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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第三話 1年目 夏 六月
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二章 依頼品、俺様(7)

「ちょっと、貴方のせいでこうなってるんだから、ぼさっと座ってないで何とかしたら!」

 夜で通行量は少ないとはいえ普通に走行している一般車両もおり、彼女はそれらを交わしながらキャデラックから逃げようとするだけで手一杯で、つい助手席にいる役立たずに厳しい言葉が飛んだ。

 しかし、この状況下でどうしろと。開き直ってキャデラックのフロントガラスにダイブするか? そんな事すれば一瞬の間にミンチになるぞ。

 それとも一旦高速を下りて国道307号線へ逃げるか。一般道へ出れば小回りの利くミニの利点が十分に生かすことが出来て、XTSを引き離すのにそれほど苦労はしないだろう。

しかし、それも甲南インターチェンジへ辿り着けたらの話だ。今は時折蛇行を交えてショットガンの狙いが定まらない様に逃げ続ける。

「次の甲南トンネルでキャデラックの後部座席横へ付けることが出来るか?」

「そんな事したら撃たれるでしょ! 何考えてるの」

「出来ればドアが触れるか触れないかぎりぎりのところまで幅寄せして欲しい。それで何とかしてみる」

 彼女は俺を見返して何かを呟いた後、短く嘆息した。

「解った。貴方に任すから、絶対に何とかしてよね」

「承知した」

 俺の返答を聞くと、彼女はサイドブレーキを掛けて半回転(ドリフトターン)を行い、土山トンネルの追い越し車線を逆走した。

 助手席の男が窓からショットガンを突き出した途端、その銃口から長い炎が吹き出す。

「南無三!」

 ミニのフロントガラスの右上端が砕けフロントガラスに蜘蛛の巣状のひびが入るのを、俺は黒手袋(グローヴ)をはめた手でフロントガラスをぶん殴り視界を確保した。

 猛スピードですれ違ったミニとXTSだったが、ミニは再度ドリフトターンすると、アクセルを踏み込み、XTSの後部座席右側へその小さな車体を並ばせた。

 XTSの後部座席の男はショットガンの銃口を並走しているミニへ向ける。

 向こうの方が早い。タイミングが遅かった。

「躱せ!」

 俺の指示が間にあったかどうか。

 次の瞬間、後部座席の男は自分の視界からミニが掻き消えて目を丸くしただろう。

 彼女は急ブレーキをかけてXTSをやり過ごすと、直ぐに加速して今度は助手席側へミニの車体をくっ付けた。

 俺はシートベルトを外して運転席の彼女に覆い被さるようにして運転席側へ身を伸ばす。

 XTSの後部座席の男も慌てて振り返りながら身体を捻りショットガンの銃口をミニの運転席へ突き出す。

 固いものが当たり合う音と共に後部座席の男が驚愕に目を見開き、俺は口元に不敵な笑みを浮かべる。

 それもそうだろう。突き出されたショットガンの銃口に蓋をするように、俺の両手で構えたジェラルミンケースが押し当てられているのだから。

「成程ね」

 彼等が問答無用で売ってきたら双方爆発に巻き込まれて一巻の終わりだったが、キャデラックの奴等はこのジェラルミンケースの中身が何なのか知っている。それを知っているのはあのショーバブの出来事を知っている者、となると此奴等の正体を推測するのは容易い。

 店のオーナーであるマルコ・チャリチャンミの部下と推測できる。

 いや、そう判断するのは早計だろう。何らかの形でその場に居合わせた者から、このジェラルミンケースの中身とその仕掛けについて訊き出した者もいるかもしれない。

 ミニはXTSの動きと速度に合わせて、ショットガンの銃口とジェラルミンケースが離れないように彼女の絶妙なハンドル捌きで追随している。

 いい腕だな。しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。

 俺はジェラルミンケースから手を放し、肘を伸ばしながら手首を返した。ショットガンの銃身にコードが巻き付いてアタッシュケースが引っ掛かる。

「ブレーキ!」

「はい!」

 ミニの減速に合わせて後部座席の男の手からショットガンがもぎ取られ、高速道路の路面を後方へ滑って行く。

「取り敢えず、一番の脅威は取り除いたが」

 今度はXTSがスピードを落としミニと並走してくる。横っ面をぶつけてくるのを加速とハンドル捌きで切り抜ける。

「意地でも通さない心算なんだろね」

「しつこいわね、諦めなさいよ」 

 甲南PA(パーキングエリア)横を通り抜け、緩やかなカープに差し掛かった時、XTSは車線を変えてミニの真後ろについた。

「如何やら君のお尻に突っ込むつもりらしいな」

「変な言い方するな!」

 アメリカンマッチョは彼女の好みではないらしい。

 XTSの姿が大きくなってくる。

「来るぞ」

 俺は来たるべき衝撃に備えて身を引き締めた。

 残念ながらミニとXTSでは車体重量に差があり過ぎる。このスピードでオカマを掘られると、下手をすれば空を飛ぶかも知れない。

「なめないでよね!」

 彼女の両手首が高速で円を描く。背後から来る軽い衝撃と共に俺はミニの車体が百八十度回頭するのを感じた。更にXTSの車体に沿ってもう半回転。

「わあお」

 ピタリとXTSのテールバンパーにミニの鼻面を押し付けて加速した。そのまま押し出されるXTS。

 XTSの運転手と後部座席の男は何が起こったか理解する間もなかっただろう。

 ミニがカープを離脱する際にXTSの後部右端に車体を当てて離脱する。

 XTSはスピンしながらガードレールに衝突、不幸な事に部品をまき散らしながら跳ね返ったところを、運転席側からトラックに追突されてそのまま横転、何度も路面を転がった。

「トラックの運ちゃんは無事だと良いけど」

「仕方なくは無いが、下手をすると俺達がああなっていた。生きて切り抜ける事を優先するしかなかっただろう」

 バックミラーを覗き込んでトラックの身を案じる彼女に、俺は敢えて突き放した言い方をした。

 こんな商売をしている以上、どこかで俺達と俺達の運んだ荷物の被害者が増え続けるのは解り切った事だろう。それが嫌なら今すぐこの稼業から足を洗うべきだ。

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