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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
番外編 夏 七月 野島湖乃波の夏休み
72/196

一章 ご褒美ランチとベトナム料理(3)

 狗狼から渡されたメモに記された店名を見つける。

 白いこじんまりとした店内の右側が地元の食材販売店、左側が併設されたカフェになっている。

 販売している食材は、スーパーマーケットより多少割高だけど瑞々しい色の野菜や、あまり見た事の無い調味料が並んでいる。

 これで何が出来るだろうと想像して楽しみたいけど、今日はカテリーナもいるので残念だけどほどほどにしてランチを楽しむことにする。

「ねえ、湖乃波。あれ、美味しそう」

 カテリーナがガラスケースの中にあるイチジクのキッシュを目敏(めざと)く見つけて私の袖を引っ張る。

 ガラスケースの隣にはレジが有り、その前には小柄なお姉さんが(といっても私より背は高いが)おっとりとした笑みを浮かべて佇んでいた。

 レジの横の台には「本日のランチ」と書かれた小さいボードが立て掛けられていて、今日は「季節野菜のワンプレート御飯」だった。

「あの、お昼を、食べたいん、ですけど」

 私はレジ係のお姉さんに声を掛ける。うう、知らない人と話すのはやっぱり緊張する。

「はい、日替わりランチですね。組み合わせはどうしますか?」

 お姉さんは吊るされたボードのひとつを手で示してくれた。いろいろあるけど、豆腐の味噌汁とほうじ茶ラテを組み合わせる事にした。

「ひゃっ」

 いきなり背中を突かれて私は変な声を出してしまった。何するのカテリーナ。

 目を丸くするお姉さんに何でもないと愛想笑いを返してから振り返った。

「何、びっくりしたよ」

 カテリーナはゴメンゴメンと手を翳して謝ってからガラスケースの中指差して、「イチジクのキッシュはデザートに出来ないかなぁ」と小声で訊いて来た。

「……」

 狗狼から渡された昼食代はまだ余裕がある。イチジクのキッシュを注文してもまだお釣りが出る金額だ。

 でも、デザートは昼食に含まれるのか否か、それを私は悩んでいる。普段の私なら無駄遣いだと拒否するけど、今日ぐらいはいいのではないかと、そう思わせるオーラをイチジクのキッシュは放っていた。

「あの、あとイチジクのキッシュを、お願いします」

 言ってしまった。狗狼、御免なさい。

「はい、ほうじ茶ラテとイチジクのキッシュは食後に致しますか?」

「はい、お願いします」

 背後で小さく手を叩くカテリーナの気配を感じながら私は頷いた。

 うん、たまにはいいよね。カテリーナには何時も心配かけてるし。

 カテリーナの提案で、屋外のテーブルで食べることにする。

 出口のすぐ脇にある4人掛けのテーブルは、丁度屋根の影に隠れて夏の日差しを受けにくい所に配置されていた。椅子に腰かけると、吹く風に汗が引くのを感じる。

「涼しいね」

「そうだねーっ。これで料理が美味しければ言うことないねーっ」

 セルフサービスのお茶で喉を潤しながら呟いた私にカテリーナが同意した。彼女はイチジクのキッシュが楽しみなのか終始笑顔だ。

 私はテーブル脇の出口から店内を覗く。

 店内のテーブルとカウンター席は全て埋まっていて、全員何故か女性だった。買い物の途中に立ち寄ったとか、近くの店の店員さんなのだろうか。皆、何となくお洒落な雰囲気を(まと)っている。

 店内の出口間際の二人掛けテーブルには茶色のウエーブの掛かった髪に、銀縁の鎖の付いた眼鏡を掛けた女性が、緑色のシステム手帳を開いて気だるげに眺めていた。クリーム色のブラウスと薄い茶色のサマーカーディガン、手首に付けたブレスレットが御洒落で似合っている。

 ふと、目が合ってしまい私は慌てて目を逸らす。彼女が笑みを浮かべたように見えたのは気のせいかな?

「お待たせしました、本日のランチです」

 やや大ぶりの皿の中央に御飯が盛られて、それを揚げられた茄子とオクラ、茹でたジャガイモ、色鮮やかな豆と乾物で和えられたヒジキ、ドレッシングかソースをかけたミニトマトと胡瓜、ざく切りにされたズッキーニが囲んでいる。側の椀には赤みその中に豆腐が浮かんでいてとてもいい匂いがする。

「いただきます」

 私とカテリーナは二人同時に手を合わせて合唱した。

 先ずワンプレートランチの揚げたズッキーニを食べてみる。

 甘くて美味しい。

 私は何時もオクラは茹でてサラダに装っているが、この揚げオクラの食感はまた違ったシャキシャキ感が有り、オクラから滲み出る粘つきのある汁が何時もより濃く感じる。

 ヒジキ和えを皿の中央に盛られた御飯に載せて口に運んだ。これも狗狼に教えて貰ったヒジキ和えとはまた違った味がする。出汁が何か違うと思う。

 狗狼の作る出汁は昆布と鰹節のシンプルなものだけど、このヒジキ和えに使われている出汁は別の食材が混ざっている。椎茸かな?

