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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第三話 1年目 夏 六月
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四章 レッド・バード(4)

                      3


 中埠頭の事務所兼住宅に着いたのは午前三時を過ぎであり、ようやく長い厄介事が終わったのかと俺は207SWを下りて両肩をぐるぐると回す。

 昔は夜通し車を走らせて肩こりなど起きなかったものだが、齢を取った為か運転しなくとも不意に肩こりを自覚してウンザリすることがある。齢は取りたくないものだ。

「ただいまー」

 俺の声にテーブルに顔を伏せていた湖乃波君と、ソファに寝ころび仮眠をとっていた運び屋の彼女が身を起こす。

「お、お帰り。お茶、淹れる」

「いや、いい。君は早く眠りなさい」

 テーブルではよく眠れないのか目をしょぼつかせながらキッチンへ向かう湖乃波君の背中へ俺は声を掛けた。

 明日が休日とはいえ子供の夜更かしは良くない。

 すると湖乃波君は振り返りじっと俺を見上げてきた。

 その澄んだ黒瞳が何時もの感情を読み取れない光から、何かもの言いたげに潤んで変わっているような気がして何となく俺を後ろめたい気分にさせる。

「あー、うん、お茶は飲みたいな」

 くるりと俺に背中を向けお茶の支度を始める湖乃波君の背中を眺めながら、いつだって男は女に敵わないものだという真理を再認識した。たとえ、それが三十歳以上離れた年頃の娘でも、だ。

「無事だったのか。見た目と違って荒事に慣れているようだな」

 苦笑する運び屋の彼女に俺はウインクで応じた。

 まあ、二十年以上も日の当たらない仕事に従事していると、身を守る方法のひとつやふたつは身に付けてるわけですよ。

 俺は左手の小さな紙袋を彼女の前のガラステーブルに置いた。

 左掌よりやや大きい程度の荷物だが見た目とは異なりそれなりの重さがある。紙袋の中身とガラステーブルが接触して重々しい音を立てた。

「君の物だ」

 彼女は俺とテーブルの紙袋を怪訝な面持ちで見比べていたが、直ぐにこの荷物が何か心当たりがあったのか表情を引き締め、紙袋の口を開けて中身を取り出さずに覗き込んだ。数秒、その中身を見つめてから、一息ついて目を閉じた。

 コルト・ディティクティブ。

 マルコの手から取り返した今のご時世では非力とも取れる六連発の回転式拳銃にどんな思いれがあるのか解らないが、彼女の支えになっていることはその表情からも読み取れた。

 俺が大事に保管しているスチレットナイフに抱いているような思い入れを、彼女もその小さなリボルバーに抱いているのであろう。

「取り返してくれたんだ。嬉しいね。とても大切な物だから」

「まあ、運び屋のサービスだ」

「私も運び屋だけど」

 改まってお礼頭を下げる彼女を手で制して、俺は冗談で応じる。

「ほうじ茶、淹れたよ」

 湖乃波君がほうじ茶を淹れてくれたので、俺もテーブルについて一息つく。

「あ、これは美味しい」

 運び屋の彼女がグラスに口を付けて驚いたように呟いた。

「よかった。初めてほうじ茶ラテを作ったんです。ほうじ茶の味わいが無くなっていないか心配だったんです」

 お盆を胸前に抱えて笑みを浮かべる湖乃波君へ、彼女は温かい笑みを浮かべて頷いた。

「うん、私は好きだな。この味」

 そんなまったりとした雰囲気は、俺が此処に一人で暮らしていた頃に決して無いものだ。俺はそれに居心地の悪さを覚えながらも、反面、これも悪くないと思う俺がいることも自覚している。

 そんな中、俺はある提案を運び屋の彼女に持ちかけてみることにした。

 これがうまく行けば、一見取っつき難そうだが悪人ではないだろう彼女と湖乃波君が仲良くなってくれるのではないか。そんな気がした。

「えーと、今日の夕方、この()がゴーヤーチャンブルーを初めて作るんだ。もしよければ、試食してくれて感想を述べてくれるのなら助かるのだが。どうだろう」

「私が?」

 彼女が戸惑ったように俺を見返し、続けて湖乃波君に視線を転じる。

 湖乃波君は私は問題無いという様にコクコクと二度頷いて同意を示した。

「私も、食べて欲しいです。いろんな人の意見も聞いてみたいし」

 うーむと腕組みをして考え込んだ彼女は、「ごめんなさい」と言って頭を下げた。

「御免、私は子供の頃に爺が作ってくれたゴーヤージュースを飲まされて以来、ゴーヤーは苦手なの。とても嬉しいけどゴーヤーだけは勘弁して」

 ゴーヤージュースって何だ? それに、また爺って言ったぞ。ひょっとして何処かのお嬢様かね、君は。

 それにしてもゴーヤーが苦手なのか。それは残念だ。

 俺が横目で湖乃波君の表情を伺うと、湖乃波君も彼女と同じように表情を暗くして済まなそうに目を伏せている。

「しかし、嫌よ嫌よも好きの内だしな。騙されたと思って食べてみてはどうかな」

「で、騙すんでしょ」

 子供か君は。

「だから、苦みを抑える作り方もあるんだ。ゴーヤーの苦味は種を包む白い綿を取り除けばかなり抑えられるし、その後の塩もみと湯ざらしで更に食べやすくなるんだ」

 その湯ざらしもただの湯では無く、ワカメと鰹節の濃いめに取られた出汁に付けると風味が付いて良くなるんだが。

「そ、そうなの?」

「そう」

 彼女の懐疑的な視線に俺は重々しく頷いて自信のほどを見せつける。

「あの、頑張って作りますから、どうですか」

 湖乃波君の援護射撃に彼女も半信半疑ながら「そ、それならお願いしようかな」と小声でつぶやく。

 でかしたぞ、湖乃波君。これで彼女と俺の未来は確定されたのも同然だ。よし、俺も気合を入れて料理するぞ。

「……」

 湖乃波君が何かもの言いたげに俺を見上げている。

「何だい?」

「……別に」

 見透かされているのか、それとも気のせいか。

 その後、、彼女は夜通し運転したから一度帰ってひと眠りした後、昼すぎに、またここへ来ることとなった。

「そういえばお互い名乗ってなかったよね」

 埠頭でBMWミニに乗り込む前に、ふと彼女が振り向いて言った。

「別に気にしていないよ。お互い裏の世界で生きているんだ。俺はブレードで十分だし、君も知られては困ることも多いだろう。通り名だけでいいよ」

「ここまで助けて貰って、私が気にするのよ」

 お互い様だな、と答えようとした俺の前に、彼女は右手を差し出してはにかむ。

小鳥遊(たかなし) 静流(しずる)。通り名はレッドバード。何時の間にか、そう呼ばれている」

「ブレード。(いぬい) 狗狼(くろう)だ」

 俺はその手を握り返した。

 同業者に気を許すなというのがこの世界の鉄則だが、彼女は信用しても良い。そう思わせる何かが彼女にはある。

 その次の日の夕食、湖乃波君と俺が共に作ったゴーヤーチャンブルーは、レッドバードこと静流さんに試食され絶賛された。

 食後の雑談で静流さんによると、朝帰りの原因を追究しようとする世話役の爺さんに、昔飲んだゴーヤージュースについてとても苦かったことを話すと、彼は(うやうや)しく一言だけ述べたらしい。

「でしょうな。あれは失敗作ですから」


                            運び屋の季節 1年目 夏 六月 完


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