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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
番外編 夏 七月 野島湖乃波の夏休み
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二章 眼鏡ともふもふと慟哭と(5)

                      2


 やっぱり夏は暑いのか、ベンチ傍の日陰でじっとしているライオンラビットの首筋の毛をナイロン手袋越しに撫でてみる。

 凄い、本当にもふもふしている。

 首の後ろを掻いてあげると僅かに鼻の穴が開いて目を閉じた。もふーと言っている様で可愛い。

 ライオンラビットっていうウサギの品種が居るのにも驚いたけど、その茶色と白の混じった柔らかい体毛に感動する。

 もふもふもふもふ。

 ライオンラビットは日本のウサギと比べて耳が短くて黒目が大きい。

「早く抱き上げないと抱っこタイムが終わってしまいますよー」

 ウン、ソウダネ。ダッコシナクチャイケナイヨネ。

 おそるおそる手を伸ばす私を見かねたのか、付き添ってくれていた飼育員のお姉さんが、ライオンラビットの背後から前足と後足へ掌を差し入れて仰向けにする様に抱きしめる。

「兎さんの耳を持ったり、顔の前に手を持って行かないで下さいね。兎の骨格は脆いし、油断するとキックされるのでこうやって背後から抱っこしてあげて下さい」

 はい、と店員さんのから抱っこしたままライオンラビットを受け取る。

 支えにしている左手に掛かる重さは僅かで、見た目よりはるかに軽かった。

 もう一度、首の毛の辺りを優しく掻いてあげると、目を閉じて腕の中で脱力してくる。

 もう可愛いとしか感想が持てなくなった私に飼育員のお姉さんは魅力的な申し出をしてくれた。

「携帯電話のカメラで映してあげましょうか。記念になりますよ」

 魅力的な提案ですけど、私は携帯電話を持っていない。当然、スマートフォンもだ。

「あの、携帯、持っていないんです。御免なさい」

「あ、いいんですよ。じゃあ御家族に撮影して貰いましょうか」

「……」

 御家族のねえ、と私は保護者である狗狼のいるベンチへ視線を向けた。飼育員のお姉さんも私の視線を追ってそちらを向いた。

「……」

「……」

 あ、飼育員さんが固まった。

 それもそうだ。この石川県加賀市にある兎と遊べる施設には、どう贔屓目(ひいきめ)に見ても似合わない人物なんだから。

 その人物は夏だというのに黒スーツを着用してネクタイまで締めている。黒いサングラスに隠された眼は兎ではなく宙を眺めている様で、その姿を見て何の為にこの施設にいるのか疑問に思っている人もいるんじゃないだろうか。

