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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
番外編 夏 七月 野島湖乃波の夏休み
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一章 ご褒美ランチとベトナム料理(1)

 一章 ご褒美ランチとベトナム料理


                       1


野島(のじま)さん」

「はい」

 私は私の在籍する3年B組の教室から帰宅しようとドアに手を掛けたところを、担任の川田(かわた)先生から呼び止められて振り返った。

 川田先生は何時も濃紺のスーツを着こなした四〇代後半の女性で、銀縁の眼鏡を掛けて感情を表に出さない為か厳しい人のような印象を受けるけど、実はとても思いやりのある優しい先生で彼女を慕う生徒も多い。私も実はその一人だ。

「野島さん、先週配布した進学希望者の書類は夏休み明けの前期末テストまでに提出出来るかしら」

 言い難そうに川田先生は私に問い掛けた。

 私はその問いに困ったように目を伏せた。

 この学校は中高一貫の私立女学校であり、普通は中学を卒業すると高校へそのまま進学する。

 しかし、別の高校へ進学したい生徒や理由があって進学したくない生徒も中にはおり、その生徒は、先週配布された進学希望用紙に進学を希望しない理由を記載して担任に提出しなければならない。

 本当は昨日、終業式の一日前に提出する予定だったけど、理由があって夏休み明けに提出することを了承頂いたばかりだった。

 川田先生はその確認で私に声を掛けたと思う。何しろ前期末テストの後には三者面談が控えている。彼女もそれまでにそれぞれ生徒の進路を把握する必要があるから。

「はい、必ず、提出します」

 私は何とか返答した。川田先生はそんな私の顔をじっと見つめてから視線を落とした。

「私は、野島さんには進学することを選んで欲しいのですが、無理強い出来ないわね」

「……」

 川田先生には既に私の希望する進路、卒業して就職することを伝えている。

 だから、夏休みは就職活動に専念する心算だった。

「困ったことがあれば、夏休み中でも構いませんので連絡をして下さい」

「はい、有難う、御座います」

 私は川田先生に一礼して踵を返した。

 少し歩く速度を速めて昇降口へ急ぐ。

 靴を外履きの革靴に履き替えてから昇降口に出ると、人目を引く金髪で長身の女生徒が振り返った。緑色の神秘的な瞳が私を映す。

 彼女は高等部一年生でこの五月から私達は友人として付き合い始めた。

 名前はカテリーナ・富樫(とがし)。この私立学校の理事の一人が彼女の養母(おかあ)さんだ。

湖乃波(このは)遅かったね。早く行かないと送迎用のバスが出ちゃうよ」

「あ、ごめん」

 金髪の女生徒の後を駆け足でついて行く。

 学校から山陽電鉄須磨駅までの送迎バスがクラクションを二度鳴らす。これは後五分で発車しますという合図だ。

「セーフ」

 彼女と私がバスの冷房の効いた車内に飛び込むと同時に昇降口のドアが閉まる。当然、一番最後なので座席に空きは無く、吊り革に掴まるしかない。

 上に手を伸ばす。背伸びをしてようやく吊り革が掴めた。

最近、背が伸び始めた私だけど、それでも百五十二センチとまだ背の低い部類に属する私にとってバスでの通学はちょっと辛い。どうしても爪先立ちに近いので踏ん張ることが出来ず、バスが急停止やカープを曲がる度私の身体は左右に持って行かれるのだ。マスコットキーホルダーの人形は、何時もこんな気分を味わっているのかな。

 揺らぐ私の身体をカテリーナが支えてくれる。

「あ、有り難う」

「気にしない、気にしない」

 逆にカテリーナの身長は一七二センチあり、女子では背の高い部類に入る。おまけにスタイルも良い。

 学校での彼女は髪形を両側止め、ツインテールに纏めて学校指定のカッターシャツとチェックのスカート、夏用のチョッキと大人しいけど、外出時の服装は女性の私から見ても大胆だと思う。

