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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第一話 1年目 春 四月
6/196

一章 最後の依頼(6)

 待て、一人足らない。自動ドアの前で振り返る。

 いた、食券の券売機の前で、形によい眉をよせて前かがみになって考え込んでいるようだ。その少女に背後には、つま先で床を鳴らすトラック運転手らしき若い男がいた。かなりイラついているようだ。

「どうした?」

 少女の背中に声を掛けると、その若い男が振り返りぎょっとして身を引いた。少女も振り返って暫くこちらを見つめていたが、また視線を券売機に移した。

「どうした? 何を食べるか迷っているのか」

 少女は券売機を、まだ睨み付けている。ひょっとして、親の仇だろうか? いや、まだ死んでなかったな。

「これ、高い」

「は?」

「全部、ものすごく、高いんです」

 少女は俺に向き直って、一言一言区切るように説明した。

「………」

 まあ、確かにSAの食事は全体的に高めだ。しかし、それは地域の特産を使っている為、割高になっているのであって、ぼったくりなわけではない。

「えっと」

 さて、どうすればいいかな。野外の安い食いもの屋はすでに閉まっているし。

 少女の視線が下がり俺の両手へ向いた。正確にはその手の中の中華サラダサンドと玄米茶に、だ。

「それ、美味しい、ですか?」

 少女と俺は右手の中華サラダサンドを眺めた。美味しいのか、不味いのか。答えは今出さねばならぬのか。

 無言で包み紙を開けて一切れを取り出す。

 普通、中華サラダといえば冷やし中華もどきとも言うべき、卵焼きやハム、キュウリが挟まっているはずだが、何故これはレタスとエビと赤いソースがパンとパンの間に挟まっているのか? 本当の名前はエビチリサンドではないのかと思いつつ、俺はそのサンドイッチを一口かじった。

「………」

 結局、俺は少女を伴ってコンビニへ引き返し、少女にはアンパンと先程購入したものと同じ玄米茶を、俺は良く冷えた炭酸水と口直しのカロリ〇メイトを購入した。

「あ、有難う、ございます。でも、いいんですか?」

 ぺこり、と一礼する少女へ、俺は別に構わないと手を振った。

「いいよ、ついでだし。後で必要経費に入れておくから心配しなくていい。しかし」

 俺は炭酸水を一口飲んで口腔内のひりつきを治めながら、中華サラダサンドの味を思い出した。

 あれは【中華サラダサンド】ではなく【輪切唐辛子サンド】に商品名を変えるべきだ。サンドイッチで、あれが売れ残っていたのがよく解った。何故、あんなモノがSAのコンビニで売っているのか。運転中に齧ったら、事故って死ぬぞ。

 俺は207SWに戻って食事する為、フーズエリアを抜けると少女も何故かついて来た。

 リモコンキーでドアのロックを解除して、どうしようか迷ったが後部座席のドアを開いて乗るように促した。少女はすみませんという様に頭を低くして後部座席に腰掛ける。

 俺の数少ないルールに車内での飲食禁止があるが、目の前で俺が食事をしていたのでは説得力が無いと思い、ここは妥協しておく。

 バックミラーに目をやると、少女が小さい口でアンパンを齧っているのが目に入った。何故か、頬袋に餌を詰め込もうとしているシマリスが頭に浮かんだのだが、それは黙っておくことにする。

「両親と一緒に食べなくてもいいのか?」

 俺は疑問を口にした。あまりにもこの親子は会話が少な過ぎる。その疑問がその言葉を吐き出させた。

「………」

 少女の食事が止まる。暫くした後、少女は玄米茶で口腔内のアンパンを流し込み一息ついた。

 俺は全く味のしないカロ〇ーメイトと炭酸水で、舌にこびり付いた赤いソースを喉奥へ洗い流した。暫く中華は食べたくない。

「両親、じゃない……。叔父さんと知らない女の人」

 少女がポツリと呟く。

 少女の言葉は聞かなかったことにする。知ったところで俺がどうこう出来るわけでもない。

 少女はそれ以上言葉を続けず、黙々と食事を続けた。彼女が二人の同行者についてそれ以上説明しなかったのは、煩わしい物事を忌避したい俺にとっては、とても有難かった。

 アンパンを食べ終えた少女はアンパンを包んでいたビニール袋の口を広げてから、俺に左掌を向けた。アンパン一個だけでは物足りなかったのだろうか。

「ゴミ、捨てて来る」

 少女の視線がカロリーメイトの空箱と、中身の飲み干されたペットボトルに向けられていた。一緒にごみ箱に捨ててくるということだろう。

 俺からゴミを受け取った彼女は、SAの分別ごみ箱へ捨てに行った。その彼女の背中と揺れるポニーテールを見ながら俺は、少女にとってこの仕事は幸いなのか、それとも不幸の始まりなのか、考えなくてもよい事を頭に浮かべた。

 二十二時十分、少女の叔父と少女にとっては知らない女性が車に戻ってきた。叔父は少女が先に車に車に戻ってきているとは思っていなかったらしく、鼠のような顔に下心のありそうな詐欺師めいた笑みを浮かべて、少女を気遣ったいる様に声を掛けた。

「あれ、コノハ、先に戻っていたのか。声を掛けてくれないと困るよ。探したじゃないか」

 コノハと呼ばれた少女は叔父の顔を一瞥すると、気をつけます、と一言呟いて目を(つぶ)った。

 どうやら彼女は叔父とその連れである女とは折り合いが悪いようだ。そういえばこのドライヴ中も視線を交わさず、窓の外を眺めているか眠っているかどちらかだった。

 彼女の叔父は、彼女の態度に気分を害したのか、短く舌打ちすると俺に同意を求める様に視線を向けた。

「全く、今時の餓鬼は自分勝手で胸くそ悪いな。あんたもそう思うだろう?」

 話を振らないで欲しいものだ。別に俺は子供に好かれようとか、今時の子供に対して教育評論家の様に一説ぶちかます気もない。自分勝手ということに於いては、定職にも就かず運び屋として生計を立てている俺も似たようなものだ。

「シートベルトを締めろ。出るぞ」

 俺は叔父の問い掛けには答えずキーを捻った。

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