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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第三話 1年目 夏 六月
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三章 着払いは高くつく(2)

「ちょっと待っててくれないか」

 彼女を残し、俺だけミニを下りて再度辺りを見回す。

 駐車場の四隅から同時に車のドアが開き、また閉じられる音が暗闇に響く。

 こちらに向かって歩いて来るのは、スーツ姿の派手なアンちゃんからTシャツとジーンズを無造作に着込んだ筋肉ダルマなど、服装や年齢は様々だが共通要素としてどこか堅気に見えない男達だった。時間からして十中八九、彼等が荷の受取人であろう。

「あんた等がこのジェラルミンケースの受取人か?」

 彼等に囲まれる前に、俺は一番高価そうな白いスーツを着たずんぐりと太った男にむかって右手のジェラルミンケースを前に突き出した。。

 白スーツは立ち止まると、何が楽しいのか背後の男達を振り返ってから笑みを浮かべて「ああ、そうとも」と勿体ぶったように答える。

「なら話は先方から聞いてると思うが、このジェラルミンケースの爆発を止めてくれないか。取手のスリットにカードを差し込むと止まるはずだ。あと七分で爆発するんだからとっとと止めてくれ」

「解っとる。こんなところで爆発させたらテロリストと間違われるんでな。おい」

 白スーツが自分の背後に控えるチェック柄の派手なジャケットを羽織った若い男に顎をしゃくった。

 俺も一歩前に出て、更にお辞儀するように頭を前に下げる。頭上に風切り音を認めると同時に踵を後方に跳ね上げて手ごたえを感じた。

「おふっつ」

 腹を蹴り上げられた筋肉達磨が腹を抑えてよろめく。

「おいおい、大人しく掴まってくれんか。時間が無いんや。わしらまで爆発に巻き込まれるがな」

「やっぱり、俺達を消す予定か。途中で爆発させておきたかったんだろうが、人選を誤ったようだな。ギリギリ間に合ってしまったよ」

 俺の言葉にも白スーツは別に気にした様子も無く勝ち誇ったように嘲笑してきた。

「時間に間に合おうが、このまま時間が来ればどうせ死ぬんや。どうせなら男らしく大人しく死んだらんかい」

 他人事と思って好き勝手言ってくれる。

「嫌だね。出来るだけ足掻いて一人でも多く道連れにしてやるさ。こんな風にな」

 俺は右手のジェラルミンケースの取っ手から手を放し、半円を描くよぅに白スーツに向かって右手を振った。俺の右手と取っ手を繋ぎとめていた包帯が、ぶちぶちと音を立ててちぎれてジェラルミンケースが宙を舞う。

「へぶっ」

 飛んで来たジェラルミンケースに顔面を直撃され仰け反った白スーツが立ち直るより早く、俺は素早く駆け寄り奴の足元にカッティングキックを見舞った。

 白スーツが半回転して肩から地面に倒れる。

 他の男達は危険物を投げ付ける行為に度肝を抜かれたのか、事態を理解するのに手間取っている様だ。

 俺はこれ幸いと倒れた白スーツの右膝を踏みつけて関節を壊しておく。

「動くな!」

 背広の内ポケットからアップルゲート・コンバットフォルダーを抜き取って、刃を起こしながら声を上げて男達を威嚇した。

 右掌に鈍痛が湧くので左手に持ち替えて白スーツの首筋に突き付ける。

「のどに穴を開けられて死ぬのはすごーく苦しいぞ。試してみるかい。それとも」

 俺は傍らに転がっているジェラルミンケースを手に取って倒れた白スーツの胸の上に乗せた。

「コードをぶった切って俺と共に死ぬか。どうだ?」

 白スーツは鼻血に塗れた顔を左右に振った。血が器官に入って喋り難いのか、ゴホゴホと咳き込む。

「ほら、お前等も隅っこに移動。とっとと歩く」

 非力な牧羊犬に追い立てられる牛の様に、駐車場の隅へ男達がのろのろと移動したのを確かめてから、俺は彼女にミニを傍に寄せるよう指示した。

「じゃあ、なぜ俺達を消そうとするのか、喋って貰えるか?」

「……」

 俺の要求に白スーツは沈黙で応じた。

 首筋に突き付けられた刃が気になるのか、僅かに首を逸らして逃れようとする。

 時間があれば喋らせる方法など幾らでもあるのだが、今は時間制限つきだ。悠長な事などしていられない。

「困ったな。俺はあんたと心中する気は無いんだ。早く喋ってくれないと困る」

 ジェラルミンケースの取手に表示された残り時間が5:17と表示されている。このまま放っておいて帰ってもいいが、この先、マルコなんたらがちょっかいを掛けてこないとも限らない。ここはこの依頼の背景を探っておくべきだ。

 俺は白スーツの首筋からナイフを外して立ち上がった。

 白スーツの表情がわずかに緩む。

 彼は俺達が情報の取得を諦め、このまま退散する事を願っているのであろう。その後は部下に命令してこのジェラルミンケースを駐車場の外に放り投げさせればよい。

 しかし、そうは問屋が下ろさんのだよ。

 俺はしゃがみ込んで白スーツの太腿の内側に素早く二度、アップルゲートの長い刃を差し込んだ。刃先を抜き取った途端、間欠泉の様に赤い血潮が吹き上がる。

 何をされたのか理解した白スーツが、みるみる赤く染まっていくスラックスにパニックを起こした屠殺場の豚の様に騒ぎ立てて傷口を押さえようとした。

「まあ待て。止血ぐらいしてやるよ」

 俺は白スーツの太腿をジェラルミンケースの取っ手に張り付いたテープで三重ほど巻いた。これで出血多量でくたばるまで多少の時間は稼げるだろう。しかし爆弾の爆発予定時刻である二十二時まであと僅かだが。

