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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第三話 1年目 夏 六月
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一章 女運び屋 BMW MINIを駆る(7)

 今日の夕食は湖乃波君独りで食べることになるだろうから、パスタクリームでも作っておけば、一人でも手軽に食べられるはずだ。

 強力粉百グラムとごま油八十グラムを弱火に掛け乍ら焦げ付かないように混ぜ合わせ、細かい泡が全体的に広がってきたら火を止める。

 白コショウ小さじ二分の一、粉末昆布小さじ二杯、岩塩八グラム、摩り下ろした大蒜(ニンニク)を小さじ一杯の順番で再び弱火に加え乍ら温める。水分が飛んで粘り気が出てきたら、米飴(こめあめ)大匙四を加えて更にかき混ぜる。

 完全に水分が飛んで固形状になったら火を止める。これでホワイトルウの出来上がり。

 これにお湯を咥えるとスープが飲めるし、コンソメスープを加えるとホワイトシチューのスープとなる。

 別の鍋にみじん切りした玉ねぎをオリーブオイルで炒めてから、ホワイトルウの半分を鍋に放り込んで、牛乳を七百CCとクリームチーズ百グラムを加えて火にかけた。

 ホワイトルウとクリームチーズが溶けてから蓮根、大根、牛蒡(ごぼう)、人参を投入。柔らかくなるまで煮る。

 大根と牛蒡に箸が抵抗なく刺さるようになると、湯通ししたアスパラとブロッコリー、千切りしたキャベツを加え、アスパラとブロッコリーがしなるまで加熱する。決して形崩れするまでは過熱しない。

「根菜と緑色野菜のクリームパスタスープ完成」

 鍋を火から下ろして冷めるまで待つことにする。流石に六月なので暑さで痛むかもしれず、冷めたら冷蔵庫に放り込んでおく。後は湖乃波君がパスタを茹でる時間で、クリームスープを加熱して食べればいい。

 腕時計の針は午後五時四十五分を指している。夏とはいえ、洗濯物が完全に乾くまでもう少し掛かるだろう。先に身支度を整えてから洗濯物を取り入れる方がよさそうだ。

 迎えが来たのは俺が洗濯物を取り入れている六時三十分頃であった。ロールスロイスでもなくベントレーでもなくベンツでもなくジャガー、レクサスでもない。トヨタアリオンで俺を迎えに来た。

 洗濯物籠を抱えた黒スーツの男を、アリオンの運転席と助手席の男は珍しい物を見るかのように目を丸くして見つめていた。

 失礼な奴等だ。四十過ぎの黒スーツ姿の男が、洗濯物を取り入れながら、鼻唄で「天才バ○ボン」のエンディングを気怠そうに歌ってはいけないのか。

「なあ、あんたブレードか?」

 運転席側ドアの窓ガラスを開けて運転手が声を掛けてきた。

 黒のワイシャツに黄色のネクタイをしたその男の視線は、俺の胸に抱えられたオレンジ色のミッ○ィーの洗濯籠(せんたくかご)に注がれたままなかなか離れようとしない。

 さては貴様、その顔に似合わず可愛い物が好きなのか? 

 家に帰ると二人の娘が君の買って来るキャラクターグッズを目当てに出迎えてくれるのだろう。

「そうだが。君等は出迎えか?」

「ああ、後ろに乗ってくれ」

 助手席の紺色無地のTシャツに同色のジャケットを羽織った男は、車から降りて後部座席を開ける気配も無く、ただガムを噛んで俺を眺めている。

 うーむ、気が進まないな。しかし、招待に応じないと一波乱ありそうな気もするし、ここはぐっと我慢するしかない。

「待ってろ、洗濯物を置いて来る」

 俺は取り入れた洗濯物を入れた籠をソファーの上に置いてからメモに仕事で出掛ける事と、冷蔵庫にパスタソースを用意してあるからパスタに掛けて、余りはフリーザーパックに入れて冷凍室に保存しておくよう湖乃波君へ書置きを残した。

「待たせたな」

 後部座席に乗り込んだ俺を二人組はバックミラーに目をやっただけで直ぐにアリオンを発進させる。何処に行くか、何をするかの説明は無く、ただ命令を実行しているだけであろう。

 俺も質問等する気も無い。何れ解る事だろう。

 アリオンは倉庫街からポートライナー中埠頭駅を通り抜け環境保健研究所前の曲がり角を右折、頭上にポートピア大通りを北上する。神戸大橋から国道二号線に入るのだろう。

 しかし、普段は運転する側なので、後部座席にいると何とも手持ち無沙汰で落ち着かない。車外の風景を眺めて気を紛らわそうとするが、それほど興味を引くものも無く、せいぜい六月になったので街を行く女性の服装が薄着になったことに気が付いた程度だった。かといって、運転席と助手席の二人組に話し掛けるのも面倒臭い。それに、俺は運転中に話し掛けられるのは好きではない。運転中の運転手(ドライバー)は運転に全神経を集中させているべきなのだ。

 いい加減退屈してきた俺は、運転手の運転を眺めながら、ウインカーを出すのが遅いだの、黄信号で突っ込むなだの急ブレーキ厳禁だの運転技術のチェックを始めてみたが、何となく運転手をどかして自分が運転したくなってきたので再び車外の風景に気を向けるしかなかった。

 国道二号線を湊川ジャンクションを過ぎた辺りで右折したアリオンは、そこから右折左折を繰り返し、出来て間もないであろう半裸の女性の絵が壁に掛かれた、二階建てのキャバレーらしき建物の駐車場に辿り着いた。

 食事を楽しめる場所でもなさそうだ。

 俺は前もって早めの夕食を取らなかったことを少し後悔しつつ二人組の後に続いて建物のドアを潜った。

 建物内は薄暗いが奥にはステージが設置されており、数人の女性が外で見たきわどい衣装に身を包んで、演出家らしき癖毛で赤いシャツを着た一見イタリア系の様な男性の指示に耳を傾けている。

 ステージの前にはテーブルが並べられていることから、ステージの余興を眺めながら食事を楽しむのだろう。おそらく此処はショーパブであることは間違いなさそうだ。

 二〇年程前に発生した巨大地震以降、復興はしたものの震災前と比較して客足が伸びず、店をたたんだり移転したりする商店が数多くあった。

 そんな空き店舗の集中する地域に、港町である神戸市故の特色かも知れないが、以前から根づいている中華系組織や新興の海外非公認営利団体、特にイタリア系とフランス系、そしてアルバニア系が進出、居を構え始めたのだ。

 現在、神戸に本部を置いた日本有数の暴力団組織と中華系、主に紅龍(レッド・ドラゴン)新義安(サン・イーオン)竹聯幇(チウ・レンバン)、戦前から居を構えたロシア系組織、そして各新興の海外拠点組織が衝突と懐柔を繰り返した結果、互いに住分けることで話がついている。

 ここら辺は確か南部イタリア系組織とコルシカが仕切っていたはずだが、この店はそのどちらからか認可を受けたものだろうか。

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