これは混んでいるな。食事券を買って来るから湖乃波君は席を確保してくれ。ボルガライスでいいか?」

「ん」

 当然、と私はこくりと頷いた。

 食事券の販売機へ向かう狗狼の背を見送って私は空いている席を探す。幸いお茶のサービスドリンク前の二人掛けの席が空いているのでそこへ腰掛ける。

 五分ほど椅子に座って店内を見回していると狗狼が食券を指に挟んで戻って来た。

「これ、湖乃波君の」

 食券を受け取ると、狗狼は見慣れない小さなリモコンの様なものをテーブルに置いて席に腰掛けた。

「これが鳴ったら料理が出来上がった合図だから」

「うん」

 この南条サービスエリアは食事に力を入れている様で、フードエリアのあちらこちらに提供される料理の写真が張り付けてある。

 ソースかつ丼や中華そば等、見ているだけで飽きない。

 そうこうしているとブザーが鳴ったのでボルガライスを受け取りに行く。

 さて、受取口に出されたボルガライスは想像していたよりも大きく分厚かった。

「あら、お嬢ちゃん。残さず食べてねーっ」

 受取口に居たおばさんがにこやかに声を掛けてくれたけど、さて、全部平らげることが出来るのかな。

 ボルガライスの内容は、衣の厚そうなオムライスの上に、これも分厚い豚カツが載せられていて、それに掛けるソースの小皿が付いている。

 ボルガライスの隣には野菜の千切りサラダが添え付けてあり、これも量が多い。

「うわあ」

「頑張って食べよう」

 私が何を思っているのか察したらしい狗狼が、口の端を僅かに吊り上げて声を掛けて来た。

 だって、予想以上の量だもの。

 二人向かい合わせで席についてお互いのボルガライスに手を合わせる。

「いただきます」

 さっそくカツとオムライスにソースをかける。

 ふと前を見ると狗狼はソースを掛けずに素のままオムライスとカツをそれぞれ別にして口に運んだ。

「お、このカツ噛んだら肉汁が凄いな。オムライスも衣がフワフワだぞ」

「……」

 次にソースを掛けない状態でオムライスとカツを纏めて齧り付く。

「おお、この組み合わせは有りかも。やっぱり三〇年以上愛されている料理は伊達じゃないな」

「……」

 ず、狡い。そんな食べ方をするなんて。

 狗狼はここで一旦、サラダを食べて口の中をリセットした。お茶を一口だけ飲んで口腔内を綺麗にする。

「待って!」

 私はソースの小皿を手にした狗狼を慌てて制止した。狗狼が、ん、と私を見返す。

「私も、何も掛けてない素のままを食べたい」

「……」

 もう、俯いて笑いを堪えなくていいじゃない。

 何となく自分が食い意地を張っている様で恥ずかしい。

「ああ、いいよ。食べな」

 私達はソースを掛けた状態のものは私の皿から。ソースを掛けない状態は狗狼の皿から、二通りの味を楽しんで食事を続けた。

「このソース、濃厚だけど素材の味を残してくれてるよね」

「まあな、ソースの力って絶大だな」

 カツとオムライスに染み込んだソースを楽しんでいると、いつの間にか二つの皿は空となって私のお腹も膨れていた。

「やっぱり量は多かったよ」

 ちょっと苦しい。

 狗狼が少し食べるのを手伝ってくれなかったら残していたよ。

「でも、美味しかったな」

「うん」

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