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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第三話 1年目 夏 六月
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一章 女運び屋 BMW MINIを駆る(6)

 湖乃波君は仕事じゃないと判ったら、むーっと抗議の視線を向けてくるか、俺の寛いでいる前で家計簿をつけるかどちらかだろうな。

 でも大人には息抜きも必要なんだよ。あとロマンと。

 俺は遠い昔に聴いた赤いスカーフの歌を口ずさみながらソファーに再び寝転がった。歌詞を忘れたので鼻歌に切り替える。

 歌詞は確か、少女が投げ込んだ赤いスカーフを船乗り達が自分の物にするべく奪い合う内容だったかな。

 サングラスを掛けて寝転ぶと、やはり昨夜の一件で疲れていたのか直ぐに睡魔が襲ってきた。

 お休み。


 俺が覚醒したのは、携帯電話から鳴り響く呪いの黒電話か、それとも先程見た夢のせいなのか判断出来なかった。ただ夢の内容は酷かった。

 動物園のサル山のてっぺんで、「KING OF SARUYAMA」と赤地に黄文字で刺繍されたスカーフを俺が握り締め、下からわらわらと迫ってくる猿達を一生懸命蹴落としている夢だった。男のロマンどころか人間の尊厳すら無い夢だった。

 俺がつい、今日は仕事を受けないと決心していたのに携帯電話を手に取り通話に応じたのは、そんな夢を見た事で調子が狂っていたからかも知れない。

 ただ、その携帯電話の向こうにいる相手が誰かと判っていれば、俺は携帯電話を海に捨てる事を迷わず選択しただろう。

「もしもし?」

「ブレードだね」

 低く落ち着いた男の声。尻上りの妙なイントネーションからひょっとしたら日本人ではないのかもしれない。

「私は昨晩、君ともう一人の運び屋に仕事の依頼をするよう指示した者だ。何か手違いがあり、君達には多大な迷惑を掛けてしまった」

「別に気にしていない。さようなら」

 俺は、相手の言葉では詫び乍らも露程そう思っていない口調を隠そうとしていない事に、関わりにならないとの決心を強くして返答した。しかし相手はどうしても俺と対面したいようで恩着せがましく食い下がってくる。

「まあ、慌てず話を聞きたまえ。私としては君達の誤解を解いておかないと、有能な運び屋の知己を二人も失う事になる。また、私は真っ当なビジネスマンでね。私が雇人を片っ端から手に掛ける非情な人間と思われては、今後のビジネスにも支障をきたすことにもなる。そこで、だ」

 電話の相手は勿体ぶったように言葉を切った。

 正直、相手の尊大な勿体ぶった話し方は、夢見の悪かった俺の神経を苛立たせるしかなかったし、彼のビジネスが失敗して路頭に迷うことになろうが俺にはどうでもいいことだ。

「君達にはお詫びの印に、非常に効率のいい仕事を用意したのだよ。勿論、仕事を引き受けてくれれば昨日の報酬も渡すことにするよ」

 それは、「仕事を引き受けてくれないと昨日の報酬はあげないよ、バーカ」と言っているように聞こえるのだが俺の気のせいだろうか。

 何となく気にくわないので通話を切って、それっきりおさらばとしよう。

「ああ、もう一人の運び屋、彼女は快く私の依頼に応じてくれたよ。話の分かる女性はとても良いものだね」

 通話ボタンを切ろうとした俺の親指の動きが止まった。

 何を考えてるんだ、あの女。わざわざ虎口に飛び込む趣味があるとは知らなかった。どんな虎児でも命あっての物種だろう。

 俺は歯噛みしたいのも堪えて静かに電話の主に尋ねた。放っとけばいいと頭の片隅でもう一人の俺が忠告するのを、敢えて聞こえない振りをする。

「いつ、何処に行けばいい」

「いやいや、私の都合で仕事を引き受けて貰うからには、こちらから迎えの車を出させて貰うよ。そうだな晩の六時頃、君の事務所で待っていたまえ」

「言っておくが、仕事を引き受けるかどうかは、まだ決めていないぞ」

「そうか、いい返事を期待する」

 通話が切れた。俺は携帯電話をソファーの上に放り投げてその隣に腰掛ける。そして背もたれに脱力したように、ぐてーともたれ掛かる。

 ああこのまま溶けてしまいたい。

 ちくしょう、久し振りに飲みに行こうと思ったらこれだ。男が良い店でお酒を飲むのは、辛い日々を生きて行くために必要な行為なのだぞ。

 またその店が、今時貴重な喫煙OKでカラオケも置いてなく、珍しい事にBGMすら流さない、男が一人で静かに飲むことに特化した店だから俺にとっては理想的な酒を飲む環境で、この店以外で飲む気がしないのだ。

 俺は主に、ジン、ウオッカ、テキーラ等のスピリッツをストレートで(たしな)んでいる。値段も手頃で注文すると直ぐに出てくるのも良い。それを静かに少しずつ嗜む。決して、口に含んだウオッカを吹きだしながらガスライターに火を付けて、火炎放射器を演じる衝動に駆られるような事は無いのである。

 腕時計の針は俺の午後三時であることを俺に教えていてくれる。一度出かけてから小用を済ませて戻ってくる事も可能な時間だが、時間を気にして戻って来る事が何となく面倒臭い。プジョー207SWの洗車は昨晩に終わらせているし、カッターシャツとスラックスのアイロンがけは湖乃波君がすでに終わらせている。と、なると後は洗濯物を干して晩飯でも作っておくか。

 洗濯は湖乃波君が朝食の前に洗濯機を回して、晩御飯を作る前に部屋干ししている。今日は俺が洗濯物を日の光に当てておいてやろうではないか。

 俺はカッターシャツを腕まくりすると洗濯機の脱水層の中から洗濯物を取り出した。洗濯物はそれほど多くなく、俺のTシャツとトランクス、靴下。そして湖乃波君の、はて?

 洗濯槽の中には湖乃波君の靴下、Tシャツだけで後はネット袋が一つ転がっていた。

 このネット袋はいったい何だ。

 俺はネット袋を手に取って、その中央のチャックを引いて中身を確かめる。開いた口からもこりと顔を出したのは淡いブルーの三角型女性用下着だった。

「成程」

 そういえば以前、カッターシャツを洗濯する時、傷まない様に折り畳んでからネット袋に入れて洗濯すると言っていたような。下着も同じ理由でこのネット袋に入れているのだろうか。

 しかし小さいな。それにこのワンポイントは何だ? 俺にはゴ○太君に見えるのだが。それだとチューリップハットのおじさんも一緒じゃないとおかしいだろう。

 暫くその動物だか怪物だか何か解らないものの正体について考えていたが、結局思い当たるものは俺の知識内には存在しなかった。後で湖乃波君に訊いてみよう。

 もう一つの下着についても同色で揃えられていた。それについても小さいとしか言いようがない。まあ、背は低いし仕方がないかもな。ひょっとしたら爆発的進化を遂げる可能性も皆無ではないし、気を落とすな湖乃波君。

 少女の下着を持ったまま考え込んでいると、何か特殊な性癖を持ったお方と勘違いされそうなのでさっさと干して晩飯を作ることにしよう。

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