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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第三話 1年目 夏 六月
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一章 女運び屋 BMW MINIを駆る(3)

 困ったことに俺は、ミニの彼女の問い掛けに気の利いた一言も返せず彼女に見とれていた。

 長い光沢のあるひっつめ髪の下にある彼女の整った顔立ちと、細く切れ長の眼と眉。高い鼻と意志が強そうな引き締まった唇が、細面の顔に備わっており綺麗よりも凛々しさを感じさせる。何となく女性にモテそうな気がする。

 そんな彼女のスタイルは引き締まっており、黒いニットシャツに黒地のスリムジーンズを組み合わせ、ごついコンバットブーツを履きこなしている。

 それにニットシャツの上に羽織られた赤い皮ジャンが優美さの中に獰猛(どうもう)さを隠しており、彼女があのミニのドライバーであることを物語っていた。

 しかし、それ以上に彼女についてある特徴が俺の網膜に焼き付いた。

 あの赤い皮ジャンの開かれた合わせ目から覗くもの、体にフイットしたニットシャツを盛り上げているもの、あれは胸か、胸なのか! 

 あれじゃあ、まるでロケットではないか!

 俺は夜でもレイヴァンのサングラスを掛けていることに感謝しつつ彼女のサクラダファミリアを眺め続けた。

「貴女は、何者?」

 じー。

「もしもし、聞こえている?」

 じー。

「何があったか教えて欲しいんですけど」

 こ、これは素晴らしいものだ。ハレルヤ。

 ハーレールーヤー!

「……」

 ぶおん!

「うわっ」

 俺は飛んで来た右フックをしゃがみ込んで躱してから背後に飛び退いた。いきなり殴りかかるとは酷い奴だ。胸だけではなく性格も攻撃的か。

「乱暴だな。初対面の君に殴られる覚えはないぞ」

「貴方が何を聞いてもじっと突っ立っているだけで答えようとしないから。耳が聞こえているならさっさと答えて」

 む、そういえば何か雲の向こうから声が聞こえていたような。そうか、俺は天上(ヴァルハラ)に旅立っていたんだな。それは悪いことをした。

「済まない、別の事に気を取られていたんだ。いや、御馳走様でした」

「何、それ」

 恭しく一礼した俺に彼女が突っ込みを入れた。

 しかし改めて観ると本当にいい女性だ。顔も体型(スタイル)も車の趣味も実に俺好みだ。

 これは上空数千メートル以上にいるどっかの超越者が、不遇な俺の身を憐れんで新たな出会いを仕組んでくれたに違いない。何しろここ最近は良い女性に巡り合う機会が無かったからな。

 ちなみに今一番よく目にする女性は、二十歳以下の子供でとても小さい。

「で、何が知りたい」

 俺は短くなったワイルドカードを携帯灰皿に放り込んだ。

「貴方とそこに倒れている三人組の関係。私は依頼主にここに来れば男が三人いるからこのアタッシュケースを渡してくれって依頼を受けたんだ」

 成程、それが逃走資金か。で、それを受け取ったらこの女性を始末すると。本当に勿体無い事を考えるものだ。

「俺は同業者でね。そこでぶっ倒れている三人組を此処に運んで来るまでは良かったんだが、彼奴等は最初から報酬を払う気が無かったようで俺を殺そうとした。だから返り討ちにしたんだ」

 俺は手短に事情を放した。

 運び屋と依頼主や受取人の間で運び賃の支払いを巡るトラブルは頻繁に起こっている。また運び屋を消耗品のひとつとしか考えていない組織も多く、依頼を受けた後、行方不明になった運び屋も何人か知っている。

「奴等は君も始末するつもりだった」

 彼女の眉が僅かに上がった。

「そこで相談なんだが、君の運んで来たアタッシュケースの中身は奴等の逃走資金なんだ。その中から俺の違約金を含めた運び賃と君の運び賃、それを抜き取っていくというのはどうだろう」

 俺の至極真っ当な提案に彼女はじっと俺を睨みつけていたが、軽くため息を吐くと「今の話が本当かどうか確認したい」とだけ言った。うーん、何となく頑固そうな気がしたが、やはりそうだったか。

 まあ、それも仕方がないか。彼女の持つアタッシュケースは取っ手の下に4列のダイヤルが並んだロック機能を持っている。三人組の誰かに解除させるほうが容易いのかもしれない。

 俺は横たわる口髭に近づいて、その中年太りの腹に靴の爪先を無造作に叩き込んだ。

 ぐはっっと口を開けて咳き込むところへ続けて三回程、腹にサッカーボールキックを見舞っておく。

 口髭は胃液を吐き出した後、えづきながら弱々しくやめてくれと俺に懇願した。

 俺はしゃがみ込んで奴の耳元へ口を寄せ、言い聞かせるようにゆっくりとした口調で要求を伝える。本当は男の耳元に顔など近づけたくないのだが。

「いいか、今から俺が質問する。それにイエスかノーかそれだけ答えろ。それ以外は喋らなくていい。余計な事など知りたくも無いからな、いいな」

「わ、わかった」

 バチコーンと人差し指で口髭の額を弾いた。お前はどこぞのコメディアンか。

「イ、イエス」

「まずひとつめの質問。お前等三人は俺を殺って報酬を踏み倒そうとしたな」

「イ、イエス」

 これは素直に返事が返って来た。まあ、殺されかけた本人の質問だから、ノーとは言えないよな。

「ふたつめ、お前等三人は逃走資金を持ってくる、このおっぱ……運び屋の彼女を口封じの為、殺すつもりだったな」

 口髭は俺の背後に立っている女へ目をやってからノーとでも言いたそうに唇を動かしたが、俺がレイバンを外して睨み付けると断念したように首を垂れた。

「……イエス」

「よし、最後の質問だ。この人の運んで来た逃走資金から、俺への違約金を含めた報酬と彼女の運び賃を払う。イエス、オア、ノー?」

 小さな金属音が響き、俺の顔の横に黒光りする凶器を握った右手が突き出された。

 コルト・ディティクティブ。アメリカの有名な銃器メーカーであるコルト社から大昔に製造販売された六連発の回転式拳銃(リボルバー)は、その小柄な銃身に開いた三十八口径の銃口を口髭の顔面に向けている。

 彼女の親指がディティクティブの撃鉄(ハンマー)を起こし、無言の威圧を口髭に与えた。

 ノーとコイツが答えちゃうと撃つんだろうなと、俺はひやひやしながら口髭の返事を待った。いざ、彼女が引き金を引きそうになったら、ナイフの刃をハンマーノーズと弾丸の雷管の間に挟み込ませよう。

 口髭は暫く沈黙したが「イエス」と答えたので、俺は肩の力を抜いた。

 甘いかも知れないが綺麗な女性が人命を奪うのは避けるべきなのだ。


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