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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第三話 1年目 夏 六月
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一章 女運び屋 BMW MINIを駆る(1)

  一章 女運び屋 BMW MINIを駆る


                  1


 二十時五十三分、俺は見晴らしの悪い山道を無灯火でプジョー207SWを走らせる。

 別にヘッドライトの電球が切れたわけではなく、単に人目に付きたくないだけだ。

 理由は明確で、助手席と後部座席に座っている三人の男は三時間前に閉店間際の地方銀行へ非常に迷惑で恫喝に満ちた挨拶を行い、銀行の主な取引商品である高価な紙切れを多数拝借していったらしい。

 十七時五十五分から近くのセブンイレブンで拝借したプリウスを銀行前に待機させていた俺は、十八時の【別れのワルツ】のメロディーと共に飛び出した男達を載せて逃亡。途中で愛車のプジョー207SWに乗り換えて、彼らの指定した兵庫県三木市の山の中へ向かったのだ。

 そう、俺の仕事は合法、非合法を問わず荷物を運び報酬を得ることだ。十五年程この仕事を続けており、いつの間にか「ブレード」という通り名を付けられ、この業界ではある程度名前が売れている。

 いかん! いつの間にか脳内で再生されていた【別れのワルツ】が【蛍の光】に切り替わっている。

 正直、この二曲は鼻歌を歌っているとメロディーを取り違えることもあるので気を付けなければ。

 207SWを到着場所である小さな空き地に乗り入れる。

 先日降った雨のせいか字面がぬかるんでいてタイヤに泥が纏わりついた。帰りはどこかのガソリンスタンドで土を洗い流さないといけないだろう。

 ハルミトンのの自動巻き腕時計は、そのホワイトラインの入った針で今の時刻が二十時五十八分と、到着予定時刻の二分前である事を俺に教えてくれる。よし、早過ぎずも無く遅くも無く理想的な到着時刻だ。

「着いたぞ」

 後部座席と助手席側のドアのロックを解除する。

 後は報酬を受け取ると俺の仕事は終わり。この三人組がこれからどのような運命を辿るのかは俺には関係が無い。

 207SWから降りた男達に続いて、俺も運転席から離れた。

「?」

 俺は違和感を感じて空き地を見回した。

 六月特有の湿り気を帯びた空気が、この場所を陰鬱(いんうつ)な雰囲気を持った広場へと変えている。

 元は資材置場だったのか、朽ちた運搬用の木製パレットやひび割れたレンガブロック、土に塗れたヘルメット等が空き地の片隅で放置されていたが、これから、この三人の男達に必要なものが見当たらなかった。

 俺が引き揚げた後、彼らが逃走に使う車両が見当たらないのだ。

 此処から駅まではかなりの距離を歩かねばならないし、バスに至ってはこの付近は十九時が最終便だったはずだ。

 まあ、普通に考えれば迎えの車が来ると思うのだが、この仕事は目立たない程度に迅速さが求められる。

 運び屋が到着したのに、肝心の仲間が到着してませんでしたでは、危機感が無く油断しきっているとしか思えない。

 それとも逃走車両はどこかの飲食店の配達用乗用車で、営業時間が過ぎないと使用出来ないのであろうか。真夜中に街中を移動しても怪しまれない様にチャルメラのラッパを鳴らしながら逃走するのか。

 俺は背後の三人組へ目をやって首を振った。

 いや、それは無いな。此奴ら皆、顔に険があり過ぎる。

 俺とは違い、犯罪者の顔だ。

 チャルメラ鳴らすならステテコに法被で、鉢巻していないと駄目だろう。希望を言えば、首にタオルを巻いて目は細い線のを横並びにしたような形が望ましい。

 そんなまどろっこしい手段を取らずとも、彼らが直ぐに逃走車両を手に入れる方法があるのだが、それは俺にとっては歓迎したくない状況といえるので出来れば勘弁してくれ。

「で、報酬だが」

 俺は折り畳んだ契約書を背広の内ポケットから抜き取りつつ、振り返って男達へ向き直った。

「危険輸送は一時間当たり五万で、三時間だから十五万円。燃料費は一リットル百五十円で三人または百八十キログラム以下なので一リットルあたり八キロ走行。走行距離が百十三キロだから十四リットル消費で二千百円。プリウスを盗んだ手間賃が八千円。しめて十六万百円。激安だな」

 俺は眼前で俺を睨んでいるコルト四十五口径自動拳銃のコピーらしい大型拳銃の銃口に、懇切丁寧に今日の仕事の料金について説明した。

 しかし銃口とその向こうにいる三人の男は、懐から財布を取り出すとか、ポケットから丸めた紙幣の束を出す事も無く、微動もせずに俺をねめつけている。

 銃口を俺に向けている髭面の男が、ふっと小馬鹿にしたような笑みを漏らした。

「ふざけた野郎だ。これが何か解らねえのか?」

 説明されていなくとも解る。

 いくらコピーとはいえ、人体に対する威力と扱い易さから百年近いの実績のある四十五口径の弾の威力は変わらないだろう。こんなもの額に撃ち込まれたら後頭部から大量の中身を吹きだして地獄行きだ。

 いや、何か解らないかと問い掛けるぐらいだから意表を衝いているかもしれん。

 ひょっとすると万国国旗でも撃ち出されるのか。

「両手を頭の後ろで組んで背中を向けろ。そのまま車から離れるんだ。変な動きをしやがったら両手両足にぶち込んでから殺してやるぞ」

 髭面は俺が怯えもせず愛用のサングラス、レイヴァンの奥から銃口を見つめているのに苛立ったのか、口調も激しく、更に銃口を俺の目の前に近付けた。

「まさか、鳩が出るのか」

 それはすごい、この拳銃サイズで鳩が銃口から出てくるマジックなんか俺は初めて見るぞ。更に連射も出来ますって黒鳩、白鳩、万国国旗、紙吹雪が続けざまに飛び出して来たら俺は教えを乞うぞ。

「何を訳の解らん事言ってやがる。とっとと頭の後ろで手を組め!」

 如何やら鳩は飛ばないらしい。

 ジョン・ウー監督に謝れ。

 俺は髭面の指示に従って後頭部で掌を組み合わせた。こんな事で怪我をしても面白くも無いし。

 一応、背広の襟の内側に刃渡り五センチ程度の薄いナイフが隠してあるが、相手の手に刺さった時、誤って拳銃が暴発する恐れもあるから、ここはグッと我慢して平和的解決策を提案しよう。

「如何やら報酬を踏み倒そうとしてしている様だが、そんな場合は契約違反として依頼料の五倍の違約金を徴収する決まりだ。それが勿体なければやめておいた方がいい」

「心配するな。元から金はねえよ。あの中身は単なる新聞紙の切れ端だ」

「……」

 207SWの後部座席には彼等が持ち込んだボストンバックが積まれたまま、あれが金でないとすると何の為に銀行へ押し入ったのか?。

「逃走資金は別の運び屋が此処に持ってくるのさ。可哀想だが手前はその運び屋と一緒に此処でお陀仏だ。いや、あんないいスケだ。俺達が可愛がるところを冥土の土産に見せてやるよ」

 三人とも下卑た笑みを浮かべた。

 なるほど、もう一人の運び屋は女なのか。だとしたら俺だけ仲間外れは酷いだろう。まあいい、気になっていた金の事も聞いたし、これ以上此奴らに付き合う事も無い。違約金はもう一人の運び屋に事情を話して逃走資金から抜き取らせて貰おう。


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