 先々週に元町までアイスクリームを食べに出ていた時は、黒のビスチェの上にショート丈の皮ジャンを腕捲りして羽織り、黒のデニムのショートパンツに皮ブーツとワイルドな出で立ちだった。

 彼女の容姿(スタイル)の良さを際立たせる服装であり、長い腰まである金髪をサイドテールに纏めてすらりとした項を覗かせいるから、何人もの人が彼女を振り返っていた。

 フランスとドイツのハーフの祖父と日本人の祖母が結婚して出来た父親が、アイルランドとイタリアのハーフの母と結婚して彼女が埋まれたそうだ。彼女の日本人離れした美貌とスタイルもそれを聞くと納得できる。

 家族総出で欧州の雑貨を扱う仕事をしていたが、彼女を残して事故で亡くなり、祖母の遠縁にあたる富樫家に引き取られたと話していた。

 私も去年の夏に母を失い独りになった。私自身母を失ったショックから完全に立ち直っていないけど、彼女は母親だけでなく全てを失くしたんだ。

 彼女が心に受けた傷はどれ程深いのだろう。でも彼女は普段、そんな事を微塵も周りに感じさせず気丈に明るく振る舞っている。

 彼女が私に声を掛けたのも、同じく家族を失った私を気遣ったからかもしれない。

「湖乃波は夏休み、どうするの?」

「ん」

 カテリーナが目を輝かせて聞いて来る。きっと行動力のある彼女は夏休み期間限定のイベントやスイーツ等を既に調べていて明日からそれらを満喫すると思う。

 でも私は残念ながらその魅力的な企画に付き合う時間は無い様な気がする。

「私は、中等部を卒業したら、安い公立高校に進学か、就職するから、その事前準備だよ」

 そう、川田先生の心配するように、私はこの夏休みでこれから先、自分は来年からどう生活するのか決めなくてはならない。

「中学卒業までは狗狼(くろう)が、学費とかの金銭面の面倒を見てくれるけど、それ以降は自分で生活しないと、いけないから」

「そっか、湖乃波はここの高等部に進学しないんだ。クロさんは進学しない事を知ってるの?」

 カテリーナの問い掛けに私は頷いた。


 私は今年の4月、母の亡き後、ずうずうしく我が家に転がり込み居付いた叔父に借金の形として売り飛ばされるところだった。

 その私を叔父に依頼されて受取先まで運んだのが、私の今の保護者で運び屋を営む(いぬい) 狗狼だ。

 彼は道中半ばから叔父が行方をくらませたので、私を叔父の借金回収に訪れた人達に渡して報酬を受け取ろうとした。

 しかし彼等は報酬を支払う義理は無いと狗狼の要求を突っぱねたので、狗狼は私を彼等に引き渡さずにそのまま逃亡。

 叔父が私と母の住んでいた家や家具を一切合財売り飛ばして、その金を持ち逃げした為、私は家無し、金無し、身寄り無しの三無い状態で、もう何処で死のうかなと考えていた。

 そんな私に狗狼が、私を借金取りに引き渡す叔父からの依頼を果たさなかったから違約金を払わなければならないが、素寒貧で手持ちがないので私を中学卒業までの一年間面倒を見るってことで許して欲しいと申し出て来た。

 狗狼が私を助ける為に違約金の話を作り上げたのか、それとも元からそんなルールを彼が決めていたのか、それは私には解らないけど、ただ私に断る理由は無くその申し出を受け入れた。

 本来なら、彼は運び屋で裏稼業を生業とする闇社会(ダークサイド)の住人で、本当に信用すべき人物でないのかもしれない。

 でも私は彼の申し出を聞いて安堵(あんど)した。そして嬉しかった。

 不覚にも涙を流しながら思った。彼は信用出来る人だと。

 叔父と同じ世界に属しているが、心は全く違う人だと、そう思った。

 そして狗狼と住居に改造された倉庫での共同生活が始まり、私は色々と彼から学んだ。

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