三章 青い空と緑の大地の祝福を(3)
ようやく登り切り二十二号線から車大橋へ右折すると、今度は登りと下りを繰り返しながらひよどりICを越えて十六号線に入る。この道はカープも少なく道も片側二車線なので運転に慣れていないものでも落ち着いて運転を楽しむことが出来る。このような道だとトゥインゴの軽快さが利点となるようで時速六十キロで滑るように駆け抜けて行く。
甲栄台の北署前まで来ると右折して北鈴蘭台駅を通り抜け、明石神戸宝塚線を六甲山に向けて進んだ。
此処から六甲山牧場まで続く道は山の中にあり、木々に遮られて見晴らしが悪いうえに急カープが連続する難所だ。
スピードを愛する者にとっては適度な刺激を持ったドライブもしくはツーリングに適した道路だが、走ることに興味のない者にとっては狭くて道の悪い、出来れば通りたくない道路だろう。
そんな道をトゥインゴは、己の軽快さを武器にスピードを落とさずに通り抜けて行った。今では珍しい十三インチのタイヤとホイールを採用している為か、車体の回転半径が小さく連続するカープをものともしない。
「これは中々」
いいなあ、トゥインゴ。
仕事抜きで手軽に乗るなら此奴がいいな。デザインも良く、日本の軽乗用車とはまた違った乗り味だ。
阿弥陀塚前の急カープを越えた辺りでは、このまま六甲山牧場を通り過ぎサンセットドライブウエイかサンライズドライブウエイを愉しんで宝塚ICまで通り抜けたくなったが、人様の車を乗り逃げするような真似は出来ないので、諦めて六甲山牧場の北駐車場へトゥインゴを乗入れた。
北駐車場を見渡すと土曜日の昼近くの為か、駐車場に停められた車は多く、我がプジョーの姿は見当たらなかった。まだ着いていないのであろうか。
北駐車場に我が207SWが姿を現したのは、俺が到着してから五分ほど経ってからだ。
タイヤに悲鳴を上げさせながら強引に駐車スペースに割り込んだ207SWは、エンジン音が止まると同時に助手席側のドアが開き、半死半生なのかふらつきながら現れた美文さんは千鳥足で数歩歩いた後、ぺたんとしゃがみ込んだ。
「?」
取り敢えず近づいてみる。
続けて207SWから降り立った湖乃波君とカテリーナは平然としていることから美文君が特別、車に弱いのではないだろうか。
「取り敢えず、一人を除いて無事だったようだな」
「私は馴れているから」
カテリーナは平然と答えた。母娘だから馴れるものだよな。
「私も馴れてます」
これは湖乃波君。
御免なさい。出来るだけ乱暴な運転は控えます。
プジョー207SWから満足そうな笑みを浮かべた富樫理事【飛ばし屋】が下りてきた。
「これ、直四NAの千六百CCでしょう。その割にはよく走るわね」
直四NAとは直列四気筒自然吸気エンジンの事だ。
207SWにも170psの出力を叩き出すGTターボモデルが存在するが、人を乗せることの多いこの仕事上、直列四気筒NAの自然な加速がの方が乗り心地は良いものと判断してこのタイプとした。
「いや、そちらのトゥインゴも中々良かったですよ」
「そうでしょ。街中で走るなら、あの軽快さがいいのよね」
富樫理事が解るでしょう、と目を輝かせて力説する。よっぽどトゥインゴが好きなんだなこの人。
「で、湖乃波君はカテリーナさんと打ち解けていましたか」
「野島さんは、はい、いいえ、とか受け答えはしてたみたいだけど。すぐ仲良くなるって訳にもいかないでしょう」
如何やら富樫理事は俺の意図を見抜いていたらしく、娘達に聞こえないように小声で答えてきた。
俺が207SWに乗り込まなかった理由は、人見知りの強い湖乃波君を同年代、と言ってもカテリーナの方が一つ上だが、休日を一緒に過ごして仲良くなって貰おうと考えたからだ。
俺が207SWに同乗していると、湖乃波君は俺としか会話しないかもしれない。そんな逃げ道を失くす為、敢えてトゥインゴに乗り込み別行動としたのだ。
理事長の話によると、幸いカテリーナは能動的で湖乃波君に盛んに話しかけていたらしいのだが、湖乃波君は、はい、いいえ等の受け答えしかしなかったようだが迷惑そうではなかったらしい。
俺自体、学生時代は非社交的だったので良いアドバイスなど出来ないが、今日一日でどこまで親しくなれるのか。湖乃波君の学生生活友人第一号が出来ればいいなと俺は願っている。
そう、カテリーナと湖乃波君が親しくなれば、俺も富樫理事とお近づきになれる機会が増えるのである。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。頑張れ、湖乃波君。
「私、ジェットコースターは駄目なんです」
よろよろと美文君が立ち上がる。酷い先輩がいるもんだよな。
「酷いわね美文。いくら私でも宙返りは出来ないわよ」
するな、止めて下さい。




