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運び屋の季節  作者: 飛鳥 瑛滋
第二話 1年目 春 五月
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三章 青い空と緑の大地の祝福を(5)

 和気藹々(わきあいあい)とまではいかないが、富樫理事の頬にほんのりと赤みが差してきた頃には、ある程度の会話を楽しめるようになった。

 美文さんは金曜日に受付に座っていたが本職は(フランス)語講師であり、高等部の各学年で週二回の授業を受け持っている。

 湖乃波君の通う学校は外国語学習に力を入れており、必須である英語と仏語以外にもう一つ外国語を選んで学習、高等部卒業試験ではその三か国語でレポートを提出しなければならないらしい。

「カテリーナは英語と仏語は出来るから、あと一ヶ国語だけなんだけどね」

 今年から高等部一年のカテリーナは、その点、他の生徒より有利らしい。

「うちは私立だし、中高一貫だけど高等部昇格試験があるからねぇ。成績が悪いとバンバン落としていくわよ」

 理事はそう言って意地悪い笑みを浮かべた。

 大丈夫か湖乃波君。

 でもよく考えると、俺と湖乃波君の契約は一年で中学卒業までだから、別に俺が心配する事は無いんじゃないだろうか。

「でも、まさか運び屋のあなたに娘がいるとは想像出来なかったわ」

「運び屋?」

 美文さんが聞き覚えのない単語に小首を傾げる。

 おいおい、こんな時に話す話題じゃないだろう。酔いが回って来たのか? って、見れば判るか。

「乾さんは宅配便の運転手ですか」

 美文さんの問い掛けに、俺は苦笑しつつ「まあ、そんなもので」と返した。

「うちの旦那の知り合いが、海外からのちょっとしたVIPを連れてきて、人目につかない所で相手と打ち合わせをしたいって急に連絡してきたのよ。で、相手の用意した案内人が乾さんだったわけ」

「縁ってあるものですね」

「そうですね。出来れば俺も貴女と長ーい縁を繋げていきたいと願っております」

「こらこら、人の前で大っぴらに口説かない」

 美文さんの両手を取った俺に、理事長が呆れたように叱責が飛んだ。

「それに湖乃波君は俺の娘ではなく、急用で家を空ける叔父に頼まれて来年の三月まで引き取っただけです」

 美文さんの手を放して、俺は富樫理事に情報の修正を求めた。子持ちイコールバツイチと勘違いされても困るからな。

「ああ、それで名前だけで呼ばないんですか」

 美文さんは合点がいったのか両掌を打ち合わせた。

「でも湖乃波ちゃんの方が親しみがわきませんか」

 しかし、すぐさま質問が飛んでくる。

 俺は湖乃波君に対して「湖乃波ちゃん」と呼びかける自分を想像してみた。

「……」

 駄目だ。まるでロリコン親爺ではないか。却下だ、却下。「湖乃波ちゃん」は永遠に封印だ。

「あの子は確りしているから、湖乃波君、でいいです」

「はあ」

 俺の回答に美文さんは納得してはいないようで、曖昧な相槌しか帰って来なかった。

「そっか、それで何となく二人とも微妙な距離を保っているように見えたのよね」

 理事長はテーブルに両肘をついて顎を掌で支えている。その両目は半開きになりもう少しで落ちそうな気がする。

 俺はハルミトン製の自動巻き腕時計で時間を確かめた。このメーカーの代表作である手巻き式の同名品よりやや大ぶりな文字盤が運転中でも見やすく重宝している。白線の入った針が、湖乃波君と別れてもうじき一時間であることを告げていた。

「そろそろ二人を呼びましょうか。御腹を空かせているかもしれませんし」

 俺は腰を上げて牧場の中心に向けて道沿いに歩き出した。 

 正直なところ、あそこでのんびりしていると他にも質問されてぼろが出るかもしれないから、一時撤退したかったのだ。


 微妙な距離か、と俺は苦笑せざるを得なかった。

 知り合ってまだ二ヶ月程度の他人が、一緒に暮らして行かなければならないんだ。手探り状態でお互いに不快でない距離を掴むしかないだろう。

 俺としては生活の事と、今日の様な学業の必要な物事意外で彼女の問題に首を突っ込む気は無い。

 湖乃波君のような年頃の子は、必要以上に俺の様なオジサン世代に近付いて欲しくないに決まっている。

 彼女が生きていく以上、俺の提案に乗るしか手はなかったと思うが、俺以外の手段があったなら迷わずそちらを選んだと思う。

 湖乃波君には悪いが一年間は頼りない保護者の下、なんとか耐えてもらうしかないな。

 牛舎の横を通ると、牛のマークの下に「ランボルギーニ」と書かれていた。これは中に居る牛の名前だろうか。だとすれば中々良いネーミングではないか。

 ひょっとしてこの牛に息子や娘が居れば「ミウラ」や「ディアブロ」と名付けられているのだろうか。

 そういえばこの牧場には馬もいたよな。まさか名前は「フェラーリ」じゃなかろうな。そしてライオンは、いや、流石にいるわけないか。

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