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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第三話 1年目 夏 六月
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二章 依頼品、俺様(3)

「物騒な仕事だな。ケースの中身はなんだい?」

 仕方なく仕事を引き受けるとして、運ぶべき荷物の種類について俺は質問した。荷物は俺の命が掛かっている以上、責任を持って目的地まで運ばせてもらうが、その荷物の種類によって運ぶ際の注意点も微妙に違ってくる。

「それも秘密だ。君は私の指示通りに相手に渡せばいい。その相手がその爆発物の解除キーを持っている」

「へいへい」

 こうなると一刻も早く此処を出て、目的地に荷物を届けて自由になろう。相手が俺を助けるかどうかは解らないが今は信用するしかない。

 俺はジェラルミンケースを地面に置いて、手枷の()められた右手を左右に振ってみた。手枷とジェラルミンケースを繋ぐコードが短く、半回転するのにも手首に痛みが伴う。これはまずい。

「コードが邪魔で運転出来ないと思うんだが」

「車の運転は彼女の役割だ。君はそのケースを命がけで守ればいい。おい、放していいぞ」

 俺の抗議に、オーナは運転手に拘束されたままの運び屋の彼女を放すよう指図した。

 彼女は運転手の拘束から解放されると、そのまま二、三歩前へよろめいて片膝を着くが、気が強いのか顔を上げてオーナーを切れ長の目で睨み付ける。

「運転手は一人で十分よ。私まで巻き込まないで」

 オーナーは嘆かわしいとわざとらしく額に手を当てて宙を仰いだ。

「なんてことだろうな。君は君の命を救って仕事を引き受けた者を見捨てるというのか」

「あなたの仕事を引き受けるなんて、死んだ方がマシだね」

「俺は死にたくないんだが、考え直してくれないか」

 取り敢えず二人とも死ぬより、揃ってこの場を切り抜ける方が先決だろう。

 俺は彼女の前に跪いて両手を祈るように組み合わせた。

「頼む。俺には家に妻と二人の子が」

 いないんだが、彼女に引き受けたと言わせる為に情に訴え掛けることにする。何となく彼女は義理堅そうな気がするし。

「それに、昨晩君は俺にあの爆発から守られているぞ。その際に俺は一発ぶん殴られているし。それを君は借りを返さないまま見捨てるのか」

「そ、それは」

 言葉に詰まる彼女へ、俺は更にもうひと押しすることにした。

「よし、それなら俺が君に仕事の依頼をする。荷物は俺だ。行先は……どこだ?」

 俺はオーナーを振り返り行先を訊いた。これで北海道とかふざけた地名が出てきたらかなり困るけどな。

「中部国際空港セントレアのP2K駐車場エレベーター前だ」

「微妙な距離だな」

 ケースの液晶表示は174:36と表示されていた。残り二時間五十四分で現地に到着。この爆弾の解除をして貰わなくてはならない。

 現地までは名神及び新名神自動車道を通ることになるが、交通量の多い日中とは異なり交通量のピークを過ぎた八時から十一時にかけては、ある程度のスピード出せるのではないか。

うまく行けば二時間半で空港に着けるだろう。

「それで、私への報酬は?」

「へ?」

 目的地に着くための道順を考えていた俺へ、立ち上がった彼女はもう一度先程の質問を繰り返した。

「貴方を運ぶ私の報酬は幾らと訊いているの」

「……」

 俺が依頼したとはいえ、何故か理不尽な扱いを受けているような気がするのは、俺の気のせいだろうか。

 俺は再び先程から美味そうに葉巻を燻らせているオーナーを振り返って、報酬を訊ねた。

 こんな爆弾付の依頼だ。相場より高い可能性もある。

「なあ、オーナー。俺達への報酬は幾らだ」

「君が目的地に着くと、君の命が助かる」

「……」

 間違いなく理不尽な扱いを受けている。

 俺は憮然とした表情になるのを堪えて、口の端に僅かな笑みをたたえて彼女へ伺いを立てる。

「だ、そうだ。問題ないだろう」

「ふざけないで。そのまま帰るわよ」

 冷え冷えとした三白眼で見つめられて、俺の笑みは努力の甲斐も無く凍りついた。

 美人の怒り顔は非情に肝が冷えることを我が家で体験済みだが、やはり大人ともなると格段に堪えるものだ。

 仕方なく俺はスラックスの後ろポケットからキーケース付きの小銭入れを取り出す。

「一寸待ってろ。今報酬を確かめる」

 俺は小銭入れから四つ折りにした札を取り出して彼女の前で広げて見せた。

 憮然とした表情の諭吉と与謝野晶子が一人ずつ俺を見返している。

 何故彼等はこんなにも不機嫌そうな顔をしているのだろうか。何となく「この貧乏人が!」と怒られている様で気分が悪い。

 出来れば、覗いた歯が太陽の光を反射するようなにこやかな笑みを浮かべてくれないのだろうか。

 そうすれば、今、俺が味わっている絶望感も数十分の一ぐらいは軽減されるかもしれないのに。

「取り敢えず手持ちはこれだけってことで、よろしく」

「何が?」

 一刀両断ですか、そうですか。今日の飲み代なんだよ。君にとってははした金だが、俺にとっては今晩のメインイベントだったんだよ。ああ、泣きたくなってきた。

 仕方ない。彼女も意固地になっているようだから、俺が折れる事としよう。まあ、誰だって爆弾抱えた男を目的地までロハで運べと言われて、はい運びますとは言えないよな。

「解った、今は持ち合わせが無いが、仕事が無事に終わったら報酬と消費分の燃料代は俺が払う。それでいいか」

 彼女は暫く腕を組んで眉を寄せて考えていたが、何か決心したようで「いいでしょう。ただし、私からも条件があるわ」と答えた。

「何かな」

「貴方が目的地について何か不慮の事態で報酬が払えなくなった場合、貴方のプジョーを報酬代わりに頂くから」

「何だって」

「向こうに着いてから貴方が死ぬ可能性もあるんじゃないか。そうなれば持っていても仕方ないでしょう」

「それはそうだが……まあいいか」

 確かに死んでしまっては、我が愛車は神戸港で錆びて朽ち果てるしかない。それが報酬の代わりになるなら悪い条件ではあるまい。

「商談成立。引き受けるわ」

 俺はほっとして肩の力を抜いた。後は依頼を果たして無地に帰って来る事だ。

(ようや)く依頼を引き受けて貰える様だな。では、時間を有効に使ってさっさと空港に行ってもらおうか」

 言われないでもその心算だ。外に出ようとした俺は、運び屋の彼女がオーナーに向かって歩き出そうとして運転手に銃口を向けられるのを見て肝を冷やした。

「何をしている。せっかく拾った命だ、無駄にするな」

「違う。私の銃を返してもらうの」

 彼女はオーナーが傍らのテーブルに置いたリボルバーを指し示した。

「あれは私にとってお守りみたいなものなの。返して」

「それは出来ないな」

 オーナーは彼女の反応を楽しむように返却を拒否した。心底楽しそうな笑みを浮かべていることから、此奴は絶対サドだと俺は確信する。

「これは、私にとっても君の仕事に対する保険だ」

 成程、もし彼女が仕事にしくじれば、彼女の指紋が付いた拳銃と、先ほど射殺された男が何処かで見つかるわけか。

「今は諦めろ。後で取り返してやる」

 俺はまだ何か言い足りなさそうな彼女の手首を引っつかんで強引に店の外に連れて出た。

 仕事を終えたら此処へ彼女の分も借りを返しに行くからな。そう誓いながら。

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