 その男の右手にはこの施設の中に入ってから購入したたこ焼きが乗っているが、特に食べた形跡も無いから間を持たせる為に買ったんじゃないかな。

 そんな男がベンチの背もたれに何をするわけでもなくもたれ掛かり、足元にいる数匹の兎を無視していた。

「彼でしょうか?」

 店員さんの質問にコクリと頷く。

 やっぱり場違いだよね。で、本人も自分が此処に居る事を場違いだと思っている。

 店員さんが狗狼に近付いて何か話していると、狗狼は店員さんに右手に持ったたこ焼きの皿を渡してからこちらに歩いて来た。

 店員さんは戸惑ったように狗狼と手に持ったたこ焼きを何度も見比べている。

「どうした、兎を撮ればいいのか?」

 私は狗狼の質問に首を縦に振った。

 兎を抱いている写真を撮りたいとお願いするのは恥ずかしいけど、こんなことは滅多にないチャンスなので思い切って頼むことにした。だって可愛いし。

「あの、兎を抱っこしているのを撮って欲しいのだけど、いいかな?」

「断る理由なんてないんだが」

 私に質問すると、無造作に携帯電話を取りだして、無造作にシャッターを切った。

「これでいいか?」

「……」

 撮ってくれた。兎とそれを抱える私の両手が写っている。

 うん、何か違う。

「あ、兎を抱えている私も撮って欲しかったん」

 カシャ。

 私が言い終るより早くシャッター音がまた響いて、携帯電話の画面には兎を抱えた私の顔だけが写っていた。

「……」

 わざとじゃないよね。

「?」

「あの、よろしければ私が写しましょうか?」

 私の顔を不思議そうに見返す狗狼に、背後からたこ焼きを食べ終えた飼育員さんが救いの手を差し伸べてくれた。

「あ、ああ、頼む」

「はい、お願いします」

 私と狗狼は渡りに船とばかりに飼育員さんにお願いする。

 飼育員さんは狗狼から携帯電話を受け取り操作の説明を受けると、私達から距離を取って携帯電話の画面を覗き込んだ。

「はい、それじゃあお父さんも兎さんを抱っこしましょうか」

「え?」

「お父さんは黒い服を着ているから、白い兎を抱っこして下さい。茶色や黒だと目立たなくますから」

「え」

 ああ、狗狼が固まっている。

 ゆっくりと狗狼が私へ顔を向けた。サングラス越しの表情は救いを求めている世にも見える。

 私は彼に微笑み掛ける。此処はひとつ。

「頑張れ」

「OH]

 狗狼がよろめく。

 幸い、でも狗狼にとっては運悪く、耳が長く目の赤いジャパニーズホワイトが狗狼の足下に近付いてきていたので狗狼は私以上にゆっくりとした動作で兎を抱え上げた。

 そんなに恐る恐る抱えなくてもいいのに。

「サングラスも外してくださいねー」

「……両手が塞がっているので外せません」

「残念」

「湖乃波君ねえ」

 頑としてサングラスを外そうとしない狗狼に吹き出しそうになるのを堪えて、私は飼育員さんの携帯電話のレンズへ向き直った。

「あ、御嬢さんの笑顔は可愛いですね。お父さんはこっちを向いて下さい。はいチーズ!」

 カシャ。

「はい、取れましたーっ。次は餌ヤリ体験を写しちゃいますねー」

 背後で狗狼がしゃがみ込むのを感じた。

 餌ヤリ体験撮影後、私は耳が垂れ下がって全身が丸々しているフレンチロップの餌ヤリ体験を引き続き楽しんでいた。

 ライオンラビットよりも大きな体躯の兎だけど、やっぱりウサギなのでゆっくりともしゃもしゃとペレットを食べる。うん、この兎も抱っこしたかったな。残念な事に餌ヤリ体験中に兎の抱っこタイムの時間制限を過ぎてしまったのだ。

「狗狼ーっ、この兎、おっきくてとても可愛いよ~」

 私は背後のベンチに腰掛ける狗狼に声を掛ける。

「……」

 あれ、返事がない。

 私がベンチを振り返ると狗狼はそこに腰掛けている。腰掛けているけど――

 し、白くなってる。

 何時もの黒スーツ、黒ネクタイ、サングラス姿なんだけど、何故か真っ白に脱色しているような印象を受けるのだ。

 ご愁傷様。

 私はベンチの狗狼にそっと両手を合わせて冥福を祈ってから、フレンチロップの餌やりを再開しようとして一歩踏み出したところを誰かにぶつかった。

 ぶつかった相手と私はお互いに背後へバランスを崩して尻餅をつく。

 あ、お尻痛い。

「御免、なさい。大丈夫ですか」

 謝りながら顔を上げると、相手の方は大丈夫と言っているのか右掌を振りながら立ち上がる。

 私も立ち上がり、もう一度御免なさいと誤ってから相手の方を見た。

 相手の方はひょろりとした体格の、顔も痩せぎすのもじゃもじゃの髪に無精髭を生やした四十代程の男性で、細い鼈甲(べっこう)の眼鏡を掛けてばつが悪そうに笑っている人の好さそうな人だった。

「ああ、ぼくは大丈夫だから」

 そこまで口にして、彼は急に俯いて顔を背ける。

 打ちどころでも悪かったのかなと私が覗き込もうとすると、彼の両眼からぼとぼとと大粒の涙が零れて地面に落ちて行く。

「あ、あの、ホントに、大丈夫、ですか」

 彼は何度も頷くが、彼の両眼からは涙が流れ続けていて私には大丈夫とは思えなかった。

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