「どうする? このまま失血死するか、それとも二十二時と共に爆死するか、好きな方を選んでいいぞ。病院に運んでやってもいいが、連れて行く途中で爆発するのは解り切っているから、あんたの協力がいるんだ」

 病人の様に青ざめた顔色となった白スーツは震える指で自分の胸ポケットを指し示した。

「この中の緑色のカードを、取っ手の、ス、スリットに差し込めば、爆弾は解除、出来る」

 俺は白スーツの胸ポケットに指を突っ込み、一見して銀行のキャッシュカードによく似た緑色のプラスチックカードを探し当て取り出した。

 ついでに内ポケットから札入れを取出し、俺の背広の内ポケットに納めるのはほんの愛嬌だ。

「これだな」

 俺は奴の眼前で見せびらかす様に、ひらひらとプラスチックカードを上下させる。

「そ、そうだ」

「で、なぜ俺達を消そうとするのか? 質問に答えてくれ」

 スリットまでカードを近づけて差し込む直前で動きを止める。やっていることは悪どくスマートではないが、こちらも命が掛かっている。

「わ、解った。問題はあの銀行は銀行強盗に入られたんやけど、金は一文も盗られてないんや」

 まあ、あの銀行に入った三人組も金は持っていないと言っていたしな。

 とすると、何故狂言強盗が必要だったのか。本来銀行が持っていなければならない金が、何らかの理由で紛失してしまったとか、か?

「海外資本の、あの銀行はな、止めとけばいいのに、アフリカのある国から金を融資する代わりに、レアメタルつうんか、まあ、そんなモノが出る山の所有権を一定期間譲ってもらったんや」

 バブルの夢よ、もう一度か? 言葉通り日本経済が弾けた後、土地は下落して株価は大暴落した。当時は銀行も、欲をかいて手を広げ過ぎた事業の尻拭いに追われかなり痛い目にあったはずだ。

 俺は当時も今も金は無く、大した違いは無いが。

「さあ掘り出そうと準備しとったらな、運の悪い事にエバラやったかな、性質の悪い病気がその国で流行ったんよ。身体の穴から血がどばどば出るヤツ」

 もしかしてエボラ出血熱か? エバラは焼き肉のタレだぞ。

「銀行のお偉いさんがどうしようか面突き合わせて悩んどる間に、御上から渡航禁止やらなんやらでその国に行けんようになってしもうたんや。そうこうしとる間に、山を好き勝手出来る期間がのうなってもうて、金をどぶに捨てたような結果となったわけや」

 白スーツはジェラルミンケースの取っ手の表示を気にしているのか、かなり早口で説明している。合の手を挟む余裕も無い程だ。

「で、損した金は株主が目引ん剝いて怒り狂うぐらいの額で、それやったらと荒事専門のボスのところへ話が来て、狂言強盗で金がのうなった事にして、保険で穴埋めすることにしたんや」

 なるほど、後は強盗役とそれに関わった運び屋を始末して隠蔽(いんぺい)完了ってわけだ。まあ何処からか情報が漏れて狂言強盗がばれる可能性を考えたら、後腐れの無い様に口封じした方が安心出来るのだろう。

 かといって俺は大人しく殺される気など毛頭も無いがな。

「は、はようカードを通せや。あと一分でばーんやぞ」

「お、失礼」

 俺は約束通りスリットにカードを通した。取っ手の液晶表示が0:52で停止する。

「このカードをもう一度通すとどうなるんだ」

「また動くんや。あかんで、通したらあかんで」

 ……通して欲しいのか?

 俺は愛用のネクタイをシャツから解いて、白スーツの太腿を縛った。それからナイフで太腿に張り付いたテープを切断してジェラルミンケースを持ち上げる。

「このジェラルミンケースとカードは貰って行くぞ。追い掛けて来たらカードを通して投げつけてやるから大人しく見送るように」

「何処にでも行きさらせ、疫病神」

 白スーツは邪険に手を振った。出血と助かった安堵感で後を追う気力も無いのであろう。

 俺は死神か疫病神の閉じ込められたジェラルミンケースを片手に、BMWミニの助手席に腰掛ける。

「お待たせ、さあ帰ろうか」

「何処へ?」

「勿論、御礼参りさ。それなりの責任は取って貰わんとな」

 運び屋は契約違反者を野放しにしてはいけない。

 今後の仕事で契約を軽く見る者が増えてくる恐れがあり、今まで契約を守ってきた依頼者への礼儀でもある。彼等は俺を信用して仕事を依頼してくれているのだ。

 尻尾を巻いて小屋に閉じこもる運び屋など、頼りなさすぎて仕事を任せられないだろう。その世界のルールは隣でミニを駆る彼女にも解っているはずだ。

「じゃあ、帰る前に奢りの晩御飯ね」

 解っていると思いたい。

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