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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第三話 1年目 夏 六月
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三章 着払いは高くつく(4)

 食事を終えると俺達は再び車上の人となり、一路神戸を目指した。

「満腹のまま運転していると眠くならないか?」

 俺が仕事中の食事をサンドイッチ程度の軽いものにしている理由はそれなのだ。

 高速道路走行中に満腹で眠ってしまい事故りましたでは命がいくつあっても足りないし、俺に荷を預けている依頼人の信頼を裏切ることになる。

「……」

「眠いのか?」

「……食べ過ぎたかも」

 結構量があったからな、あのうな重。それに彼女も四時間以上運転し続けているので、長い休息が必要かもしれない。

「甲南PA(パーキングエリア)で交代するか。少し休んでおいた方が良い」

 彼女が自分の愛車を他人に運転させるのは抵抗あるかも知れないが、提案はしてみた。

 彼女は俺の右手にちらりと視線を走らせ、「大丈夫、まだ頑張れる」と明らかに強がって見せる。

「高速ならそれ程シフトチェンジは必要ないだろう。大丈夫だよ」

 俺は彼女に運転を代り休息するよう促した。

 今日の目的地までの道程は平穏無事とは言い難く、彼女の負担を考えるとここは彼女を(ねぎら)い交代すべきだ。

 決して彼女の愛車、BMWミニの走りの最高峰であるジョン・クーパー・ワークスGPを堪能したいが為に運転を交代する訳ではないぞ。

「そう、じゃあ、御願い」

 彼女は以外にもあっさりと俺の提案を受け入れてくれた。

 死線を共に潜り抜けてきたからだろうか、彼女の俺に対する態度も幾分か辺りが柔らかくなっているような気がする。

 あくまで気がする程度である。確信するにはお互い出会ってからの時間がまだ短い。

 甲南PAに入った俺達はお互いの座席位置を変え、俺は運転席へ、彼女は助手席へ腰を落とした。

「ふう」

 彼女は一息ついて助手席の背もたれを倒し、深々ともたれ掛かった。狭いJCWGPのコックピットであるがフロントシートのみの2シーター仕様である為、それ程窮屈な閉塞感は感じない。

 今ここで助手席の無防備な彼女に、獣と化した俺ががばっと覆い被さっても良いが、如何せんこれはオープンカー、外からは丸見えでプライバシーもへったくれも無いのである。見られて興奮する性癖等、俺は持っていないし、それに彼女にそんなことをすれば手痛い反撃が待っているに違いない。

 まあ、気長に点数を稼ぐさ。

 駐車エリアから本線側への道路へ移動してアクセルを踏み込みシフトチェンジ、小気味良いエンジンの回転音を響かせながら鋭く加速する。

 シフトチェンジの際、カチリと嵌り込む感触は癖になりそうだなと感心しながらギアを6速まで上げ追い越し車線に飛び込む。

 オープンの為か、極太のエキゾーストから響く轟音が運転する俺の心音と重なり興奮させてくれる。またステアリング操作に対する車体の追随性の良さはまさしくゴーカートスタイル。必要以上にコーナーリングの速度を高くしてしまった。いかんいかん、これは彼女の車だ。自重自重、時速120キロまでアクセルの踏み込みを緩める。

 新名神高速道路は直線が多く運転しやすい道路の為、ついアクセルペダルの踏み込みが強くなり、気が付けば半端ないスピードへ達してしまう。

 しかし、いい車だな、コレ。

 車体が軽く加速し易い上、車高が低く安定感もある。BMWミニはあまりにもクラッシックミニと似ても似つかないデザインの為に敬遠していたが、これはこれでいいものかもしれない。

 これからの予定が無ければ白山白川郷ホワイトロードまで足を延ばし、このミニでのドライブを堪能するのだが。

 俺は助手席で眠る彼女に目をやった。

 静かに寝息を立てる彼女から、起きている時のつっけんどんな態度は誰も想像出来ないだろう。いや、このミニの咆哮ともいうべき排気音の中で眠れるのは、やはり彼女が只者ではないということか。

 幸い覆面パトに遭遇する事も無く兵庫県西宮市迄戻って来た。

 さて、これからどうするべきか。一旦、倉庫まで寄って貰って207SWに乗り換えるか。それとも彼女にマリオなんたらのキャバレーまで送ってもらうべきか。

 熟考した結果、俺は彼女に倉庫まで送って貰い、一人でマルコなんたらのキャバレーまで行くことを決断した。

 もしこのままキャバレーまでミニで行けば勝気な彼女の事だ、必ず店の中まで同行すると言い出すに違いない。足手まといだとその場ではっきり言えればいいが、相手が美人だと強気の態度に出れない俺は押し切られる可能性が大いにある。

 そうと決まれば彼女とのドライブもじきに終わりだ。BMWミニJCWGPにも乗ることが出来たし、美女の同業者とも知り合うことが出来た。危険の多い依頼だったが得るものも多かったといえよう。

 助手席で彼女が身動ぎして薄く目を開ける。暫く薄ボンヤリとした視線で俺を見上げて、状態をのろのろと起こす。ひょっとしたら低血圧ではなかろうか、寝起きが不機嫌な人でなければいいのだが。

「……あ」

 現状を理解したようだ。

「おはよう」

 彼女は凝りを解す様に首を左右に振って肩を揉む。やはり2シーターで通常のBMWミニよりフロントシートのスペースが広いとはいえ、リラックスして寝るには窮屈という事か。

「私、結構寝てたよね。今どこ?」

 彼女は左右を見回す。

「魚崎出入り口か。もうじき着くわね。どうするの?」

 彼女の質問は、これからどうやってマルコなんたらに一泡吹かすか、という事だろう。

彼女はきつーいお返しを望んでいる様だが、正直言って俺に策などあるわけがない。無謀無策とっても素敵、だ。

「いや、それなんだが、俺の車を取りに行って、君とはそこでお別れだ」

 俺の案が気に入らなかったのか、彼女の細められた眼差しがレイバン奥の俺の眼を射抜く。

「何で?」

「これから先はとても危険なんだ。相手は平気で人を手に掛ける輩で、俺が迷惑料を頂戴と押しかけても迷惑料分の銃弾をプレゼントしてくれる可能性が非常に高い」

 高いどころか、きっとプレゼントしてくれるに違いない。

「尚更、一人より二人の方が安心じゃない?」

「君が荒事に慣れていれば、な」

 俺の言わんとすることが理解出来たのか、彼女は口を(つぐ)んで俺を睨みつけた。

 そんな目をしても駄目なものは駄目なんだよ、御嬢さん。

「相手に銃を突き付けてホールドアップなんか警告しても、多勢に無勢だ。そいつを見捨てて襲いかかって来るさ。そうなればこちらはなす術も無い。おしまいだよ。それに相手は偽の依頼を用意してまで俺達を葬りたいんだ。躊躇(ちゅうちょ)や手加減して何とか出来る相手ではないさ」

 中埠頭駅にミニの排気音が鳴り響く。それがいっそう、彼女と俺の間に落ちた沈黙を重くさせる。

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