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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第三話 1年目 夏 六月
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二章 依頼品、俺様(5)

「あのオーナーはどこの組織にも属していないらしいが、この町の名士と食事を摂っているところを高級レストランで目撃されている」

「名士?」

「ああ、その名士が何処の誰だか名前を教えてくれなかったが、あのオーナーの名前は解った。マルコ・チャリチャンミという名だ。聞き覚えはあるか?」

「全然」

 俺の問い掛けに彼女はにべも無く答えたが、俺もその名に訊き覚えはなかったので別に落胆はしなかった。

「その情報は確かなの」

「あの地域を取り仕切っているイタリアンマフィアの相談役からの情報だ。そのマルコと裏でつながっていない限り、俺を騙す理由は見つからない」

「そうって、一寸待って。あそこを仕切っているイタリアンマフィアっていえば」

「【仮面舞踏会(ラ・マスケーラ)】」

 ミニが一瞬、コントロールを失い蛇行する。その原因が俺の口にした組織に対する恐れなのか、それともそれを口にしながら平然としている俺に対する驚きなのかは俺には解らない。

 俺に解るのは、反対車線を走行する車両がいなくて幸いだったことだ。

「ラ・マスケーラ。確か関西一円に勢力を伸ばす山菱組の下部組織を壊滅させ、手打ちに持ち込んだイタリアンマフィア。彼等は【沈黙の掟(オメルタ)】によって守られて外部の者との関わり合いを持ちたがらないはずだけど」

 俺は彼女の言葉を聞き流した。

 昔、その組織の党首に世話になった事を喋ったりしたら、今度はガードレールに突っ込んでもおかしくは無い。生きる上でも沈黙の掟は必要なのだ。

「そのマルコの生業が何かは解らない。ただ、人の命を奪うことを躊躇しない事からかなり荒っぽい経歴の持ち主かもしれない。あと、この様なものを用意出来るとなると……」

 俺はアタッシュケースに繋がれた右手をブラブラと振ってみせた。

 こんな手の込んだ装置を直ぐ用意できるとなると、過去にそういった犯罪に関わっていた可能性も高い。

「企業専門のテロ組織。ビルや会社を爆破するぞと脅して金をせびる。払わなければ躊躇(ちゅうちょ)なくドンッ。もしくは企業間での荒事請負業。気に入らない企業をぶち壊します」

 思想を持ったテロ組織は何となくあのオーナーには似つかわしくない。金の亡者といった腐臭を伴った上辺だけ上品な意地汚さがもっともしっくりきそうな気がする。

 しかし崇高な思想を人殺しの免罪符とする奴等も、俺にとっては嫌悪の対象でしかない。俺達はどう言い繕おうが、人の命を奪った瞬間に己の命の価値すら見失う畜生道に入り込んだのだから。

 西宮から吹田に抜けて名神高速道路に入った俺達は、会話が弾む事も無く、ただ前方の道路を見つめて走り続けた。

「そのアタッシュケース。中に何が入っていると思う?」

 彼女は俺の右手にぶら下がったアタッシュケースを、本当に余計な仕事を引き受けた、とでもいうかのように眉を寄せて迷惑そうに睨みつけた。

 彼女としては俺なんか今すぐに、ここで車外に蹴落として走り去りたいところだろうが、俺がアタッシュケースを抱え込むことになったことが、自分を助ける為だと解っているだけに、そうそう薄情な真似が出来ない事にイラついているのだろう。

「まあ、コードを切ろうとした時の彼奴の驚き様から、爆弾あるいはそれに匹敵する危険な仕掛けがあるのは間違いないだろう。そこまでして先方に引き渡さなければならないものはなんだ? 奴の店の裏帳簿の様なつまらないものとも思えないが」

 下手をするとこのアタッシュケースと心中する可能性のある俺としては、俺の最後を飾るのに相応しいものであってほしい。

「六百万ドルぐらい入っていて、爆発すると札束の雨が降る。これでどうかな?」

「真面目に考えたらどう。どうしても相手に届けたかったら、運び屋より銀行振り込みの方が確実よ」

「だよな」

 俺みたいに銀行口座を持っていなかったは無いだろう。

 ちなみに俺も最近銀行に口座をひとつ作った。

 湖乃波君の通う学校の授業料を支払う為に必要になったわけで、この口座に授業料を蓄えておき月に一度、学校の口座へ授業料を移すこととしている。修学旅行費などはコツコツと貯めておく必要もあり、宵越しの金を持ち歩かない生活を送っていた俺としてはこうでもしておかないと授業料が払えない事態に陥ってしまうのだ。

「でも始まりは金なんだ」

 俺は昨日の男達が銀行を襲撃していることや、彼等が金は無いと言っていたこと、金の入っているべきバッグの中身は新聞紙が詰めてあったこと、そして俺と彼女が殺される予定だったことを説明した。

「じゃあ、何の為に銀行強盗なんか計画したの?」

「それが解ればこの荷物の中身もおのずと判明するんだがな」

 俺はレカロのシートに深々と腰掛けて宙を仰いだ。

出来れば煙草を吸いたいが油断すると額には煙草の灰が散って火傷をしかねないので止めておく。

「……退屈だな」

「はあ!」

 運転席の彼女が視線だけで百万回は殺せそうな視線を向けてきたので、何でもないよとでもいう様に首を左右に振った。

 運転を代ってやりたいどころか、ミニJCWGPを操縦したくて仕方が無いのだが、いかんせん右手のアタッシュケースが邪魔で出来そうもない。

 それ以外に出来る事といえば眠っているふりをして、彼女の整った横顔や、ハンドルを握っている為に中央に寄せられ魅力的な形に変形している双丘を見ることぐらいだ。

 大津SAを通り過ぎる。このSAはサービスエリア内のレストランから琵琶湖が一望できることで有名だが、夜景も中々幻想的で趣がある。

「トイレ休憩は無しか?」

「私は別に、今は急いで時間を稼ぎたい」

「まあ、そうか」

 俺は晩飯を喰っていないので出来れば何か腹に入れたいが、今はそんな要求が出来る立場では無い。グッと我慢した。

 しかし、空港到着が二十二時とすると、空港内のレストランは大方閉まっている事だろう。夕食は帰りに取るしかないか。

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