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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第三話 1年目 夏 六月
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一章 女運び屋 BMW MINIを駆る(2)

 俺は頭の後ろで両手を組み合わせたまま、両膝の力を抜いてしゃがみ込んだ。

 口髭は標的が視界から消えた事に半瞬だけ戸惑い、慌てて銃口を下方へ向ける。

 だがその隙が命取りだ。

 しゃがみ込みながら体重を前に掛けつつ、爪先を僅かに逸らす。地面を滑るように移動する運足法で背中から接近しながら肘を突き出した。

 一瞬の内に懐へ飛び込まれた男は、胸板の中心へ強烈な肘打ちを突き刺され後方へ吹き飛ぶ。

 残りの二人は銃口を向けたものの飛ばされた口髭の背中が邪魔で俺を狙えなかった。

 躊躇(ちゅうちょ)する隙に、一人は飛んで来た刃渡り八センチの細い刃を持つナイフが、上腕に真っ直ぐ突き刺さって仰け反った。

 もう一人は接近した俺に銃口を向けるより早く、銃を握った右手の甲を斜めに切り落とされて、親指だけになった右手を抱えて地面をのたうち回る。

 口髭は胸に手を当ててゴホゴホと急き込んでいる。一瞬とはいえ心臓と肺がひしゃげたんだ暫くは動けないだろう。

 俺は地面に転がった四五口径自動拳銃を拾い上げてグリップの底から弾倉(マガジン)を引き抜いた。それからスライドを引いて薬室に残った一発も取り出してから再度マガジンをグリップに叩き込む。

 口髭は銃を持って足元へ近付いた俺をぎょっとしたように見てから、急いで遠ざからうと地面を這いずり始めた。

 そんな逃げ方をされると、まるで俺が悪党になった様な気がする。

 俺は四五口径を口髭の前に放り出した。口髭は何の心算(つもり)なのかと、呆然としてように俺を見返す。

「やるかい? リベンジ。まだ戦えるのはあんただけだ」

 口髭は俺と俺の右手に握られた刃渡り十一センチほどの槍の剣先の様な刃を持ったナイフを見た後、地面に転がる逆転できる可能性を持つ武器を見つめた。それから救いを求めるように背後を振り返る。

「……」

 残りの二人は戦意を喪失しているのか、足元の銃を拾い上げるのでもなくケガをした箇所を抑えたままうんうん唸っている。

 口髭が俺を殺すには、銃を拾い上げる。スライドを引いて薬室へ弾丸を送り込む。銃口を俺に向ける。この三動作スリーアクションが必要だ。おまけに必ず一発で俺を仕留めなければ確実に殺されてしまう。

 口髭の目が落ち着きなく左右に揺れた後、がっくりと肩を落とした。リベンジは諦めたようだ。

「それじゃあ、お休み」

 俺は幾分か手加減した回し蹴りを口髭のこめかみに打ち込んで昏倒させた。

 感謝しろよ、殺されても文句は言えないんだぞ。

 残り二人も同じように気絶させてから、それぞれシャツで手首、ベルトで足首を縛り上げて転がしておく。

 ナイフも相手から抜き取り、傷口をシャツの切れ端で直接圧迫法を行い止血処置をしておいた。明日の朝に運が良ければ誰か通りかかるだろう

 本来ナイフの刺し傷は、傷口からナイフを抜くとナイフの刃で塞がれていた血管が開く為、抜かないで処置するのだが、許せ、今の世の中、両刃のナイフに似た形状の折り畳みナイフは手に入り難いんだよ。

 特に今手にしている【アップルゲート・コンバットフォルダー】の刃渡り十一センチと八センチのナイフは再販されてから暫らく経っているので,そうそう手に入るモノでもない。

ひと仕事終えて煙草を咥えて火を付けようとしたとき、山道をこちらに近づいて来るエンジン音に気が付いた。こんな時刻、暗い山の中に入ってくる物好きなどいないだろうから、十中八九、もう一人の運び屋だろう。

 高いエンジン音と共に空き地に入り込んだ車両は、そのパワフルな咆哮とは裏腹に、軽乗用車より一回り大きい程度の小型車だった。その丸いヘッドライトから発射される光線が遠慮なく俺に浴びせられ、俺の姿を闇夜から浮かび上がらせる。

 愛飲する煙草【ワイルドカード】に火を点け肺にたっぷりと煙を送り込む。この煙草独特の甘い香りが俺の吐きだした煙と共にあたりに広がった。

 惜しむらくはライターがガス式ではなくオイル式であることだ。やはり、この煙草の火を付けた瞬間の香る甘い香りは、オイルライターではオイルの香りと混ざり合ってはいかんのだよ。かといって安価なガスライターは買う気もしない。俺は基本的に使い捨ては嫌いなのだ。

 俺の五メートルほど手前で停止した車は、その小型ながらも曲線を多用した優美さを俺に見せつける。

 BMW ミニ・ジョン・クーパー・ワークスGP。

 それがこの小さな野獣の名前だ。

 六〇年代、モータースポーツ史にカスタム化されたクラッシック・ミニで輝かしい戦績を残した天才チューナーの名を冠したこの二車は、女性好みの曲線を多用したデザインとコンパクトさにもかかわらず、千六百CC直列四気筒二百十八馬力と二千五百CC並みのパ二ワーを誇る。

 このJCWジョン・クーパー・ワークスGPと呼ばれる二人乗りの特別車は世界で二千台、日本でも二百台しか出回っておらず、この(マシン)を駆る者はBMW MINIの真髄を極めたと言っても過言ではないだろう。

 黒地に赤のラインの目立つミニの運転席に座るのは、三人組の会話どおり女性だった。

 極太のステンレス製エキゾーストシステムから弾き出される大迫力のサウンドが途絶えると、運転手(ドライバー)は助手席から銀色のアタッシュケースを持ち上げてしなやかな身のこなしでミニから下りる。

「ほう」

 若く背の高い女だった。そのすらりとした体型の女性は俺の手前まで歩いて来ると、柳の様な優美な細さを保った眉を顰めて「貴方(あなた)が受取人?」と尋ねた。それから俺の背後、両手両足を縛られた三人組へ目をやり「違うようね」と呟く。


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