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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
番外編 夏 七月 野島湖乃波の夏休み
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一章 ご褒美ランチとベトナム料理(2)

 意外な事に彼は料理が出来る。

 出会った頃、彼は仕事中にサンドイッチやカロリーメイトしか食しておらず、食に無頓着な人かと思ったけど、立ち寄った隠れ旅館(のような場所)での彼の作った料理は、夕食、朝食共にこれまで味わった事の無い美味しいものでとても驚いた。

 ママも料理が得意だったけど、そういったレベルでは無くシェフと呼んでも差し支えが無いと思う。

 私が狗狼と共に暮らすことになり、初めて作った料理が旅館定番メニューの御飯、ほうれん草の御浸し、卵焼き、豆と人参と揚げの入ったヒジキ、麩となめこの味噌汁、そしてこればかりは店で購入したアジの味醂干しだった。

 彼に教えてもらいながら作った料理が、自分が本当に作ったのかと疑いたくなるくらいに美味しかったことを覚えている。

 それ以来、私は週末に新しい料理を狗狼に教えてもらう事が楽しみとなっていた。

 また彼は洗濯やカッターシャツやスラックスのアイロンのかけ方を教えてくれた。クリーニング屋等ではカッターシャツ全体に糊を利かせているが、本来カッターシャツは下着替わりなので肌触りが良くなるように皺を伸ばすだけにしておき、糊付けするのは襟と袖口、ボタンのの袷部分だけだそうだ。

 そういえばカッターシャツでびっくりしたことがある。

 狗狼は何時も黒の背広とカッターシャツ、黒地に黒のラインの入ったネクタイを着用しているが、実はそれだけしかない。

 彼の衣装はハンガーに掛かった白いカッターシャツと黒いスラックスが4セット、後は黒のTシャツとトランクス、ソックスが数枚。黒のジャケット一着それだけだ。

 彼がソファア兼ベッドで眠る時もカターシャツとスラックス姿であり、パジャマを着ないのか聞いてみると「面倒臭い」と答えが返って来た。

 シャツやスラックスが皺になることを気にしないのだろうか。

 そして彼は口数が少なく、私と一日に交わす会話は朝の挨拶、夕食の準備時と夕食の出来栄えの感想。後はお休みの挨拶、その程度だ。

 会話の少ない理由のひとつに私が極度の人見知りということだ。

 初対面の人とは話すときに緊張してしまい、うまく離せそうになくつい黙ってしまう。

 学校内で話しかけられたとき、相手に対して失礼なことを言ってしまわないか、不用意な発言で傷付けたりしないか気になってしまい、つい短く「はい」や「いいえ」「そう」などの受け答えしか出来なくなってしまった。

 その結果「クールビューティ」とか意味の分からない渾名を付けられてしまい誰も話しかけることが無くなってしまった。

 それが、狗狼との生活ではお互い口数が少ないこともあり気にならないのだ。

 何故か狗狼相手では身構えたりせずに、思うまま話すことが出来ることが不思議に思っている。

 そんな彼にも二つ問題が有り、ひとつはお金に無頓着な事だ。狗狼は金が有れば使う主義であり、悪く行ってしまえば浪費家だ。

 服や物にお金を使わない代わりに、ふらりとお酒を飲みに出て行ったきり二、三日は帰って来ない事が有り、帰って来ると素寒貧になっている。で、起きがけに「金が無い」と後悔するように呟いている。

 なので、今は私がお金の管理をして彼に【お小遣い】を渡すようしている。彼には言い分があるようだけど、私達の生活費と月々の学費を確保する為に我慢するように説得すると気圧されたように二度頷いて了承してくれた。

 もうひとつは女性に関する事だ。狗狼と二ヶ月間共に暮らしているけど、どうも彼は女性に弱いのではないか、と思う時がある。

 特に二〇代後半から三〇代後半までの女性が気になるようで、買い物に狗狼と一緒に出掛けて歩きながら会話していると、彼の返事がぞんざいな時がある。

 その時は狗狼の向いている方向を見ると美人が歩いていることが多い。彼は何時もサングラスをしているので女性を眺めていることが相手にばれていないと思うけど。

 そういえば、先日トラブルに巻き込まれたのも仕事で関わった同業者である静流さんを助ける為だったような。いつかこの人は女性で身を滅ぼすんじゃないのかな。

 そんな風に狗狼と毎日を過ごしていて、私は何となく毎日が楽しいと思ってしまうのだ。

 ちょっとした事件は有るけど、それでも穏やかな毎日で癒されているのを感じている。ママを失ってから失われていた日常が戻ってきている。そしてそれがずっと続いていて欲しい。

 狗狼との契約の切れる来年の四月まで続いて欲しいのだ。


 そして今、問題になっているのは彼と契約してから一年後の事で、狗狼が責任を果たした以降の私の身の振り方についてだ。

 実は先週、私は進路について狗狼と話した。

 私は高等部へは上がらず、中等部卒業後は別の公立校への進学か社会に出て働きたいと彼に伝えた。

 本来なら狗狼には関係ない事だが夏休み明けの三者面談では彼も顔を出すので伝えておかないといけない。

 狗狼は「まだ早いと俺は思うよ」といって高等部進学を勧めた。せっかく学校が良いカリキュラムを用意しているのに利用しない手は無いというのが彼の主張だ。

 それで目下、最大の問題点、

「授業料は、払えるの?」

「払うさ」彼は堂々と答えた。

 私は結構家計が苦しいのを知っているので、どうしても信じられず払う当てはあるのか尋ねると、彼はきっぱりと答えた。

「無い!」

 誰か彼の頭の中を掃除して下さい。


「私は、これ以上、狗狼に迷惑は掛けたくないよ」

「うーん、そうだよね。湖乃波とクロさんは本来は全くの赤の他人だもんね」

 カテリーナが困った様に呟いた。私はその言葉に胸の奥で痛みを覚える。

 狗狼と私は赤の他人。それが少し悲しい。

「そっかー、湖乃波のキレイカワイイ姿もひょっとしたら今年で見納めかー。うん、ここで有難く拝んでおこう」

 彼女は揺れているバス内に居るのにもかかわらず両掌を合わせて私を拝み始めた。

「ありがたや、ありがたや」

「こんなところで拝まないでよ」

 山陽電鉄の須磨駅にバスが到着したので、私達は電車に乗り換えて何時もなら私は阪神三宮駅まで乗り、そこからポートライナーに乗り換えて中埠頭倉庫で降りる、カテリーナは岩屋で降りて自宅まで徒歩で帰っている。

 でも今日は終業式だけで午前中で学校が終わるから、狗狼は昼食をカテリーナと一緒に取ったらどうかと提案してきた。

 私は家計の事も考えて別にいらないと突っぱねたけど、狗狼はその店は自然食を主とした料理を出す所で、どのような昼食が提供されているのか見に行ってほしい。そう頼んで来た。あと、一学期を頑張った私へのご褒美も兼ねているらしい。

 阪神三宮駅からJR三ノ宮駅へ抜けて北野坂へ上がる。ふと思ったけど、阪急と阪神は三宮駅だけど、どうしてJRは三ノ宮なんだろう。

 坂の途中で「魔女の宅急便」の絵本のイラストみたいなBarの看板を見つけた。猫が(ほうき)に跨った少女のワンピースの裾に掴まっていて何だか可愛い。

 山手幹線を横断して中山手通を上がると、徐々に坂の傾斜がきつくなって来る。駅から徒歩一〇分程度の距離だけどずっと上り坂なので、実際より距離を長く感じた。

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