 カテリーナはズッキーニに舌鼓を打っている。

「あ、これいい。固いと柔らかいの丁度中間って感じがする。うん、其々の食材の味が嫌味にならない程度に残っているよ。これ食べ易いわ」

 どうやらカテリーナの口にも合うようで、私達はワンプレートランチと豆腐のお味噌汁をあっという間に平らげた。

 うん、堪能した。

「すみませーん、イチジクのキッシュとほうじ茶ラテお願いしまーす」

 私が頼むより早く、カテリーナは店の奥に向かって声を掛けた。

 美味しい御飯を食べて、イチジクのキッシュへの期待は弥が上にも盛り上がる。

「イチジクのキッシュとほうじ茶ラテをお持ちしました」

 レジ係をしていたお姉さんが、木目の鮮やかな盆に一見するとコーヒー牛乳の色に似たほうじ茶ラテとイチジクのキッシュを木目の載せてテーブルの側に立った。

「貴方達、ひょっとして学校帰り?」

 私が頷くとカテリーナが説明してくれた。

「はい、今日は終業式で、早く終わるから、特別にここでお昼ご飯を食べてきたらと、勧められたんです」

「そうだったの。何時もは近くの会社員や店員さんとか、買い物帰りの近所の奥さんがお客さんだから、学生さんが来てちょっと驚いたの」

「はい、私も坂を上がったところに、ファーマーズマーケットがあったのには、驚きました」

 私の返答に店員さんは品の良いコロコロとした笑い声を立てた。お盆から二人分のイチジクのキッシュとほうじ茶ラテがテーブルの上に並べられ、私の胃の中にある別腹スペースを刺激する。

「ここはね、私達と地元の農家さんが東遊園地で毎週土曜日に開いているマーケットに来れない人の為に開いたものなの。それにこの店のランチは食材廃棄ゼロを目指して売り場にある食材の身を使って作ってるの。それを食べてくれた人達が食に対して何か考えてくれたら私達は嬉しいわ」

「……」

 何となく狗狼がこの店を選んだ理由が解った気がする。

「あ、食事の邪魔をして悪いわね。ゆっくり味わって食べてね」

 軽い音を立ててテーブルの上に並べられたイチジクのキッシュはベイクドチーズケーキの様な色合いで、食後のデザートに相応しいものだった。

 カテリーナと同時にキッシュにフォークで切れ込みを入れて一口頬張る。

「これ、キッシュじゃなくケーキだよね」

 カテリーナの感想に同意して頷く。

 小麦粉が甘い。

 イチジクが甘い。

 一口食べるごとに余韻を味わってしまう。いいなあ、私にも作れるかな。

 終業式を終えた昼、坂の途中の小さな店で夏の食材を生かした料理を味わう。一学期を頑張った私への狗狼からのご褒美。

 狗狼がこの店を選んでくれたことを、私は素直に感謝しよう。

 ほうじ茶ラテの茶葉を燻り焦がしたような味と香りを楽しんだ後、カテリーナと私は店を後にした。

 お小遣いを貯めて秋にも寄って見たくなった。その時はどんな食材が、どのように調理されて出てくるだろう。ものすごく楽しみだ。

「ご馳走様、湖乃波。すごく美味しかった」

 カテリーナもあの店が気に入ったようで、満面の笑顔を私に向けた。

 うん、カテリーナが喜んでくれてとても嬉しい。

 坂を下りて三宮駅へ向かう。やっぱり夏の日差しはきつく、七分ほど歩くと私とカテリーナの額に汗が吹き出す。

 私はポートライナー、カテリーナは阪神電鉄。三宮を二人で遊んだ時はJR三ノ宮前のターミナルで何時も別れている。

「進路で困ったらどんなことでも電話してね。相談に乗るから。あと夏休みの予定が空いたら教えて」

「……うん」

「うーん、心配だなぁ」

「大丈夫、だよ」

 何度も振り返り手を振るカテリーナが改札を抜けるまで見送った後、私は大きく息を吐いた。

 カテリーナは私の数少ない友人だ。何時も私を気に掛けてくれる。

 学校では彼女は大人しいお嬢様然とした態度を取っており、彼女本来の活発な面は彼女の家族と心を許した一部の人しか知らないらしい。

 もし私が高校進学を諦めて就職したら、彼女と会う機会が減り迂遠になっていくのだろうか。そしていつかばたりと合わなくなるのかもしれない。

 それは嫌だ。

 私は改札に背を向け歩き出した。今日は三宮のダイ○ーかポートピアのトー○ーストアのどちらで夕飯の買い物をしようか考える。

 今日はまだ時間もあるし両方まわろうか。珍しい食材はダイエーで、その他は中埠頭駅で降りてト〇ホーストアまで歩いていこう。帰りも歩いて倉庫まで帰ることにする。

 私は三宮駅の階段を上がり、ミント神戸を右手に見ながらダイエーへと向かった。

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